第16話 村長ふたたび、ピエロとの出会い

 俺は兵士たちに村長の屋敷へと連れて行かれた。ここの村長に会うのはこれで二度目だ。

 村長もそう思ったらしい。

「またお前か」

 村長はため息をついた。

「ヒーローにでもなりたいのかな?」

 俺は本気で首を振った。「とんでもない! そんなつもりはありませんよ」

 村長はまじまじと俺を見つめた。「本気で言っているようだな。だが、なおさら意味がわからんよ。お前さんは何をしているかわかっているのかね?

「なんでも、森の向こうの村を見に行ったそうじゃないか。怪物が出て襲われるから街道を誰も通らなくなっているというのに。しかも運良く帰ってきた。そういえば、あちらの村の様子はどうだったね?」

「はい。平和なものでしたよ。村は襲撃を受けたりはしていないみたいでした」

「みたいでした?」

「俺は村には入らなかったし、誰にも会っていません。俺が村へ来れたと知れば、また街道に挑戦してしまうかも知れない。俺は運良く通れましたが、それが続かない恐れは高い。俺が通れたからと言って、真似をした誰かが死んだら寝覚めが悪いですからね。

「でも、村は寂れたものでした」俺に言えるのはそれが限界だった。

 村長はうなずいた。「それぐらいの思慮はあるのだな。確かに危険だろう。それとあの村は以前から寂れたものだ。まぁ、このあたりは平均的な村だな。それからお前はさらに森に潜む、街道で人々を襲う怪物を退治した」

「俺が退治したわけじゃありません! 信じてもらえないかも知れませんが、俺が行ったときには倒されていたんですよ」

 村長は疑わしげだった。「確かに。お前がそれほど強いかどうかは疑わしい。だが、それをいえばだ。あの怪物を倒せるような者がこのあたりには誰もいない。それであればお前が倒したと考えてもよいわけだ。そもそも違うとしてもそう主張した方がよいのではないかね?」

「俺はそんな腕っ節のよい方じゃないんです」

「体格は十分によいようだがね。まぁいい。だが確かにオークシャーマンとオーク鬼が倒されたようだ」

「確認してもらえたんですか?」俺は驚いた。昨日の今日だ。

「あぁ。問題が問題だったので、兵士長に偵察任務を出した。そしてあまり痕跡が残っていないほど酷い有様だったが、キャンプ後からオークシャーマンとオーク鬼がいただろうことはわかった。シャーマンはある種の儀式を行うのでな。その形跡が見つかったとの報告があった」

「そうでしたか」俺は半ば安堵した。「しかし、それなら」

「いや。あれほどの被害を出せるとすれば、信じられんが高位の魔術士か、非常に高価なマジックアイテムだ。そう思わないかね?」

 村長は俺に言った。

 いや、俺の後ろにいつの間にか現れた、俺を連行してきたのとは別の兵士に言っていた。

 その兵士は進み出てくると、俺が部屋に隠しておいたあの短剣を差し出した。

「これを見つけました」

「勝手に家捜ししたことは陳謝しよう。だがこのあたり一帯の治安に関わる重大事なのでな。理解してもらえると思う」

 村長は短剣を受け取ってまじまじと見た。

「なるほど。私は専門家ではないが、とても高価なものであることは間違いないな」

 俺は表情を変えないようにがんばった。だが冷や汗までは抑えられない。

 なんと言い訳をしようか考えていると突然、後ろの扉が開いた。

「いやーぁ、お久しぶりですね、村長様!」

 それはピエロだった。現代地球でもめったにお目にかかれないほど完璧なピエロだ。丸々とした体躯、真っ白な顔に道化の模様。着ている服も赤白を基調としたド派手なものだ。どうやっているのか、大きな玉に乗ってさえいる。あれに乗ってこの屋敷のここまでやってきたのだろうか。

「元気そうですね?」

「キーン! どうやってここまで入ってきた!」村長は声を荒らげた。

 ピエロは玉の上で優雅にお辞儀をして見せた。「難ーしいことは一つもありません。ただただー村長にお会いしたい気持ちがぁ、私をここまで導いたのですよぉ」

「ふざけるのものいいかげんにしろ。見ての通り取り込み中だ。出て行ってもらおう」

 村長は兵士たちにうなずいた。

 兵士たちがピエロを取り押さえようと前に出ると、ピエロは器用に動き回った。「さてさてぇ、この若者が容疑者ぁなわけですなぁ」

 兵士たちを避けながら、ピエロは今度は俺の周りを回りはじめた。

「いやはやぁ、魔力のかけらもありませんなぁ。それでそちらが」

 今度は村長がもっていた短剣をひょいと取り上げる。

「マジックアイテムですなぁ。ほうほうぅ、これはすごい」

「そういえばお前は鑑定眼を持っていたな。せめて鑑定してもらおうか」村長はピエロを捕らえさせることを諦めた。兵士にも下がるように言う。

「本当はぁ、鑑定料をいただくんですがねぇ。まぁいいでしょうぉ」

 ピエロは短剣をもって窓際へ行くと、太陽にかざした。

「ふんふん、なるほど。なるほどねぇ」

「どうなんだ?」村長はかなりイライラした様子だった。

「これはなかなか強力な代物ですな」

「やはりそうか。だとすれば」

「ですが」ピエロは続けた。「これの起動にはぁ、魔力がぁ要りますなぁ。この若者は欠片ももってない。起動はできませんなぁ」

「嘘じゃないだろうな」

「もちろん。私の信仰する道化の神...名前は申し上げられませんが...に誓って、このマジックアイテムはぁ、魔力供給なしではぁ、起動しません!」

 ピエロは大げさに腕を広げていった。

「私の鑑定に間違いはごーざいません!」

 村長は渋い顔をした。「それは信じるしかあるまいな」

 ピエロと村長に過去に何があったかわからないが、その誓いは信じられるらしい。

 ピエロは俺に短剣を放ってよこした。

「だとすればこの者の言うことを信じるしかないか。だが、だとすれば誰が? 誰がその怪物を滅ぼしたのだ」村長は思わずいった。

「人間とは限らぬのではありませんかぁ?」ピエロは言った。「他の怪物とかぁ?」

「それだと問題は解決しないで困る。むしろもって凶悪な怪物が予想されるわけだからな」

 村長はうなった。

「しばらく様子を見るしかないだろうな。それで何も見つからず、何も起こらなければ原因はわからないままに大丈夫とするしかあるまい。バーソン、疑ったことは謝罪する。いや、疑ったのはお前が倒したことだから、容疑と言えるかわからぬが。だが本心でヒーローになるつもりでないなら問題はあるまい」

 俺はうなずいた。「もちろんです、村長。俺はたまたま見つけただけのことで」

「それがわからんところだ」村長にもジャーナリストという感覚がないので、俺の狙いは理解されないようだった。俺は俺の立てた筋書で逃げ切れそうだ。だが、それは一方で俺がジャーナリストとして失敗していることも意味する。

「帰っていいぞ」


 村長の屋敷を出るとピエロもついてきた。

 俺はいった。「キーンさんと言ったか。助かりました。ありがとうございます」

 ピエロはまだ玉の上に載っていた。「いやぁいやぁ、誉められるのはたまりませんなぁ。どーいたしまして。私はーね、この国でーも有数ーの吟遊ー詩人なのですよぉ。あなたのー、振る舞いもー、なんとかわかりますぅ。ですが幸運で、したなぁ」

「はい。一つタイミングが違えば俺は死んでいたでしょう」

「よいことですぅ。運がよいというのぉ。ではさよーならー」

 ピエロは玉を器用に転がしてあっという間に姿を消した。

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