第19話 あてのない王都生活
オリビエに目的なんて何もないと断言されてしまった。オリビエのいつもの無表情が妙に説得力があった。本当に何もないのだろう。そう信じるに足る妙な迫力があった。
「それではこれで失礼します」
オリビエは早々に立ち去った。
あまりのことに俺もプレヤもキーンすらも何もできなかった。声をかけることもできなかった。
「おいおい、本気だぞ、あれは」オリビエが完全に見えなくなってからしばらくして、プレヤがやっと声を出した。
キーンはいつの間にかこどもに取り囲まれて、お菓子を配りはじめていた。
「こうなるとまずは王都での生活をなんとかしないといけないな」
俺はうなずいた。
「どうするのがよいと思う?」
「収入源だな? そうだな。俺が演奏会を開けば片付くが、後始末がたいへんになるだろうな」
俺は頼ってみたくなる気持ちもあったが首を振った。「目立つのは得策じゃないかも知れない。何もわからない状況だからな」
「そうだろうな。それなら定番の冒険者か。お前は戦えるのか?」
「どうだろう」
俺は肩をすくめた。
ある意味で俺は兵士と言えるはずだ。だが自衛隊での殺傷能力のある訓練の主なものは銃器を使ったものだったから、ここではそのままでは役に立たない。格闘戦もある程度はできるが、この世界の専業の戦士のようにはいかないはずだ。訓練すればなんとかなるかもしれない。
「下っ端からはじめるしかないな」気は進まなかった。俺はジャーナリストになりたいのだ。兵士として直接、力をふるうのはちょっと違う。
「キーンに大道芸をやらせる手もあるぞ。こいつはどうしたって目立つ。既に手遅れだしな」
こどもたちに囲まれていたピエロは大人たちも集まってきていたので、飛び込みの大道芸を披露している。前に置いた更には既に小銭が結構投げ込まれているようだ。
「キーンをあてにするって?」
プレヤは後悔したように言い直した。「ないな。取り消しだ」
俺たちが相談をしていると、ざわざわとしはじめた。
振り替えると、きらびやかな鎧を着た戦士が歩いていた。
「あれはダーワル神の神殿騎士だな」プレヤが言う。「ダーワル神殿は近年、この国で力を増しているのだ」
「ダーワル?」俺はどこかで聴いた記憶があった。
だがそれを思い出す前に、近くを通り過ぎようとしていたその神殿騎士が立ち止まってこちらを見た。
「見慣れない者たちだな」
神殿騎士はこちらへ歩いてきた。
「最近、野党があちこちに出没しているとの報告がある。お前たちはその中まではないだろうな?」
神殿騎士はいかにも正義感に満ちあふれたといった様子だった。
赤毛で精悍な面持ち。体格は俺と同じぐらいか。俺も自衛隊では体格はよい方だった。着ている鎧はフルアーマーでさすがにヘルメットは被っていない。だが相当な重量だろう。これを着て歩いて回れるというのは相当な体力だ。豪勢なマントをはおい、きらびやかな鞘に収まった剣をベルトに下げている。まさしく英悠然としたたたずまいだ。
「もちろんそんなものじゃない」プレヤが言う。「だいたいピエロも一緒なんだぞ? そんなことができるように見えるものか」
「確かに」騎士はうなずいた。「本気で疑うものではないんだ。ダーワル神の加護を。何か情報があったら神殿へ。私はアズガ。ダーワル神殿で騎士をしている。情報には対価も用意する」
アズガは尊大に言った。
「では失礼」
アズガは言うだけ言って、勝手に立ち去っていった。
「妙なのに目を付けられたな」プレヤは顔をしかめた。
「関係ないさ。さ、仕事を探しに行こう」
結局俺たちは冒険者ギルドへ行って、雑用仕事を請け負うことにした。先頭を前提としない薬草探しや人捜し・失せ物探しといった類いの仕事だ。
正直なところその稼ぎでは生活は厳しいがキーンが大道芸で稼いでくる金もあるのでなんとかなった。結局キーン頼みというところが不安なところだ。
なんとか生活を維持している間に王都での噂話にも接することができるようになった。アズガの言っていた野盗というのはどうやら近隣の小さな村を襲撃したり、隊商を襲ったりしている連中のことらしい。今のところ大事になるほどではないが、微妙に物価が上がるなどの影響が出つつあるのだという。
結果、王家への風当たりが強くなっている半面、街で資金を大量に投下しているパークメ公爵の株が上がっているという。資金を投下とはいうがようは散財だ。あまり誉められた使い方でもないらしいが、景気を下支えするぐらいの効果があるという。
「いい雰囲気ではないな」プレヤが言う。
「それはそうだが俺たちに関係するような話でもない。一体俺たちはここでなにをすればいいのやら」
「それは違うぞ、バーソン。俺とキーンは勝手についてきたおまけだ。バーソンだけがオリビエの狙いだった」
「うーん、それもそうか。だがなおさらじゃないか? 俺は王都へ来たことがなかったんだしな」
「そこだよ。これはいっそどこかへ首を突っ込んでみるしかないんじゃないか」
「どこへ?」
プレヤはうなった。「うーむ、安全策をとってダーワル神殿か? 神殿が危ないってことはないだろうしな」
「どうだろうか。まぁしかし他にアイディアもないな」
プレヤも詳しくないのでダーワル神殿へ行ってみることにした。参拝者に紛れてのことだ。まずは偵察だ。様子もわからないでは考えることもできない。
その結果、ダーワル神が娯楽に関する神であることがわかった。その教えでは何事も楽しくなければならぬ。そのためには本質を多少失っても楽しみを実現すべきと言うことらしい。いささか享楽的な競技のようだ。
例えば農作業では収穫の前にダーワル神へ捧げる収穫祭をすべきで、そのために収穫が少し遅れ、結果作物の一部が収穫時期を逸してしまうことはやむをえないのだ。
だがその戒律の緩さというか、享楽的なところが受けているらしく、神殿には多くの信徒が訪れていた。
「これは予想以上の賑わいだな」俺は信徒の流れに流されるように神殿の中央へと行き着いた。そこには大理石でできた「賽銭箱」があった。いや作りはまったく違う。いわゆる賽銭箱は木製でなんというか奥ゆかしいものだろう。ここにあるのは大理石性で表面には成金趣味的な彫刻がこれでもかというほど施されていた。奥ゆかしさのかけらもない。
だが信徒はありがたがって賽銭箱に喜捨をし、本殿の方を拝んでいく。
目立ってはまずいので俺も小銭を投げ入れて本殿を拝んでから立ち去ろうとした。
「せっかくでーすからぁ、本殿へ行きーましょうぅ」
いつの間にか背後にキーンがいた。この人混みでありながら玉に乗ったままだ。
当然ものすごく目立っている。あたりから人が遠ざかっていく。
「ほらほら」
キーンに、いや、キーンの乗った玉に押し出されるように俺は本殿の方へと向かうことになってしまった。
同時に本殿の方でもキーンの異様な姿に気づいたらしき衛兵が2人こちらへやってくる。
「何事であるか」衛兵は言った。「この先は本殿である。部外者の立ち入りはできないところである」
「ほら、行けないってさ」俺はキーンに言った。
「アズガにあって行けばよいのにぃ」
「アズガ様の知り合いなのか?」衛兵は念のために聞いてきた。
俺は首を振った。「知り合いと言うんじゃないんですよ。たまたま市街地で声をかけていただいただけで。さぁ失礼しよう」
俺は無理矢理キーンを連れて神殿を後にした。
神殿を出たところでキーンを問い詰めようと思っていたが、いつの間にかキーンは消え去っていた。
「なんてやつだ」俺はうめいた。
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