第8話 その村の窮状は...
俺は村を目指して街道を進んだ。オリビエから受け取った短剣はベルトに下げた。予想以上に軽く、これも魔法の効果なのだろうか。少なくとも邪魔になることはなかった。
夜は街道から少し離れたところで木の上で休むことにした。木の上がどれぐらい安全か、まったく根拠はないが地上よりは少しは安全だろうと思ったのだ。携帯食料をぼそぼそと噛み、買ってきた酒を少し飲んで暖をとった。
だが休息としてはお粗末なものだったので、体力はあまり回復しない。次の日からは歩く時間を短縮し、中休みもとることにした。途中途中で水源を探して水を補給する必要もあった。
途中で苺に似た果物を見つけることができた。食べるのは危険だったが、たまたま鹿に似た生き物がそれを食べているところを見かけたので、大丈夫だろうと考えた。思っていたよりも時間がかかりそうなので、少しでも食料の調達が必要になっていたのだ。
「酸っぱいな。だがうまい、疲れがとれる」
そんなこんなでやっと村が見えてきた。
「ひどく...ない?」
木々に隠れたまま村を遠目に観察した俺はつぶやいた。
確かに行き交う人の数は多くはあまりない。だが小さな山村だ。そもそもそんなに人がいるわけもない。だが特別に警戒をしているとかいった様子もなく、村人たちは平凡な生活を送っているように見えた。
畑へ行って耕す、井戸で水をくむ、川で洗濯をする、魚を釣る...。まったく平凡な暮らしだ。豊かと言うことではないが、とても困窮しているとは言えない。
俺は更に時間をかけて村を観察した。村人に見つかれば、街道を通れると誤解を招く恐れもある。たまたま俺は無事にたどり着いたが、一人で静かな徒歩であったからの可能性が高いと思う。自衛隊で訓練されているので、さほどうるさくないように歩けていたと思う。多人数・馬車で通ればまた話は違うだろう。
「わからない。どうなっているんだ?」
俺は一晩、木の上からも村を観察した。
翌朝、俺はふと村人の人口構成に偏りがあることに気づいた。若い元気な男衆がほとんどいないのだ。老人の男女比は同じぐらいだ。こどもも少ないがいる。それなのにだ。
俺が何を意味するのか、すぐにはわからなかった。だが更に1日観察をしているうちに、現代地球で学んだことを思い出した。そう、ここは田舎の小さな村のような過疎地に似ているのだ。
人口の多い土地から離れていて、人口が少なくなった地域。人口が少ないので仕事も少ないから働き手が外に出て行ってしまう。それで更に過疎が進行する。過疎が進行するからその地域は貧しくなり、更に働き口も減る。悪循環が進んで、最後には住人が数えるほどになってしまう。それでも自給自足が基本の生活は維持できるので、どんどん人口が減るがまま維持され続ける。それは必ずしも不幸なことではないかも知れない。
この村は怪物の出現で働き手世代をこの村にとっては多くを失ってしまったのだ。おそらくもともと村の間を行き来するのは危険性があるので、村の若者の仕事だっただろう。とはいえそれまでは大した危険ではなかった。だが、怪物の出現で馬車ごと失われた。さらに確認しようとして二次被害も出ただろう。そうしてあまり多くない村人の中で、働き手世代の男性が減ってしまったのだ。
原因は違うがここは過疎地域そのものだ。そして村との交易は途絶えている。新しく他から人が入ってくることもない。一度崩れた人口分布は容易には回復しないだろう。むしろ悪化する可能性の方が高いのではないか。
これは緩やかな滅びだった。俺の考えていたような窮状とは違っていた。
俺は来た道を戻った。だが心の中は冷えていた。
緩やかな滅びなど、どうやって高等教育を受けていない村人たちに理解してもらえるだろうか。いや教育を受けていたとしても緊急の問題として対処してもらえるとは限らない。実際に現代地球の日本にも幾つも過疎で消滅間近の村は多数あっただろうが、特段の対策がとられているという話は聞いたことがない。
あの村には直接の危険はないのだ。村を出ようとさえしなければ。その意味では村を閉じ座して外へ出ようとしなければ、他からの文化的な危険にさらされることもなく、しばらくは生きながらえることができるだろう。そもそもそれがこの世界において危険を冒してまで改革すべき悪い状態なのかどうか、俺には判断できない。
俺にはこの問題を解決する展望が見えなかった。そもそも解決すべきなのかもわからない...。
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