第7話 ジャーナリストを目指して再スタート!

 失意のまま隣村で過ごしていた俺は、最初の村とは反対側、森の向こうにも寂れた村があることを知った。その村も高い税に村人は苦しんでいるのだという。

 ただその事情は少し違うようだ。

 その村とこの村の間の森を通る街道があるのだが、これはその村にとっては唯一の交易ルートだ。その森に最近なんらかの強い怪物が出現し、交易が難しくなっているのだという。隊商が帰ってこず当初は事故と思われていたが、その後も馬車が何度も失われていた。たまたま生き延びた護衛が村まで情報をもたらして事情がわかったのだ。だが襲ってきた怪物がどんな怪物であったかその詳細はわからなかった。命の危険にさらされてパニックになっていたのだろう。

 こんな田舎の村のことである。傭兵や冒険者もせいぜいがDランク(なりたてがEランク)しかおらず、正体不明の強敵を相手にしようと思う酔狂な者はいない。

 そのためそのまま交易がほとんど途絶え、早馬で強行突破した者が数名いるだけだった。それも最近では誰も挑戦しない。というか馬を失うことはたいへんな損害なのだ。

 そして最も恐ろしいことに、誰もその村へ向かわなくなってしまった。そのため誰かが死んだり怪我をしたりといった事件すらも起こらなくなった。その村に特産品があったわけでもなく、この村の人たちはそもそもその村のことを忘れていった。

 いや、本当の意味で忘れたのではない。だが日々の生活の中で後回しになり、徐々に気にかけることをしなくなってしまったのだ。


 それは恐ろしいことだ、これはそう思った。危険が差し迫っていないことが、帰って危険を増強してしまっている。その村の出身者あたりは気にはかけているのだろうが、日々の生活にそれほどのゆとりがあるわけもないのだ。

 俺はその村の窮状をこちらへ伝えることこそがジャーナリストの使命だと考えた。そのあまりに悲惨な窮状を知ることとなれば、こちらの村は少しはゆとりもある暮らしは実現しているのだから、何らかの救出の気運が高まるはずだと考えた。


 俺は今度こそジャーナリストとして立派に人々の役に立ちたいと思った。その村の人々はこちらの村との交易が途絶えて困窮しているに違いない。それこそ初めの村よりもずっと困った状態になっているはずだ。何しろ、初めの村は村長によって搾取されていたとはいえ、交易は続いていたのだ。


 そこで食料を買い集めて背負い袋に詰め、森へと向かうことにした。何しろ誰も行こうとしないのだ。便乗できる隊商もない。かといって馬を借りたり買ったりできる資金はない。歩いて行くしかないのだ。聞いた話では徒歩なら3日ぐらいだとのことだ。行軍訓練と考えればさして辛いことでもない。

 懸念は怪物の存在だ。いや、その怪物でなくても森には危険な生き物がいくらでもいるだろう。熊どころか猪だって出会えば命の危険がある。蛇のような危険もあるかもしれない。

 いろいろと悩んだが、俺はそのまま出発した。武器を入手することも考えた。だが武器はそれなりの値段がするし、訓練も必要だ。このあたりで入手が最も容易な武器は長剣と弓矢だった。長剣も弓矢もその訓練は自衛隊では受けたことがない。それに単独では弓矢では戦いきれないだろう。

 鍛冶屋で長剣を見せてもらったがとても重かった。長剣で武装するなら盾を持つか、鎧も着ないと接近戦に耐えられそうにない。更に重量が増える計算だ。それなら軽装備で逃げ足に賭けた方がましだと考えるに至った。

 訓練をしていればそれだけ村の困窮は進むわけだし、そもそもジャーナリストが武装していたのでは説得力がないと俺は思った。


 街道を進んでいくとオリビエ―酒場に現れたあの謎の美女―が現れた。木々の間からすっと出てきた。俺を待ち構えていたようだった。相変わらずモデルのような優雅な歩き方をしている。だが、街道はそんなに平らではないので、ときどき少しつまづいている。だが、歩き方を変えるそぶりはない。

「パル、森へ行くの?」

「そうだ。それから俺の名前はバーソンだ。パルは偽名だ」

「……」

 オリビエは一瞬混乱したように静止してから話を続けた。

「行くことを止めはしない。森には強力な怪物がいる。武器は用意したの?」相変わらずちょっと違和感のある話し方だ。

「怪物の正体を知っているのか? それなら教えて欲しい」

「それは知らない。ただ危険な怪物がいることは明らか」

「俺はジャー……ちょっと村を見に行くだけだ。怪物を倒しに行くわけじゃない」

「そうだだとしても街道を進むのは今はとても危険性が高い。これを」

 オリビエは一振りの短剣を差し出した。

 受け取るとそれはものすごく高価そうな短剣だった。幾つもの宝石が埋め込まれていて、どうやら魔法が込められているらしい。短剣と言うよりもマジックアイテムの類いだろう。このあたりで見かけるような品ではない。俺も村での暮らしで噂で聞いたことがあるぐらいだ。

「まさか押し売りか? こんなもの俺には買えないぞ。とてもじゃないが持ち合わせが足りない」

 それこそ現代地球でのスーパーカーレベルの金額がするだろう。地球での貯金が使えたとして、それをすべてつぎ込んでも買えそうにない。自衛官としては仕事人間だったので貯金は貯まる一方だったのだが。

 これは武器と言うよりも宝飾品だ。あるいは地上部隊における戦闘ヘリのようなものだ。後者の例えが正しいかよくわからないが。

「あなたはきっと危険にさらされる」

 オリビエは表情を変えないまま断言した。

「そして、それが必要になる。それは宝石を押し込むと攻撃魔法が発動する。使い方は簡単でしょう。ただの短剣としても魔力で強化されていて頑丈かつ切れ味がよい」

「そうはいっても、ない袖は振れない。買えないんだ」俺は首を振る。

「……貸し出しましょう」オリビエは拒否を求めるつもりはないようだ。

「そこまで言うなら借りておこうか」俺は言う。「なぜだ? それとどうやって返せばいい?」

「私はマスターの願いを叶えるだけ。この短剣がお前を導き、その結果は師の願いに近づくと考えた。ただそれだけ。返却は不要。売り払っても捨ててもよい」

「お前のマスターというのは?」

「その説明をすることは認められていない」オリビエは眉一つ動かさずに拒否した。

「それではわけがわからんな。まぁ、いただけるものを拒めるほどの余裕があるわけじゃないんだ。助かるよ。誰だかわからないが、そんなにご大層な目的に使うことはないと思うがね」

「どうとでも」

 オリビエはうなずくときびすを返した。そして木々の合間に埋もれたと思ったら消え去った。決して木々でまったく見えなくなるような距離ではない。

「おいおい。本気で何者なんだ?」


 俺はしばらく立ち尽くしていた。オリビエの正体に思いをはせたが何かを思いつくわけでもない。そもそもこの世界に転移してから大して期間も経っていないのだ。

 オリビエの正体は諦めてしばらく森の奥へとまっすぐ進んだ。自衛隊の訓練が活きているから、歩いて進むことには問題はなかった。自衛隊の訓練ならば様々な武器・弾薬などを背負わなければならない。ここではろくな武装もないので、身軽で楽なぐらいだった。

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