第32話 「黒鳥」襲撃
「こんな喜劇の予定ではなかったけど、これでいこ……」
俺が路線変更をつぶやくと不意に舞台上でキーンが転倒した。ちなみにキーンは劇間もずっと玉に乗ったままだ。これまでもほとんどずっと玉に乗ったまま暮らしてきた。それが玉の上から転げ落ちたのだ。
「あぶない!」俺は驚き・慌てて飛び出そうとした。
その直後、俺のいた場所に短剣が突き出されていた。
いつの間にか俺の真横に黒装束の人物が立っていた。そいつが短剣を構えていた。
殺気を感じて振り返るとすかさずもう一振りしてくる。その短剣はなにやら緑色のいかにもな色合いの液体が塗られていた。
「毒!」
俺はそのまま転がるようにして前へ逃げた。
さらにその黒装束は俺に襲いかかってくる。
「これは逃げ切れないか……」
俺はなんとか足を地面に付けてジャンプしようとしたが間に合いそうにない。
だが次の瞬間、黒装束は横へ吹き飛んでいた。
右手からやってきた男が体当たりしたのだ。
「アズガ!」
「うをぉぉぉぉ!」アズガはそのままの勢いで黒装束の首をへし折った。
突然の凶行に俺は目を見ひらいた。
「こいつは「黒鳥」だ! 逃げろ、バーソン。他にもいるはずだ! 手加減できる相手じゃないぞ!」
その声を待っていたわけではないだろう。最初の1人が失敗したのを見て、更に3名の黒装束がどこからともなく現れた。
と思ったら前のめりに倒れた。その背中には魔法の氷に矢が突き刺さっていた。3名ともほぼ即死だ。相当の強力な魔法のようだ。
その後ろから杖を構えたオリビエが現れる。
「バーソンは無事ですね」断定する。
「あぁ、まぁな」俺は立ち上がった。「助かった。2人ともとにかく礼を言う」
「俺はお前に謝罪せねばならない」アズガは固い声で言った。
「よくわからないが、ともかくこの場は引き上げるべきだな。なにしろ危険だ」
やっと落ち着いて周囲を見ると観客が我先に逃げていくところだった。
いつの間にか舞台裏を隠していた布が剥がされていた。どうやら襲撃シーンは観客にも見えていたようだ。
その布はキーンが(いつの間にか戻った)玉の上で器用に振り回していた。そのおどけた仕草に逃げ惑う観客も少しは落ち着いて避難できていたようだった。
俺たちは急いで片付けて撤収した。俺たちのとっている宿の部屋に集まる。
「「黒鳥」というのは何者なんだ?」
俺が聞くとアズガは信じられないという顔をした。プレヤも呆れた表情だ。オリビエはいつもの無表情だが知らないとは想っていなかったのだろう、こちらを見やっている。キーンはいつの間にか消えていた。
「「黒鳥」はダーワル神殿の調査部門の騎士だ。言いにくいことだが、はっきり言えば暗部だ。暗殺部隊だな。これは秘密だ」
「まぁ誰もが知っている秘密だな。公然の秘密という奴だよ。知らないのは田舎の子どもぐらいだ」プレヤが言う。「お前は常識外れだとはわかっていたがそこまでとはね。一体……まぁいい」
プレヤの言葉にオリビエが僅かに反応した。俺の出自に思うところがあるのだろうか。もともとオリビエには正体不明なところがある。俺の言えることじゃないかも知れないが。
「だとすると、これは大事になるな」
俺は言った。
「ダーワル神殿が町中で演劇中の民衆を襲撃をした。演劇の中身は神殿の犯罪をほのめかすものなわけだから」
「あれだけ観客がいたのでは口封じも無理だろう」プレヤも言う。
俺はうめいた。まただ。これで事態は何にしろ動いてしまうはずだ。そしてその引き金を引いたのは俺たちだ。
ジャーナリストとして客観的な情報を提供するどころではない。今まででも最大の直接的な介入になってしまうはずだ。
下手をすれば俺自身が神殿への批判の旗印にされかねない。ジャンヌ・ダルクになるつもりはないのだ。
俺はジャーナリストになりたいのに……。呪われているようだ。
「アズガはいいのか?」プレヤが聞く。「その暗部を公然と阻止したわけだ。お前の神殿のだぞ?」
「なんと言われようともこのような暴挙を見過ごすわけにはいかん」
アズガは確信的に言った。
「上層部が何を考えているかわからない。実は私も捕らわれていたのだ」
「なに?」
「「黒鳥」に捕縛されたところをオリビエさんに助けてもらった。オリビエさんには感謝しても仕切れない。この御礼はいずれ必ず返します」
オリビエは首を振った。「それは不要です。私はマスターの意向を最大限果たすのみ。そのためにアズガの救出が適当と判断した」
「マスターとは何者ですか?」アズガは直接聞いた。もしかして答えが、と俺は少しだけ期待した。
「それは言えません」オリビエは素っ気ない。期待はあっさりと打ち消された。
「それでは御礼を伝えていただくことぐらいはできましょうね?」
「……わかりました。伝えます」
「ありがたい。それからバーソン、皆さんに謝りたい。私は神殿の関係にはまってあなた方の企みを漏らしてしまったのです。そのせいで襲撃も実施された」
なるほど。まだ上演もしていないうちに「黒鳥」を送り込むわけもない。アズガから上演内容を知っていたわけだ。だがそれでここまでの反応をすると言うことは自白したも同義だ。
そしてあの劇を見た観客も同じように考えるだろう。
「仕方がないさ。それにもう王都に情報は盛大に漏れ出したわけだし。その意味では目的は想定以上に達成できたと言える。次に動くのは誰かが問題だが」
神殿が衆目を無視して再度、襲撃を企てる可能性はある。だがそれをするにしても頼りになる暗部の戦力の一部は失ったはずだ。暗部がそれほど大規模と言うことはないだろう。4名も失えば大打撃となっているだろう。それに衆目を幾ら無視してもそれがないわけではない。即座に襲撃を繰り返せるかどうか。
大商人と貴族も同じだ。俺たちを始末したいだろうが、それ自体がリスクがあるはずでどちらに考えるか。手持ちの戦力にもよる。
一方で王城はどうだろう。これだけの騒ぎになればすぐに情報は伝わるだろうから、公爵・法王・大商人が結託して反逆を企んでいることは理解するだろう。だが即応できるぐらいならばそもそも謀反が企てられることもないかも知れない。
「逃げるのでしたら手配します」オリビエが言った。
「どこへ?」
「王都から少し離れれば十分と考えます」
「なるほど。そこへどうやって行く?」
オリビエはなんと言うことはないという感じだった。「アズガと私が加わった戦力であれば正面突破しても支障なく王都は出られるでしょう。アズガも一緒に行動するものと想像します。アズガはダーワル神殿で最強の騎士と言われています。私が魔法で援護すれば数名で王都を脱出するのはたやすいことです」
「命に代えてもこの返礼はする」アズガは固くうなずいた。
「いやそんな強行突破では困るよ」俺はクラクラしてきた。「何か穏便な秘密の経路でもあるのかと思った」
「王都の外へ出るものはありません」
俺は眉をひそめた。「王都の外ではない経路は何がある?」
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