第3話 村長の屋敷を偵察した
屋敷の近くへ行ってみた。村の中では他の村人と同じようにうつむいて用事があるように歩き、森に入ってからは体をほぐすようにしながら少し走ったりもした。目立たないことはジャーナリストには不可欠だと思う。
屋敷の周囲には村の規模から考えると過剰な数の兵士が巡回していた。しかもこの兵士たちは村人たちよりは栄養が足りていそうだ。
俺は自衛隊仕込みの匍匐前進で静かに近づき、しばらく茂みに隠れて聞き耳を立てた。兵士たちの雑談からすると、どうやらこれはこの村の領主の屋敷らしい。
領主の税金の取り立ては厳しく、兵士たちはそのおこぼれを得ているらしい。領主を守ること=兵士の生活を守ることになっていて、村人の暮らしぶりをどうこう考えることもないようだ。
「最悪だな。だが、村の人口を支えるのにはこれが限界なのかもしれない」
俺はつぶやいた。ジャーナリストを目指している中で貧困の問題も少しは学んだ。正義や理屈はともかく、生きていくためにはやむを得ないこともあるのだ。もしかしたら外敵が強くて、これだけの兵力の維持は村人のためにも不可欠なのかもしれない。それでどんなに村人が貧しくなっても、生き延びることが重要だから。
兵士たちの栄養がよさそうなのも戦力維持と考えればやむをえないかもしれない。
ここだけを見て安易に判断するのはジャーナリスト失格だ。そうつぶやいてから苦笑する。
「俺はジャーナリストになれなかったし自衛官だ。どっちかといえばここにいる兵士の立場のほうが近い。兵士たちに何か言えるもんかね?」
部下をかばって死んでしまったが。しかもその部下はあのふざけた神?の手下だという。正直に言えば腸が煮えくりかえるところだが、今はこの世界でやるべきと俺が勝手に考えていることがある。
ここを立ち去ろうとしたとき、道の反対側から馬車がやってきた。油断していたので隠れる余裕もない。
「おい!」
馬車を護衛していた兵士が荒々しく言う。
「お前、何をしている!」
あっという間に数名の剣を構えた兵士に囲まれてしまった。それなりの練度にあるようだ。格闘戦で1対多数でまったく勝ち目がない。ましてこちらは武器なしで、相手は剣を装備している。この世界の兵士の実力もわからない。いうまでもなく俺は接近戦をメインに学んだわけではない。この世界の兵士は接近戦が大前提だろう。
俺は正直に答えることにした。両手が空であることを見せながら言う。
「宿から外を見たら立派な屋敷があったんで見に来たんだ。ここは?」
「ここは...」
兵士が答えようとすると、馬車からはげ頭の中年の男が降りてきた。
「ここは村長であるわしの家じゃ」
村長はそう言った。
「そうだ。ソーンオサ様の屋敷だぞ。怪しい奴め」兵士がこびへつらうようにいう。「村で見ない顔だな?」村長は横柄に言う。
「今日、村へ流れ着いたところでね。宿をとったばかりなんだ」
俺は肩をすくめた。
「いろいろとあって遠くから来た。だがこれぐらいの村でこんな立派な屋敷はなかなか見ない。それで見学に来てみたんだ」
「ふん」
村長はまんざらでもない様子だった。
「まぁよいだろう。そもそもこの地域はリョーメイン伯爵様の領地。その栄えある政策で村も一昔前よりもずいぶんと暮らし向きがよくなっておるのだ。むろんわしもささやかながらそれに貢献しておる」
「そうでしたか。当然、村長様の腕前が大きいんでしょうね」
「それほどでもない、それほどでも」村長はあからさまに喜んだ。「旅をしているうちになかなかの見識を身につけたと見える。この村は助けを求める者に寛容だ。しっかりと働けば住めば都ぞ。がんばるがよい」
「ありがとうございます。色々試してみます」
俺はそういって退去した。いやはや、なんとか乗り切れたらしい。自衛隊にも虚栄心の強い上司はいたが、さすがにここまで単純じゃなかった。あまりよい思い出でもないが...。
そういえば俺だって最初から自衛官を目指していたわけじゃない。
「せっかく異世界へきたんだ。色々試すなら、今度こそここで本格的にジャーナリストを目指してもいいわけだよな? 異世界にジャーナリストがいるっていうのはあまり聞いたことがない。チャンスかもね」
「公正な情報」が必要だと考えた俺は近隣の村の様子を知りたかった。すぐにでも移動したいところだったがいかんせん元手がない。自衛隊で訓練を受けていると言っても、補給もないわけだし、一人で森や原野で徒手空拳で容易に生き延びられるわけもない。
異世界にジャーナリストが少ない理由を後から気づいた。ジャーナリストと言っても霞を食っていきられるわけではないし、移動や情報料(賄賂と言うことも多い)に更に資金が必要だ。現代地球では報道機関がTVや新聞、雑誌と言った商業ベースになっていて、その売り上げで資金を獲得している。その支えがあるからジャーナリストが成立している側面がある。
フリーランスのジャーナリストでもその得た情報を売り買いできる相手がいるから成り立つわけだ。
ここで俺が一人ジャーナリストをきどってもそういった資金調達の仕組みがない。いずれはそれもなんとかしないといけないのだろうが、今はそれどころではない。
村で臨時の雇われ仕事をしながら小銭を稼ぎ、日々の糧を慎ましく。それでなんとか隣村まで行けるだろう資金が貯まるまでに半年がかかった。帰りの資金はまた現地で働くしかない。この調子では1箇所確認するだけで1年がかりだ。
そうやって過ごす間に知り合いもできた。
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