第20話 神殿騎士にインタビュー?

 次の日。俺は朝食を終えて今日はどうするものかと部屋で考えていると、扉をノックする音がした。

「はい」

「アズガだ」扉の向こうからあの神殿騎士のまだ年若くちょっと高い声がした。

 俺は目を丸くした。まさかあの偉そうな騎士がこんな宿までやってきたというのか。だが声は確かに先日、路地であった神殿騎士のものだ。

 俺はおそるおそる扉を開けた。

 目の前にはあいからずの豪勢な鎧を着た神殿騎士の姿があった。

「少し話を聞かせてもらいたい」アズガは言いながらも、断られるという可能性がまったく頭をよぎらないのだろう。まっすぐに部屋に入ってきた。

 俺は嫌なわけではないのでそのまま入室してもらった。見られて困るものがあるわけでもない。あの短剣はいつもバッグの奥底にしまってあるのだ。

 アズガは部屋に唯一の椅子に腰掛けたので、これはベッドに座った。

「それでなんでしょうか?」

「昨日、ダーワル神殿へいらっしゃったのではないか?」

「あぁ、やっぱり」俺は首を振った。「確かにどんなところだろうかと思って神殿へは行きました。普通に礼拝をして帰るつもりでした。ところがキーン、あのピエロがつまらない悪戯をしまして。本殿の方へと近づいてしまったんです」

 俺は正直に説明した。

「それで衛兵の方にキーンがあなたの名前を出してしまいました。俺の責任ではありませんが、ご迷惑をおかけしたようです。お詫びいたします」

 アズガはうなずいた。「ピエロがいたことも報告にあった。そうなのだろう」

「ただその確認のためだけに?」

「表向きはそうだな。その通りです」アズガはいささか自信のない様子を見せた。

 そんなほころびを見せるようなキャラクターではないと思っていたので、俺は内心ではずいぶんと驚いた。

「何か困っているのですか?」

「先日も少しお話しした、野盗がのさばっているのです」

 アズガはやや口調も年齢相応に尊大さをおとしていた。

「しかもどうやら組織的なものです。奪った品の一部が流通さえしている」

「野盗だって物資をもっているだけでは意味がないのでは?」

「最初はそのように考えていた。だが、逆なような思えるのです。あぁ、私は何でこんな話をしているのかわかりませんね」

「かまいませんよ。愚痴を聞くぐらいには役に立つのではありませんか?」

 俺はにわかジャーナリストとしてインタビューをするつもりになっていた。

「逆というのは物資の流通について?」

 アズガはうなずいた。「奪ったものを金に換えるのではなくて、物資を奪うことが目的で野盗をやっているのじゃないかと」

「なぜそんなふうに?」

「狙われているものです。高価な宝石等が一緒に狙われている。だがそれらは一切、売り払われていない。野盗が宝石を山の中でもっていてもしようがないというのに」

「なるほど。売り払わないわけがないと」

「宝石には熱心がコレクターもいます。それに今は野盗のせいで物価が上がっている。市民の生活は少しずつ悪くなっているのですよ」

「それはよくないですね」

「王都では王家への不満が増しています。貴族の中にはこれさいわいと王家を批判する動きも出ていると言います」

「なるほど。治安が乱れる、と」

「そうです。ダーワル神は娯楽の神です。その神職はいささか不真面目だと思われている節があります。ですがそうではないのです」

 アズガは熱弁をふるった。

「人々が娯楽を楽しめるような平和な世の中が必要なのです。私はそれを信じています」

「真面目な方ですね」

 俺が言うとアズガはまじまじと俺を見た。そして頭を下げた。「すみません、実はあなたたちのことを疑っているのです。ダーワル神の神託を願ったことを黙っているわけにはいかないでしょう」

「神託?」あまり良い感じはしないがよくわからない。

「これでも神職です。神のお告げをこうことが許されています。請うたところでお告げが得られるとは限りませんが。

「今回はお告げはありました」

 俺はつばを飲み込んだ。「どのような?」

「明確なものではありません」アズガはなだめるような仕草をして言った。「あなたのことをよくないと感じました」

「よくない?」

「はい。そうとしか説明できません。お告げは感覚的なものだったのです。それの意味はよくわかりません。あなたが悪者だという意味かも知れないし、あなたに関わるなと言う警告かも」

