第36話 即実行
「どうしてこうなったんだっけ?」
数時間後。大商人の屋敷のある敷地に忍び込んでいた俺はつぶやいた。
あの後、大商人が怪しいのではないかという俺の指摘に対し、プレヤとファミンが激論を交わした。だが推測に推測を重ねるのは俺が自衛隊で身につけた行動原理にはそぐわない。イライラしてきた俺は「調べればいいだけだ」と断じていた。
そしてオリビエの魔法の助けを借りて姿を隠してここまでたどり着いたのだ。潜入要員は3名。オリビエ、アズガ、俺だ。ファミンは実体がここにあるわけではないし、プレヤはそういった行動ができるわけではない。キーンはどこかへ消えたままだ。これはいつものことだ。
キーンもいろいろと怪しいところがあるが、今はそれを追求する時間はとれそうにない。まさか、ここにもキーンが先にいるなんてことはないだろう、きっと。
「さて、この先はどうしますか?」アズガが言う。彼の装備はことごとく神殿で奪われてしまっていたが、長剣は途中でプレヤが買って渡したものを身につけている。プレヤの如才のなさの表れだ。
「時間もないしね。ここまで来たらやれることの選択肢は少ない」
俺はうなるように言った。
「アコーギを尋問する」
「本気か?」アズガは目を見ひらいた。
「証拠探しをしても見つけられないかも知れないし、そんな時間もない。だとしたら当人に話してもらうしかないじゃないか」
「しかし」
「提案があるなら聞く。ないなら従ってもらう」俺はぴしゃりといった。「議論の時間ではないんだ」
「……たしかに。やむをえませんね」アズガは眉をひそめながら言った。「すみませんでした」
「いいんだ。俺もこれが正しい道だと思っているわけではないよ。だが他の手立てを思いつかないし、何もしなければ大惨事でどれだけの被害が出るか予想だにできない。だがとてつもなく大きなものになることだけは確かだ」
「アコーギを暗殺するのでも解決する可能性はあります」オリビエが淡々という。「かなり高い確率で少なくとも謀反は速度を低下させると思われます」
「そうだな」俺もそれは考えていた。尋問して殺してしまってもということだ。
ジャーナリスト志望としてはまったく論外だが、ここで俺の夢を語るのは現実的ではないだろう。そういった現実主義は自衛隊で身につけたものだ。
アコーギも警戒はしているのだろう。屋敷には大勢の兵士が見張りに立っていた。
俺たちはオリビエの魔法で姿を隠しつつ、屋敷を外から調べた。2階に立派な窓のある部屋があった。そこがアコーギの私室と考えるのが妥当だろう。
ここまで来る間に既に夜半を過ぎている。就寝していると考えてもよいだろう。
俺たちはオリビエの魔法の力を借りてその部屋のベランダまで飛んでいった。
窓から中をうかがうと大きなベッドがあってアコーギらしき人物が寝入っていた。
俺は窓の鍵をナイフでこじ開けて中へ押し入った。
そしてアコーギの喉元にナイフを近づけてから揺すり起こした。
「起きろ。騒げば殺す」
「……!」
アコーギは眠そうに目を開けてナイフを目の前にして目を見ひらいた。叫び声を上げなかったのはさすがと言うべきか。
「それでいい」俺は低い声で言った。「質問に端的に答えろ。こちらはお前が死んでもある程度の解決はすると考えている。回答が不適切と考えれば尋問は中止だ」
アコーギは小さくうなずいた。
「バークメとボーオウを焚きつけたな?」
「……そうだ」
「お前の狙いは?」
「大儲けできる」アコーギは当然といったように答えた。
「それ以外の狙いだ」俺はナイフを更に近づけた。
「……」アコーギは口を開こうとしたがつぐんだ。汗をかき始めている。
「答えろ」
アコーギは何かを訴えかけるような目を向けるが口を開かない。
オリビエが不審げに近づいてきた。「なにか魔力を感じます。これは……」
「邪悪な気配だ」アズガが押し殺した声で言う。「強烈な。いや、だが、何か覚えも……。なんだこれは」アズガは戸惑っていた。
俺はとっさにアコーギの喉を切り裂いた。
アコーギは殺されるというのに安堵したような表情を見せた。
だが、次の瞬間。アコーギの体は紫色に変わっていた。
「呪い」オリビエがいう。「離れて」
アコーギだったものは起き上がろうとしていた。
危険の発生をみすみす見守る必要はない。危険なら即時対象が原則だ。俺は懐から例の短剣を取り出して、全力でふるってアコーギだったものの首を切り落とした。
アコーギだったものは起き上がろうとしたがそのまま倒れた。
アコーギの死体?は完全にゾンビのようになっていた。だがもう動く様子はなくなった。
「倒したのか」アズガが驚いた声で言う。「これは呪いによるアンデッドだぞ。恐ろしく強力な怪物のはずだ。それこそ騎士団が総掛かりでも相当な被害が出る」
「呪いの発動の途中でバーソンが首を切り落としたから発動が疎外された」オリビエは彼女らしくなく驚いたようにいった。「それが可能だとはマスターも知らないこと」
「即実行がたまたま効いた。単純に運がよかったんだ」俺はいった。「逃げよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます