第10話 酒場での男同士の語らい
村へ戻った俺は船着き場での仕事に戻った。なににしろ生活費を稼がないと生きていけない。
荷物の積み下ろしをしながら、俺は何度も何度もどうすればよいのかを考えていた。あの村の状態は俺の考えていたような窮状ではなかった。そもそも見方によっては窮状ですらないのかも知れない。この世界ではああやって徐々に滅びていくことも決して驚くべきことでもないのだろう。その証拠というのではないが、この村にもあちらの出身者が移り住んでいる。だが彼らがことさらそのことを騒ぎ立てているという話も聞かない。
「おい、ぼさっとしとると怪我するぞ」
不意に声がかけられた。
「その箱はあっちだ」
「すまない」俺は謝った。「ありがとう」
「いいってことよ」
その声の主は身の丈は160cmぐらい、だがものすごくしっかりとした体格をした人物だった。ドワーフだ。
「後で飲みに行こうぜ」
「おう」俺もうなずいた。
仕事上がりにそのドワーフ、ゴージュと酒場へ繰り出した。俺もあの村のことでストレスがたまっていたので、ゴージュの誘いは渡りに船だった。
「よし! それじゃ乾杯!」
ゴージュはドワーフらしく豪快に酒をあおった。
ゴージュの年齢はよくわからない。ドワーフは人間よりも長生きだと聞く。ゴージュは長いこと荷運びの仕事をしていて真っ黒に日焼けしている。その肌はばさばさで皺なんだか荒れているんだかよくわからない。
「それでおぬしは何を悩んでおったのだ」
「なんて言いますか」
俺は少しぼやかして言うことにした。
「ある人が困った状態にあるんですが、当人はそれを困ったとは思っていないんです。すぐにどうこうなると言うことはないと思うんですが、放っておいたらよくないと俺は思うんです。でもお節介ですよね」
ゴージュは深々とうなずいた。「なるほど」
「放っておけばずっと長いこと、よくはならなくても劇的に悪化することもない。手を出せばよくなるかもしれないが、ずっと悪くなるかも知れません」
「ふむふむ」
「そもそも俺も世の中を大して知りませんしね。正直なところ俺の判断が間違っていることもあるでしょう」
ゴーシュは手を挙げた。「それは違うぞ、若者。世の中を大して知っているやつなんておらんのだ」
「でも、例えば領主だったら王都でも過ごしているでしょうし、王宮からこの地域のことまでずいぶんといろいろと見知っているでしょう?」
「それは年齢相応にはな。だがそれだけじゃ。起きている間に目にできるものはその前の前にある光景だけ。年齢分の違いはあるじゃろう。1歳の赤子と20歳ぐらいのお前さんじゃ10倍以上に違う。だがそれだけじゃよ」
「見るものの違いはあるじゃないですか」
「所詮はその者の前に見えるものだけじゃとも」
「あなたも?」
「わしなんかはずっと酷いものじゃよ」
ゴージュは豪快に笑った。
「わしは若いうちに故郷を飛び出してな。大した仕事にも就くことなくぶらぶらとしておった。そうしているうちにここへ流れ着いてな。それからはずっとこの仕事をして暮らしてておる。もうかれこれ80年にはなるじゃろうかな」
「そんなに?」俺は驚いた。「ドワーフは長生きだと聞きましたが」
「長く生きていたってな。よいことばかりでもないぞ?」
ゴージュは俺の前にジョッキを突き出した。
「お前さんのように知り合いになっても、いずれわしよりも先に死んでしまうかもしれん。まぁ、その前にこんな仕事は辞めてどっかへいってしまうのが先じゃがな」
「悪いことを聞いてしまいましたか? すみません」
「気にするな、若いの。しようのないことじゃて。わしだっていずれは死ぬ。まぁ、こうして飲んで過ごせればまずまず幸せな人生よ。
「わしに言わせれば、その知り合いか、放っておいてもよし、手を差し出すもよし。どちらも人生。どちらにしたって後悔もするじゃろうて」
ゴーシュの言うことは単純だがその人生の思いだろうか、ぐっとくるものがあった。
俺はその夜一晩どうあるべきか考えた。そして次の日。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます