第9話 オリビエの報告(1)

 バーソンに短剣を強引に押しつけたオリビエは森へ入るとすぐに転移のマジックアイテムを使った。転移先は彼女の「マスター」と官女の住む隠れ家だ。

 そこはどことも知れぬ深い森の奥。きりたった崖にぽっかりとあいた洞穴の深い奥だった。そこは魔法の明かりで照らされていて、幾つか部屋のように区切られている。井戸まであった。ここで生活が完結するような作りになっているようだ。

 オリビエは一つの部屋の扉をノックした。

「お帰りなさい、オリビエ」中から彼女を迎える声がした。

「ただいま帰りました」

 オリビエが中に入ると、ソファに座って本を読んでいる女性がいた。

 その女性はオリビエによく似ていた。非常に言葉を端折るとその女性を元に完璧なる美を実現したのがオリビエで、その女性はオリビエほどの美女と言うことではなかった。年齢は同じぐらい。体格も同じぐらいだ。

 だがその目は、この世界ではエルフやドワーフなどの長命種族でずっと長い時を見てきた者にみられる、少しうつろな眼差しだった。

「マスター、確かにバーソンに短剣を渡しました」

「バーソン? パルではなく?」

「それは偽名でした。本名はバーソン」

 マスターと呼ばれた情勢は肩をすくめた。「そうでしたか。お疲れ様でした、オリビエ。バーソンの様子はどうでしたか?」

「マスターが予言したように、街道を村へ向かって歩いていました。短剣には2週間効果の続く魔物の注意を寄せ付けないための魔法をかけておきました。村への行き来は安全です」

「ありがとう。それで?」

「バーソンは怪物を退治に行くのではないといっていました。村へ物資を届けるという様子でもありませんでした」

「そこはよくわからないところね。確かにバーソンは私の占い通りに村へ向かったわ。でもその目的まではわからない。占いはその光景を見せてくれるだけだから。まさか野次馬根性で命がけで村を見に行くと言うことはないと思うけど」


 この世界にはジャーナリズムは浸透していない。そもそも情報を広く伝達する手段がほとんどないのだ。もっともジャーナリズムに近いのは吟遊詩人だろう。吟遊詩人はあちこちで歌で日銭を稼ぎながら旅をしている者だ。だが彼らは人々の関心を惹く事柄を面白おかしく強調して歌う。とてもジャーナリズムとは...。

 何にしろ、ジャーナリズムという概念がほとんどないので、バーソンが何をしているのかをこの世界の住人が推察することは困難であった。


「それで彼に与えられたスキルはわかりそう?」

「いいえ、マスター。彼は巧みにこの土地の言葉で話すことができます。これまでの転移者から考えて言語は本来異なるはずです。ですからバーソンも転移時に神々から言語理解のスキルを受け取っているはずです。

「ですがそれ以外に特異なスキルをみせてはいませんでした」

「これまでにも何人もの転移者を見てきたわね。最初はとても効果のあるスキルをもってきた。世界を救うまではいかないにしても、スキルを活かして活躍した英雄が出た。その後はそれが徐々にペナルティスキルに変わった。

「神々は人間をもてあそんでいるのよ。これは絶対に許せない」

 マスターと呼ばれる女性は拳を握りしめた。

「転移者が失敗するのを楽しんでいるのよ。転移者自身にとっても迷惑なことだけれども、それだけでなくその干渉でこの世界は酷い目に遭っている。いつ神々の気まぐれで、子どもの作った砂の城のように壊されてしまうかもわからない。

「転移者をうまく誘導して世界への干渉を抑える。それに神々への反撃の端緒をつかむ。それしかないのよ。この地上に元からある力だけでは足らないの」

「わかっています。今後もバーソンの監視を続けます。今のところは小さな村の困窮を少し救っただけです。このままだと生存も危ぶまれます」

「今は死なせるのは適切ではないわ。何かの役に立つ可能性も高いもの」

 マスターと呼ばれる女性の表情は冷酷でもあり、同情もあり、複雑なものだった。

「バーソンの人生が辛いものにならないことを祈るわ」

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