第17話 始まりの村で演奏家・ピエロ・謎の魔女とテーブルを囲む

 俺は最初の村へ戻ることにした。頭の中が混乱しているので、プレヤに相談に乗ってもらおうと考えたのだ。

 村へ行く隊商を見つけて同乗させてもらえるように頼むと、荷物の運び手が足らないと言うことで、こちらの村とあちらの村で荷物の上げ下ろしを手伝うと言うことで契約できた。

 ドワーフのゴージュには別れの挨拶をした。ゴージュは豪快に笑って俺の旅の安全を祈ってくれた。

「またこっちへ来たら一緒の働こうじゃないか。そして飲もうな!」


 荷物を場所に積み込んで疲れ切った体を馬車に引きずり上げると、目の前に大きな玉が視界を塞いでいた。

 視線を上げるとあのピエロ、キーンが玉の上に器用に寝転んでいた。

「やぁ、バーソンくん。お疲れの様子だねぇ」

 俺は疲れていたので馬車の縁にもたれるように座った。「キーンさん。あなたもあちらの村へ?」

「いやー、どこへ行くのか知らないけどさぁ」

 ピエロは肘をついた。それでも玉からは転げ落ちない。もはや物理法則すら超越しているような気がするが、この世界は現代地球じゃない。魔法すらあるのだ。物理法則だってピエロの道化に付き合うのかも知れない。

「バーソンくんーは面白そうだからねぇ。ついて行ってみようかと思って」

 俺はびっくりした。「正気か?」

「キーンと知り合いかい?」一緒に荷物を運んだ荷運び人がきいた。

「知り合いと言うほどではないけれど...」俺が言いかけると、

「友人さぁね」キーンがかぶせるように言ってきた。「バーソンくんとぉは不思議な縁がぁありましてねぇ。なんとぉいえばいいでしょうかぁ、命のぉ恩人?」

 荷運び人は吹き出した。「あんたが? あぁ、そうだろうとも」まったく信じていない様子だ。「変わらないねぇ。俺もガキのころにキーンの大道芸を見て心を躍らせたものさ。また見てみたいなぁ」

「ぜひぃぜひ。あちらの村に着いたらぁ、なにかやりますぉ?」

「そりゃ楽しみだな。さて、俺は一休みさせてもらうぜ」


 村に到着すると俺は他の荷運び人と一緒に荷物の上げ下ろしの仕事に戻った。

 キーンは玉に乗ったまま馬車から飛び降りると、それをみた子どもたちが殺到してきた。

「ピエロだ!」

「キーンだ!」

 キーンは子どもたちに取り囲まれて上機嫌な様子だ。それでも玉から降りることはない。しかし子どもたちが跳ね飛ばされると言ったことも起きていない。いったいどうなっているのか。この世界へ来てから見た中でも最も理解困難な事象かも知れない、などと俺はつまらないことを考えてしまった。

 キーンはどこからともなく取り出したあめ玉を配った。「明日、広場でぇ大道芸をやーるからね」

 子どもたちは歓声を上げた。

「キーンさんは人気だな」俺はこの間の荷運び人に言った。

「そりゃそうさ。キーンはこうやってときどき巡業してくれるんだが、こんな田舎じゃとびきりの娯楽だからね。それにキーンの芸は大人が見てもすごいもんだ。明日はきっと広場がうまるぞ」

