第28話 喜劇「王都の夕暮れ」準備

 キーンがプレヤに演奏会を開けばいいではないかと言い返した。その言葉に俺は引っかかりを覚えた。

 ピエロのキーンはここ王都でも人気者だ。彼が大道芸をするとなればすぐに多くの客が集まるのは何度も見てきた。

 演奏家のプレヤも自慢するほどかどうかはわからないが、演奏家としての知名度は本当に高いようで、王都に着いてからプレヤのところを訪れてくる楽団の代表者も一人ではなかった。

 オリビエも感情表現は苦手なようだが美人さんだ。

 俺だって少なくともこの国では似た容貌の人間はいないのだ(これまでに見たことのある人種はいずれも現代地球的に言えばヨーロッパ・アフリカ系統のものばかりだったが、俺はバリバリのアジア人だ。体格がよく日焼けもしているから普段はあまり目立たないようだ)。

 これだけ役者が揃っていれば……。

「演劇をやろう」


 俺の狙いはこうだ。キーンとプレヤの知名度を活かして劇を上演する。その内容は法王・公爵・商人による謀反の動きをネタにする。大げさにアレンジしつつ、人名や地名は明らかにそれとわかるように酷似したものを使う。

 キーンとプレヤの知名度を考えれば、劇は注目を集めるだろう。公演を続ければその内容はすぐに王都中に広まるはずだ。法王・公爵・商人側に伝わって俺たちが狙われる危険性はあるが、同時に王家にも伝わるだろう。

 あまりに類似性が高いので、中には調べてみようと思う人物も出てくるかも知れない。

 これが俺が思いついたこの世界での「メディア」だ。動画配信のリアル版(それでは逆輸入みたいだが)といえばいいだろうか。


 俺の狙いにキーンは飛びついた。プレヤも乗り気だ。

 オリビエは戸惑っているようにも感じたが、やはり感情は表に出さなかった。

 早速キーンが筆をとった。さらさらと書き出したプロットはとてもよくできていた。

 王都周辺に盗賊を放ち隊商から物品を奪う。足のつかない食料などの一般的な物資は商人が高値で横流しをする。王都への物資の輸入が減るので高値でも売れるわけだ。これだけでマッチポンプ状態だ。

 更に貴重品は貴族のコレクションになる。密かに収集され世には出ない。

 食糧不足と高騰で王都市民の生活は苦しくなり、その不満が王家へと向かうように神殿と貴族が煽る。

 そしていずれ市民が暴徒と化すときにその手に渡す武具を商人が隠し持っている。市民の一部が暴動を起こしたときに武器を提供すれば、火に油を注ぐがごとく、その勢いは一気に加速する。暴徒は王城へ押し寄せるだろう。

 そこで適当な被害を出したところで貴族が市民の意を汲むという形で王家を断罪し、反乱を完遂する。

 しかも貴族・商人・神殿は矢面に立つことはないので実質的にリスクがない。失敗しても暴徒がただ鎮圧されるだけである。むしろ経済的には儲かって終わる。

 その事実を面白おかしく歪曲するため、ありもしないコミカルなトラブルを幾つか。最後には反乱は成功し、公爵が王座につく。だが公爵にも市民の不満が……。

 最初にプロットに目を通したプレヤはうなった。「これはよいな。悔しいがよくできている」

 プレヤはすぐに各シーンの音楽をどうするかキーンと話し合いをはじめた。2人は芸術的に観点から熱心に議論を始めていた。

 オリビエは戸惑った様子であったが、今度はなにやら目に見えない誰かと会話をしているような様子を見せた。

「マスター、か」俺はこれまでのオリビエの発言を思い出した。

 オリビエは折に触れて自分の意志を否定し、マスターなる人物の指示に従っていることをかなりはっきりと示している。だがそれが何者であるかは説明していない。この存在も俺にとっては不安材料だ。これまでのところその支援は俺を助けてくれているが、ただの善意とは到底考えられない。俺が転移してきた地球人であることが関係していないとするのは無理があるだろう。

 地球で死んだ?後、俺の運命は神々や何者かに左右されている。そういえばあのとき……。

「私も手伝います」オリビエが言った。「マスターの指示がありました」

「そのマスターが何者かを説明してくれないか?」俺は言ってみた。

「それは認められていません」オリビエは素っ気ないものだ。「演劇に適した派手な魔法があります」

 キーンは手を叩いて喜んだ。「そーれはぁ素晴らーしいぃ」

 発起人は俺なのだが、あっという間にこのアイディアが手を離れたようだ。どちらにしても俺には演劇の知識はないので、任せるしかあるまい。

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