第14話 失意のままに朗報をもたらす者

 俺は命からがらに逃げた後、極度の疲労で意識を失った。気づいたのは明朝だった。

「よく無事だったな。うわっ」

 俺は起き上がろうとして、まだ短剣を手にしていたことに気づいた。

 慌てて放り出そうとして、衝撃を与えたら危険かも知れないとつかみ直した。

「どうすりゃいいんだ、これ」

 あのときこの短剣はものすごい威力を放った。あんなものがもしも暴発したら手元で手榴弾を爆発させるのと相違ないどころかもっと強力だろう。かばう部下もいないのにそれで死んでしまっては死にきれない。

「まぁ、それもあの悪神の企みだったわけだが」

 俺は恐る恐る短剣を鞘に収めた。

「さて、どうしたものか。このまま捨てても誰かが拾ったら危険だ。それこそオーク鬼がこんな武器を手にしたら災害になってしまうに違いない」

 俺はためらいつつも持ち帰ることにした。

「オリビエに返す。それしかない」


 来た村へ戻った俺は街道が安全になったことをどうやって伝えるか悩んでいた。

 自分で倒したなんて言えない。まったく実力じゃないし、あんな怪物を倒せると思われたらたまったものではない。そもそもそんな介入のようなことをするジャーナリストがいてはいけないはずだ。それでは英雄に祭り上げられてしまう。

 

 実はこの点は俺はここに至って気づいた。ジャーナリストたらんとする俺の意志はほぼそのまま民主主義を唱えることにつながるのだと。人々が適切な情報を得て、適切に判断する。それはもはや現状の貴族政治体制とは相容れない。

 俺は単に公正な情報をもたらせばよいと考えてきたが、その行き着く先は貴族制から民主制への体制転換につながる可能性がある。これ自身は現代日本で生まれ育ったのでそこに違和感はないが、そもそもこの世界で民主制が成り立つかどうかわからない。貴族制ならではのトップダウンの意志決定体制がなければ、人類が生き残れない厳しい環境にある可能性も高いからだ。

 まだよくわかっていないが、この国は周囲に強力な怪物が出没するエリアがあったり、人間以外の種族の国もあるという。明らかに近代地球とは異なる社会環境にあるのだ。

 だから俺はジャーナリストとして公正な情報を伝える、その相手は必ずしも民衆でなくてもよいと考えるようにせざるを得なかった。そうなるとそれはジャーナリストなのか、偵察兵なのかその境界は曖昧だ。

 その点で俺の気持ちはそもそも落ち込んでいた。しかもそもそも情報をえるどころか、相手を俺の意志で滅ぼしてしまった。もしかしたら共存する道もあったのかも知れないし、もっと何か別の使い道が合ったかもしれないのに。


 ジャーナリストとしては失意にさいなまれつつも、俺は考えをまとめる必要があった。

 倒されたのは知らぬ振りをして偵察をしてきた風を装う。だがそれで兵力が投入されるまでは村は隔絶されたままになるし、いざ派兵されたらオーク鬼は全滅している。形跡がそれまで残っていれば俺に嫌疑がかかるし、残っていなければ狂言を疑われる。いずれにしても俺の生命の危機だ。

 どうしたものかと悩んだ結果、何者かによって怪物が倒されているのを見つけたというストーリーでいくことにした。

 俺は酒場に入るとちょっとやけ酒風に酒をあおり、ついという感じでいった。

「実はよ、怪物の正体を見てやろうと森へいったんだ」

「馬鹿かお前は」名前も知らぬのみ仲間がつっこんでくれた。

「ちょっと酔ってたんだろうな。ふらふらと行ってしまってな」

「だが無事に帰ってきた」

 俺は大げさにうなずいた。「そうなんだよ。それだ」

「手遅れになる前に正気に戻ったわけだな?」

「それがさ、手遅れといえば手遅れだったんだ。オーク鬼がいたんだ」

 周囲にいた酒飲みたちが一斉に目を見ひらいた。「オーク鬼だぁ!」

「間違いない」俺はうなずいた。

「よほど逃げ足が速いのか。いや、それじゃこの村も危ないじゃないか!」一人はすぐに逃げ出すそぶりを見せた。

 俺は手を挙げた。「まぁまぁ。それがだ、死んでたんだ」

「死んでた?」一斉にいぶかしむような視線が向けられる。

「そうさ、オーク鬼が4匹ぐらい死んでた」

 名前を知らぬのみ仲間が言う。「それはついてたな。さぞかしお宝を拾ってきたんだろう?」

「いやぁ」俺は頭をかいた。「あんまり怖かったもんで、逃げてきたんだ」

「なんてこった! おい、今からでも間に合うだろ。一緒に行くぜ」のみ仲間は剣呑な目つきでいう。

「それがな。あまりよく覚えていないんだよ。酔ってたし、帰りはまぁな」

 一斉に皆が嘆き声を上げた。「儲け話が...」

 最大の関心事だった宝話に終止符が打たれ、話は徐々に逸れていった。


 これで噂になる。いずれ村長のような上層部に届く。村長がか領主が偵察に兵力を出し、俺の話が裏付けられる。今ここでできるジャーナリスト的な手段はこれだ、という思いが俺にはあった。

 だがその頃の俺が知らないようにペナルティスキルはそんな俺のジャーナリスト魂を裏切るように機能していた。


 翌朝。俺の泊まっている宿の扉が乱暴にノックされた。

「バーソン。いるなっ」

「おいおい、こんなに早朝から何だよ」

 俺は扉を開けた。

 扉の向こうには数名の兵士が立っていた。

「村長がお呼びだ」

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