「それでもここへ?」

「もしあなたが野盗の一味ならば探る必要があります」

 アズガは正々堂々といった風に言った。

「もし違うのならば隠し立ては失礼です。謝罪します。いずれにしてもこのままあなたから遠ざかることはできませんでした」

「まっすぐな人ですね」俺はつぶやいた。「ありがとうございます」

「あなたを疑っているのですよ?」

「野盗の一味ではありませんから、いずれそれを理解してもらい、謝罪していただくことになりますので」俺は明言した。

 アズガは笑った。「なるほど。了解しました」そういって立ち上がった。「今すぐあなたのことを信用するというわけにはいきません。ですが話をしてよかった」

「俺もです。野盗が捕まることを祈ります」

「一網打尽にしてやるつもりです。その中にあなたがいないことを祈ります」


 話の内容は物騒だが、本質は気持ちのよい青年だった。

 そしてダーワル神殿。ダーワル神の名になにか聞き覚えがあるような気がするのだが、そのときの俺には思い出せなかった。そう、あの胴元神こそがダーワルだったのだが...。


 その日の夕方、怪しい野盗(野盗自体が怪しいわけだがそれ以上に怪しい)の話をプレヤにした。

「というわけなんだ」

「なるほどな」プレヤはうなった。「実は今日、知り合いの楽器職人に会ってきたんだ。王都では名うての職人でな。最近では近隣諸国の貴族の注文も多いんだ。だが出荷した楽器が野盗に奪われたという話を聞いてきた。

「販売後の先方の輸送上の話だったから職人に実害は出ていないんだが、楽器職人としてはそれで演奏してもらいたいんだ。だが奪われた楽器が裏市場に出回ると言ったことも今のところないんだと」

 プレヤは苛立たしげだった。

「楽器はな、演奏されて初めて価値があるはずなんだ。それをもしかしたら壊しちまっているのか、好事家が密かなコレクションにしているのか。どっちにしても許せぬ話よ」

「なるほど。それは災難だな」

「それを調べてくれないかというのが先方の話なんだがどうするね?」

「渡りに船だね」俺はにやりとした。「どうせ調べるつもりだったところだ。具体的な事件が決まっていた方が調べやすいし、依頼があればいろいろと探りも入れやすいだろう。金にもなる」

「それならよかった。明日、一緒に話を聞きに行くか」

「そうだな」


 職人から聞きだした話を総合するとその楽器はフルートで、隣の王国で多くの演奏家のパトロンとなっている伯爵が購入したものだった。伯爵の使いの者が職人に発注した特別仕様のものだった。

 その使いの者は楽器を受け取ると自身で馬車を雇って、数名の傭兵を護衛に付けて帰路についたという。

 だがいつになっても戻らないので伯爵から問い合わせの連絡が職人のところに届き、馬車ごと行方不明になったことが判明した。伯爵が兵士を調査に向かわせた結果、馬車の残骸と数名の兵士の遺体とともに使いの者が身につけていたマントが街道沿いで見つかったらしい。

 それらの手口から最近あちらこちらで問題になっている一連の野盗に襲撃されたと判断されたらしい。

 野盗に襲われると貴重な品はまったく裏市場にも出てこない。食料などの足のつかない物資は流れてきているようだが、そちらはそちらで経路が上手く隠されていた。


 一方で王都での物価はじわじわと上がってきていて、市民の生活をむしばんでいた。いかんせん食料についてはそもそもの物量が足りなければ、農業生産のほとんどない王都では単純に飢えることになってしまう。

 その他の日用品もそのほとんどは王都以外からの輸入に頼っている。

 野盗を討伐するために何度か軍隊が派遣されているが、今のところ成果を上げていない。野盗はなかなか情報にもめざといのか。兵士が来る前にどこかへ逃げ去ってしまうのだ。

 逃げられてしまうのでは戦力の不足が問題ではない。王城でも打つ手が限られてしまっているようだった。だが、そんな理由で市民の不満が解消されるわけではない。

 更に生活物資の値上がりで一部の商人が大きな儲けを出していることも不満を増長させていた。

 その先方が大商人アコーギなのだが、この大商人は大貴族であるバークメに取り入っていて誰もなかなか手を出せない。しかもバークメ公爵は近年急激に力を増しているダーワル神殿の法王ボーオウと密接な関係がある。王家といえどもなかなか口出しできないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る