第21話 オリビエの報告(3)

 王都でバーソンたちと別れた後、オリビエはマスターの元へ戻った。

「バーソンを王都へ連れて行きました。同行を申し出てきた彼の友人、演奏家プレヤとピエロのキーンも一緒です」

「ありがとう、オリビエ」

 魔女ファミンはつまらなさそうに言った。

「彼についていくなんて物好きね」

「……」オリビエは何か言おうとしたが口を開くことはなかった。

「でも、これで何か起こるでしょう」

 オリビエのマスターであるファミンは様々な情報網を張り巡らせていた。彼女は

ダーワル神の法王ボーオウが現王家の現実的な政策はダーワル神の教えに反すると考えていること、王家打倒のため享楽的な性質のバークメ公爵をそそのかし、野盗を放って治世を混乱させようとしていることを見抜いていた。

「ボーオウやバークメが動くかも知れないわね。それでバーソンのスキルがわかるチャンスがあるでしょう」

「ボーオウらについては何もしなくてよいのでしょうか?」

「世俗のことはどうでもよいのよ。私は悪神を滅ぼすか、せめてこの世界への干渉を邪魔立てしたい。それだけ。ダーワル神殿はいささか享楽的すぎるとは思いますけれども、それも含めて世俗がどのようになるかはそこに暮らす人々が考えることだわ」

「……バーソンの生命が危ぶまれます」

「それも含めてよ。かわいそうとは思うけれど。でも悪いのは悪神。私たちではないわ。私たちにはバーソンを通じてしか悪神の企みを知る手立てはない。神を害するには神の力が必要だわ。そして私たちの手の届くところにあるのは転移者のみ。

「彼の振る舞いを監視し、あるいは何かが生じるように誘導することでチャンスが生じるはず」

 ファミンの眼差しは長い人生を経て達観したというか、何かを諦めたもの特有の冷たいものがあった。これまでにも何名もの転移者と関わってきたのだろう。

「バーソンはただ知りたいのではないでしょうか」オリビエは唐突に言った。

「知りたい?」ファミンはいぶかしげに言った。オリビエがこのような発言をすることはとても珍しい。

「彼は物事を自分で解決したいとは考えていません。これまでの転移者であればもしろ解決するための力を求めます。魔法、武器。けれどもバーソンはその力を遺棄します。実際に渡した短剣もあれ以来、ずっとバッグにしまったままです。

「これらのことから、彼の目的は何が起きているのかを知ることにあると推察しました」

 ファミンは呆れたような、理解できないと言った表情を見せた。「知ってどうするというの?」

「……わからないです」

「そうでしょう」ファミンはうなずいた。「彼の行動には一貫性がない。知ったところで何にもならないのだから、それが目的ではないと思うわ。あるいはよほどの愚か者なのか。確かに老成した魔術士の中にはそんな感じで魔術の追求にのみ関心のある者がいるわね。バーソンはそういった年齢ではないけれど。どちらにしても私たちの益にはならないわ」

 平静を保ってファミンは話しているように見えたが、内心は驚愕していた。

 オリビエはファミンの作成した特殊なゴーレムなのだ。ファミンが思い描いた完璧な存在であると同時にファミンに絶対的に追従する存在だ。長い時間をかけて非常に高度な知性を宿しているが、現代地球的に言えばあくまでもプログラムなのだ。

 同時にオリビエはファミンにとっては娘や妹のような存在でもある。身動きのできないファミンに変わって世界中を駆け巡り、彼女のためにだけ働いてくれる存在。その代わりにできるだけのことをしてあげたいと思う存在ともなっていた。だからこそ理想的な外観をしている。いわばファミンの完璧版として作り出されているわけだ。

 それが自我とも言える、ファミンの言うことに反対するような方向を示すというのは非常に複雑な感情をファミンに生じさせていたのだ。

 いわば子離れ、反抗期に遭遇した親のような心情だろうか。

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