第35話 マスターとの対話

「何か解決する術はないか」

「簡単なこと」

 オリビエが淡々と言った。

「3名を暗殺すれば解決する可能性はかなり高いです」

「!」アズガが声にならない抗議の声を上げた。

 オリビエは平板な目をアズガに向けた。「ダーワル神殿の執った手段そのものです。同じことをするだけのこと。この反乱は3名の共謀で多くは秘密裏に行われています。首謀者を失えば一気に力を失うと期待できます」

「目には目を、か」俺は小さくうなずいた。

 確かにオリビエの案は見込みがありそうだ。俺にはジャーナリストを目指したいという気持ちがあるから直接の介入を毛嫌いしていることを差し引くと、合理的でさえあるのかも知れないと思う。

「できるかね?」プレヤが言う。「是非はともかく不可能なことを論じてもしようがあるまいよ」

「ある程度の犠牲――巻き添えを前提にすれば容易です」

「巻き添え?」

「私が遠距離から屋敷へ攻撃魔法を投射します。周囲にいる人も巻き込まれることまでは防ぎきれません。威力としては屋敷毎吹き飛ばせるのは確実です。

「同時にバーソンはあの短剣で同じようにします。これで2名まで達成可能です。

「更に1名はどちらかが噂が届く前に移動して攻撃すればよいでしょう。そもそも仮に1名逃したとしても目的は達成できる可能性もあります」

「その場合にはどの順にするのだね?」

「重要度と屋敷の位置から定めるべきでしょう……」

「いやいや、本気でそんなことを検討するのか?」アズガが噛みつくようにいう。「法王を狙うなと言うことではない。私もそこまで愚かな忠誠心を抱えているのではない。だが暗殺、それも無差別攻撃による方法となると……」

「アズガさん」プレヤがたしなめるように言う。「このまま放置すればどれだけの死者が出るか考えて話しているのかね? この国が他国に侵略されるかも知れないと言っているんだぞ」

「だが」アズガは唇を噛んだ。「いや、わかってるんだ。だがそれでも」

 アズガ自身でさえオリビエの提案が妥当というか、それしかないと考えているようだった。

 俺は頭を働かせた。困ったときは――。

「オリビエ。君のマスターに会って話をしたい」

 俺の出した答えはあえて本題からずれたところにあった。

 そもそもオリビエは彼女の言うところのマスターの指示を受けて動いている。そうであればオリビエに相談するのは二次的なものでしかない。

「それも今すぐに。可能かな?」

 オリビエは首をかしげた。「直接というのは不可能です」

「魔法では?」

「可能です」

「それなら今すぐに」

 オリビエはうなずくとテーブルの上に掛けられていたクロスを外して壁に吊した。

 そしてそのクロスへ魔法を掛けるとなにやら映像が浮かび上がってきた。まるでプロジェクターで投影しているみたいだ。

 映っているのはどこかのリビングのようだった。そこへ一人の女性が入ってくる。

 その女性はオリビエが年を重ねたらこんな風になるのではないか、といった感じの平凡な外見の女性だった。

「あなたがオリビエのマスターでしょうか?」

「そうよ。ファミンと言います。はじめまして」その女性は椅子に腰掛けていった。

「俺はバーソンと言います」

「知っているわ。オリビエから報告を受けていますから。あなたの元の名前は聞けるのかしら?」

「そう来ましたか」俺は驚いたが予想外ではなかった。「山田 次郎といいます」

「やはり転移者なのね」ファミンはうなずいた。

「あなたは転移者を狙っている?」

「転移者に注目しているのは事実ね。それだけではないけれど。私の目的のためにはこの世界の力だけでは足らないと思っているの。だから世界の理の外からの力にも目を向けている。期待しているといってもいいわね」

 ファミンは認めた。

「あなたも何かのペナルティを受けているはず。私はそれを知りたい」

「ペナルティ?」

「そうよ。転移するときに何かあったはずだわ」

 バーソンは転移の時の記憶がいささか曖昧だが少しは記憶に残っているところもあった。「B種がどうこうといっていましたね。あまり明瞭な記憶はないのですが」

 ファミンは顔をしかめた。「わからない符号ね。これまでにもよくわからないことが多かったの。何か心当たりは?」

「そういわれても」俺は肩をすくめた。「こちらからも質問を?」

「どうぞ」ファミンは手を挙げていった。

「プレヤやアズガの予測ではこの先、どう転んでも内戦かなにかで国は荒れ、国力は低下。隣国の侵略を受けてしまうと考えている。あなたも同じように考えますか?」

「そうね。このままいけば内乱で公爵・法王らが勝利する。でも国力が低下することまでは避けられないでしょう。国王が譲位すれば内乱はここでは防げる。でも王家を指示している貴族たちは対抗するか、隣国と手を結ぶかするでしょう。これはもっと国力を失うでしょうね」

「そのような予測は当然、公爵や法王もできる?」

 俺はその点に話しながら辿りついた。違和感があるのだ。

 その指摘にファミンはきょとんとした。「え、えぇ、そうね。予測できるでしょうね。確かにおかしいところもあるかも」

「ここで王位を奪っても近いうちに自らも討たれる危険性が高い。それでは意味がない。そうなってもよいか、予測できていないか、他の道があるか」

 ファミンは腕を組んで考え込んだ。「そうね」

 俺も考えた。本当にそれしか可能性がないか。自衛隊で部下を率いる立場では選択肢で部下の命も左右する。常にすべての可能性を考え出せ、というのが上官の教えだった。

「国力低下のリスクがあるか、ないか。あるいは」

「あるいは?」

「リスクがある・ないと信じているか」

「どういうこと?」

「リスクを回避できないけれども、回避できると信じ込んでいる可能性です。リスクに気づかないと言うことはないと思われるので、回避できると信じていれば恐れる必要もないわけですから」

「内乱の成功を前提にすれば、王家支持派の貴族たち次第ね」

「実は丸め込んである、と信じていればどうなるでしょうか?」

「確かにリスクはなくなるわね」ファミンはうなずいた。「でもどうしてそんな風に信じることになるのかしら?」

「この事件にはもう一人、大商人が関わっています」

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