「そんなに?」

「そうさ。本当に俺も小さいころはキーンの巡業を心待ちにしていたもんだ」

「何歳なんだ?」

「さぁね。だが純血の人間じゃなきゃ数百年生きるやつも珍しくはないしな。さぁ、荷物を運んでしまおうぜ」


 仕事を終えた俺は馴染みだった酒場へ顔を出した。予期していたとおり、プレヤが杯を傾けていた。

「おやおや、バーソン!」プレヤがよく通る声で言った。「帰ってきたか!」

「幽霊ではないよ」俺は足を少し上げて見せた。

「無事で何より」プレヤは嬉しそうに杯で向かいの空いている椅子を指した。「まぁ座れ。そして旅の話を聞かせてくれ」

 俺はその椅子に腰掛けた。

 いや、腰掛けようとした。

 だがそこには大きな玉があって、俺はぼよよんとはじき返されてしまった。

「一杯おごーってくれるのかなぁ」

 キーンだった。もはや言うまでもあるまい。

 もはやいつの間に? どうやって? という疑問さえ浮かばない。

 プレヤは顔をしかめた。「キーンか」

「おぉや、おぉやぁ、これは、これは。大演奏家ぁではあーりませんかぁ。再会を祝してぇ、乾杯をぉしぃなければ」

「再開したのはそうだが、祝杯と言う感じではないな」プレヤは冷淡だった。「なにをしている? バーソンと知り合いか?」

「なんとぉ、つまらなーいことを聞きますねぇ。いーうまでもないでしょうぉ、わーたしはバーソンの行く末ぇが楽しみぃでついてきたーのでぇすよ」

 プレヤは片手で顔を被った。「なんてこった。バーソン、面倒なのに目を付けられたな」

「それはそうかもしれないが、それほどのこととも」俺は言った。

「そーだよぉ、彼は恵まれーた星の下ーにいる」

「それだ。キーンは面白半分だ。いや面白9割だぞ。悪いことは言わん、こいつとはつるむな」

 俺は肩をすくめた。「一緒に行動しているわけではないよ。ただ同じ馬車できた。だが、あっちの村では助けてもらったのも事実でね。恩義があるんだ」

「それは借りに思ーわないでほしいけどぉ、君のー行く末は楽しみなんだよぉ」

「...わかった。借りがあるというのだな。キーン、幾らで手を引くね」プレヤはどこまでも冷淡だった。

 俺もプレヤのその態度には驚きだった。キーンとプレヤの間に椅子をもってきて座る。「プレヤ、何もそこまで言わなくても」

「こいつは確かに凄いやつだ」プレヤはいやいや言った。「それに村の連中は誰もがその大道芸を楽しみにしてる。俺も違うとは言えない。だがな、俺はこいつの正体が疑問なんだ。正直なところ、これは言いがかりだ。何も根拠なんてない。それはわかってる。その点では済まない」

 プレヤはキーンに頭を下げた。

「だがだめなんだ。俺の直感が危険というか、何か凄い違和感を伝えてくるんだ」

「頭ぁをぉ上げてくださいーなぁ、プレーヤ」キーンはあくまでも平常だ。「それがあなーたの気持ーちなら無視するべきじゃないぃでしょうよぉ」

「だったら...」


 プレヤが言葉を続けようとしたとき、酒場の扉が開いた。

 まるで何ヶ月か前の再生のようだった。オリビエが入ってきたのだ。そして周囲の好奇の目を無視し、俺たちのいるテーブルへやってきた。

「相席をお願いできますね」

 断言すると空いていた椅子をもってきた座った。

「皆さんに同じものを。私にはワインを。グラスで」

「まーだ注文もぉしていないんですが」キーンがおどけて言う。「そーれだと空のグラスが出てーくるんでしょうかぁ?」

「お好きなものを」オリビエはいつも通り感情を見せない平坦な表情と声だ。

「そーれではエーールをお願いぃしますぅ」

「俺もエール」

 店主がそれぞれに酒を出してくれた。

 俺は口を開いた。「この間は助かった。思うところがないとは言えないが、あの助けがなければ俺は死んでいたと思う」

 プレヤは頭を抱えた。「お前いったいなにをしてきたんだ。キーンだけじゃなくて、この得体の知れない女にも命を助けられたのか?」

「そーれは存じ上げませんでしたぁ。私ーからも御礼をぉ」

「いい」

 オリビエは短く言った。

「バーソンは」

「名前もばれてるのか?」プレヤが突っ込む。

 オリビエは一瞬凍り付いたように動かなかった。それから、「バーソンは王都へ行行くべきです」

「なぜ?」俺は問い返した。

「理由はいえません。短剣の代金と思っていただくのがよいでしょう」

「行きたくないというのではないが、短剣は返すよ」

「返却は不要です。王都へ行きませんか?」

「美人が連れて行ってくれるのかな」俺はふざけていってみた。

 当然、反論が帰って来るという考えだった。

 だがオリビエは再び凍り付いた。それから言った。「わかりました。私があなたを王都へお連れします。出立します」

 オリビエはおもむろに立ち上がった。

 俺は慌てた。「本気かよ」

「あなたの言ったことです。そうすれば王都へ行くことに問題はないのですね」

「...。わかった。だが今からと言うのは無茶だ。お恥ずかしい限りだが旅費も持ち合わせがない。どれぐらいかかるかわならないが」

「不要です。私が連れて行きます」オリビエの返答は微妙にずれているような気もする。「あなたの必要負担は不要です」

「おいおい」プレヤが割って入った。「いろいろ問題だらけだろう。よくわからんが、バーソンとそれほどの知り合いというのじゃないだろう。それがいきなり王都までの旅費をもってまで連れて行くなど怪しいにもほどが」

「素晴らしい!」キーンが更に割って入る。もはや混沌だ。「かーれの素晴らしーさをあなたもぉ認める人なのですねぇ」

「帰っていいかな」

 俺は小さくなってつぶやいた。

 王都で有名とうそぶく演奏家。いつも玉の上にいる謎のピエロ、キーン。突然現れて意味不明な行動をとるおそらくは魔女でロボットのように感情を見せないオリビエ。とんでもないテーブルだ。

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