第34話 ピエロは誰だ?

 騎士たちの後ろで開いた扉から最初に現れたのは球だった。

 俺は思わずくらっとした。その球にはずいぶんと見覚えがある。このまま倒れてしまいたい、真剣にそう思った。

「いーやぁ、遅ーかったぁねぇ」

 玉の上にはキーンが乗っていた。

「待ちーくたぁびれたよぉ」

「キーン様、お下がりください!」騎士は叫んだ。「不審者です!」

「いーいんだよぉ。彼ーらぁのこーとはぁ私が保証ーすぅるからねぇ」相変わらずの語り口でキーンがのんびりという。

 騎士は顔をしかめた。そうだろう、こんな怪しいピエロの言うことを真に受けて職務をおろそかにはできまい。つい俺もそう思ってしまった。

「構わぬ!」扉の向こうから威厳のある声が響いた。「キーン殿がそこまで言う人物であれば中に入れてよい」

 騎士たちは顔を見合わせたが、扉の前を開けた。

 俺たちはキーンに招かれるままに扉をくぐった。

 中は小さいが豪奢な執務室になっていた。立派な机の向こうにいるのは明らかに国王だった。王城にこれほどの威厳を持って騎士たちに命じられる人物はそもそも他に以内だろう。

 国王は60歳ぐらいの男性で本来は壮健という風貌なのだろう。しかし今は疲れ切っている様子だった。目の下には隈も見える。

 俺たちは片膝をついて顔を伏せた。いや、正直に言おう。そんな作法を俺は知らなかったがプレヤの真似をした。そうでなければ敬礼していただろう。

「お主たちがキーン殿のいっていた者たちだな。立ってよいぞ」

 国王の言葉をうけて俺たちは立ち上がった。

「よく来た、といってよいかどうかわからぬところもあるが。どうやって来たかは問うまい。キーン殿の言うにはそなたたちには王家へ報告することがあるということだな?」

 俺は周りを見回した。プレヤは視線で俺に話せと物語っている。オリビエはいつも通りの無表情。アズガはうつむいたままだ。

 一応キーンも見てみるとニコニコと俺を見ているだけだった。

「はい。バーソンと申します」

 俺はため息をついてから口を開いた。

「端的に結論から申し上げます。公爵パークメ、ダーワル神殿法王ボーオウ、大商人アコーギは結託して王家転覆を目指しています。

「具体的には王都周辺で野盗を使って対象を襲撃させました。それによって王都への物資流入は大きく疎外されています。更に奪った物資の一部を高値で転売することで儲けるだけでなく、国民の生活を著しく困窮させました。

「これによって不満が燻り続けています。もう少しでこれが暴発すると考えられますが、そのときに暴徒に武器を供給することで一気に王城を落とすという計画です。そのための武器は既に王都周辺に密かに蓄積されています」

 国王は顔をしかめながら聞いていた。「信じたくはない話であるな」

「倉庫の位置を把握しています。よろしければ……」

「いや、信じぬと申しているのではないぞ、バーソン。信じたくないだけだ」

 国王は言った。

「こちらで把握している少ない情報とも反しない。パークメはともかくボーオウは近年、主だって意見を異にしていたからな。さもありなんというところもあるのだ」

「では」

「その先はこちらで検討する。情報提供に感謝するぞ、バーソン、みな。謝礼を出すように指示しておく。下がってよい。キーン殿も大儀であった」

 国王の指示を受け、俺たちは退室した。

 退室した俺たちは2名の騎士に先導されて簡素な事務室へと入った。

「ここで待っていただきたい」騎士が言う。「文官が謝礼を持ってくることになっています」

「わかりました」俺は答えた。

 騎士は外へ出たが扉の外で待機(見張り)しているようだ。

 俺はきーんを見やった。「どうやってここまで?」

「私ーほどのぉピーエロにぃなるとー国王ー陛下ぁにもー芸をぉおぉ見せーしたことがあーるのですよぉ。そしーてとてもぉひーいきにぃしーていただいぃているーのですぅ」

「俺たちはずいぶんと苦労してたどり着いたんだがな。こちらがピエロになったみたいだ」

「いいーですねぇピエロぉ。バーソンーもなーりませんかぁ?」

「遠慮しておく。国王陛下はどうなさると思う?」

 ピエロは玉の上で器用にバク転をした。「ピエロにぃわーかるーわけぇがなーいでしょうぉ」

「……」

「陛下は私を見てとがめもなさらなかった」アズガが言う。「覚悟を決めていらっしゃるのではないだろうか?」

「というと?」

「これを私が言うのもあれですが、近年ダーワル神殿はとても力をつけています。それが公爵と手を組み、大商人の支援を受けるのであれば王城にはなす術もないでしょう。仮に勝てたとしても、打撃が大きすぎて他国から国を守れないぐらいに弱体化してしまうはずです」

「それを避けるためには譲位する?」

「それも許されないでしょう。王家を支援する貴族が納得しないはずですから。貴族間の戦争になります」

「それでは国が滅びるという覚悟だと?」

「もはやどうやってもそれを避けられぬとお考えではないかと」アズガは沈痛な面持ちで言う。「私も他の予測はできませぬ」

 俺も目の前が暗くなってきた。

 どうやっても悲劇に陥る。俺たちのしてきたことこそ悲しいピエロではないか。

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