第23話 消えた楽器を探せ(2)

 とはいったものの神殿の情報を集めるような伝があるわけではない。ましてやその上層部の隠していることをなんとかしようというのは難しい。

「こんなときにはどうするものかな」

 俺は神殿の見える通りまで来て腕組みをした。

「足で稼ぐと時間がかかる。賄賂に渡せるほどの金もない。常に護衛もついているだろうから突撃取材というのも不可能だろうな。

「こうなれば尾行しか思いつかないな。だとすると誰からか、ということだが」

 ちょうど神殿から多数の神殿騎士に囲まれた馬車が出てきた。

「あれにしようか」


 その馬車は神殿を出ると貴族の屋敷のあるエリアへと入っていった。エリアの中でも王城に近い方により大きな屋敷がある。馬車は言うまでもなく、一番大きな屋敷へと入っていった。

「できすぎだろう」俺はうめいた。

 外で見張っていると、もう1台の馬車が複数の護衛に守られてやってきた。こちらもかなり豪勢だがいささか成金趣味的だった。

 護衛についてきた者たちは貴族の敷地には入れないようで、門の外で待機するようだ。それらは騎士でも兵士でもなかった。馬車の持ち主の個人的な護衛となっている戦士なのだろう。騎士や兵士ほどの統率はとれていない。

 邪魔にならない横道へ引っ込むと、そこでかなり力を抜いていた。

 俺は見つからないようにその脇道へ反対側からぐるっと回って近づいた。さいわい護衛たちは大して声を潜めていなかったので遠くでも聞き耳を立てれば話が聞こえた。

「アコーギ様も物好きだよ」一人が言う。「このところ週に3回はここへ来ているだろう。金にもならないだろうに」

「俺たちにわからないだけで実は儲かるのかも知れないぞ。あのアコーギ様のことだ、儲かりもしないのに動くはずがないだろうが」

 一人の物言いに他の護衛も小さく笑った。「たしかに」

「公爵は浪費家だと言うからな。何か売りつけているんじゃないか」

「そうかもな。それにしても最近は何かと物入りだ。儲かってるなら俺たちの給料も上げてもらえないかねぇ」

「たしかに」護衛の一人の苦言に他の護衛もしみじみとうなずいた。

「飯の値段も上がっているしな。かなわんよ」

「だが倉庫には結構な食料があるだろう?」

「しっ」護衛の一人がたしなめた。「その話はさすがに、な」

「わるい」話した護衛もいささか声色がよくなかった。「聴かなかったことにしてくれ」

「さ、この仕事が終わったら一杯やろうや」


 盗品のうち食料が備蓄されている倉庫があるらしい。これはたいへんな情報だ。しかし食料には特徴はないから仮に見つけ出しても追求する切り札にはならないだろう。むしろだからこそ売り払っていると言える。

 ここで食料の方を追跡してそこからフルートを探すかどうか。

 それは難しいだろう。楽器と食料が同列に扱われているはずもない。それよりも商人が頻繁に公爵と会っていること。神殿の上層部にある人物も少なくとも今日は同席していること。こちらのほうが何かのチャンスだろう。

 フルートをもっているのはこのうちの誰か。だが3名だけなら探しようも出てくるだろう。正体がはっきりとしていないのは神殿からの馬車に乗っていた人物だ。まずはその特定からすすめるべきだろう。

 屋敷に忍び込むことも考えたが、俺には魔法は使えない。この世界には魔法使いがいることを考えると、俺が侵入するのはかなり無謀だろう。オリビエならばなんとかなるだろうが。

「いやいや」俺はつぶやいた。「俺はジャーナリストになるんだ。足で稼ぐさ」

 俺は馬車の外観をできるだけ正確にメモをとることにした。まずは記憶に基づいて絵を描き、更に屋敷の近くで見張っていて、出てきたところを観察した。

 描き出した馬車の絵はなかなかのものになった。絵を描くのは小さいころから得意だったのだ。

「これでよし」


 俺はその馬車の絵をアズガに見せた。

「この場者の持ち主は誰かわかるかい?」

 一休みして回復していたアズガはうなずいた。「簡単だ。法王専用の馬車だからな。これがどうかしたのか?」

「俺が今、怪しいと考えている人物の一人だ」

「法王が?」アズガは目を丸くした。「いや、そんな」

「そうはいってもな。公爵の屋敷で大商人と3人で会合をもっていたようだ。法王の振るまいとしてはあまり予想されるものではないんじゃないか?」

 アズガは立ち上がった。「法王猊下にそのような疑いをかけることはできない!」

「だが、現状では……」

「それは不敬だ。議論できない。法王はダーワル神のいわば代弁者。それを疑うと言うことは神を疑うと言うこと。そのようなことは許されないし、そもそも疑う必要がない!」

 アズガは声を荒らげると、そのまま出て行ってしまった。

 俺とプレヤは目を丸くしてそれを見送ることしかできなかった。

「信心にひっかかったようだな」プレヤが言う。「あれほどとはな」

「俺も正直、予想していなかった。驚きはすると思っていたが」

「それだけ信心が厚いと言うことなんだろう。といっても困ったところだな」

 俺はうなずいた。「下手をすればアズガが敵に回る」

「そこまでかね?」

「宗教というのは素晴らしくも恐ろしいものだ。宗教を信じないものには理解できないところだが、宗教の名の下に行われることに狂信的なものもあるのは事実だろう。もちろんそれがよい方向にあることも多いはずだ。そうでなくてはそもそも信者も増えないだろうしね。無私の奉仕などは信心の足らない俺たちからすればとてもできないが、たいへん素晴らしい社会貢献となっているところでもあるだろう。

「だが、その矛先がずれたときが問題だ。特に悪意をもったものに操られたら」

「しかしそんな上層部が操られるものかね?」

「そこが問題だな。俺たちには見えていないところもあるだろう。だがどう想像したところで現状を許容するような事情は考えられない」

 プレヤはうなずいた。「どうするね?」

「楽器を探そう。道は見えないけれど」




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