第4話 優しい演奏家と謎の美女

 村で日銭を稼ぎながら暮らしている間にできた知り合いのうち一人に、痩せぎすで天然パーマの演奏家がいた。彼は当人曰く有名な演奏家だということだが、なぜかこの村に居着いていた。彼は気の向くままに公園や酒場でリュートを演奏をして小銭を稼いで暮らしている。リュート以外の楽器も得意と言うことだがそれ以外の楽器を持っている様子はない。

 一方で彼は村のことにはまったく関わらない。そしてこの村では珍しく生気を失っていない人物だ。

「バーソンよぉ。お前、何か企んでいるだろ?」

 酒場で一杯飲みながらその演奏家プレヤがいう。

「ここへ来て半年か? 定職に就かないが就けないわけじゃない。体格もいいし愛想もいい。今日だってダイショーンさんに声をかけられていただろう?」

 ダイショーンは俺が時々荷運びなどの仕事を請け負っている商人の名前だ。彼の商店の店員にならないかと声をかけてくれたのだ。俺には隣村を見に行くという使命?があるので丁寧にお断りをしたが、普段の働きぶりを評価してくれてのことでたいへん嬉しかった。

「真面目に働いてないということでお前に何か言われるとはね」

 俺は天井を仰ぎ見た。

「明日は嵐だな? まさか雪か?」

「俺はいいんだよ、俺は。これでも俺は世界的な演奏家として王都でもよく知られてるんだぞ。あくせく働くのはとっくに済んだんだ。今は余生だよ」

「そうはいうが本当かね?」

 俺は大げさに怪しむような目を向けた。

「これが? 小銭を稼ぎ村の酒場で酔っ払っているのが?」

 とはいえ俺も本気でそれほど疑っているのでもない。プレヤの演奏は確かに凄い。地球にいたときも音楽に詳しいわけではなかったが、当時ネットやテレビで見聞きしたどんな歌手や演奏家よりも心にぐっと訴えかけてくる。とはいえ大げさに言っているのだろう。

 プレヤは大げさに胸を張った。「お前も王都に行ったらどこでもいい。プレヤの知り合いだと言ってみろよ。絶対に俺の居場所を聞いてくるからな。だが絶対に言うなよ?」

「借金でもあるのか?」俺は混ぜ返した。

 くだらない与太話をしていると、酒場の扉が開いて一人のマント、フード姿の背の高い人物が入ってきた。こんな小さな村にある酒場だ。来客のほとんどは顔なじみだがその人物の背格好に見覚えはない。店内にいた客はこぞって不審あるいは興味ありげな表情を浮かべている。

 その人物は周囲を見回すとこちらに目をやり、フードを取りながら近づいてきた。

 その人物は多くの男女が完璧な美しさと評するだろう女性だった。旅装束の上からわかる限りでは体つきはいわゆるグラマラスという感じだ。表情は平板で凍り付いたように動かない。そこは魅力を失っているとみるか、不思議な魅力とみるかは個人差があるだろうか。

 この酒場の客は男女入り交じっているがいずれもどちらかというと粗雑な人物、力自慢の仕事に就いている者が多い。その女性のようにすらっとして(背の高さは高い方で俺と同じぐらいだ)、歩く様も元の世界で言えばファッションモデルのようだが、そんな歩き方をする人物はこの村にはいないだろう。

「あぁ、ついに王都の奴らに見つかっちまったようだな」プレヤが大げさに言う。「お前は帰っていいぞ? この美人さんは俺に話があるようだ」

「言うねぇ」

 俺はふざけながらちらっとプレヤに目をやった。プレヤは視線で出口を指し示した。俺に出て行けと言うことらしい。おそらくプレヤには思い当たる節がないのだ。だとしたら俺だが、俺に知らないまっとうな来客がくるはずはない。プレヤにも話していないが、異世界転移していることを考えればよくない可能性しか思いつかない。

 プレヤはこれで友人思いの人間だ。自分にしろ俺にしろ、よい相手ではないと思ったのだろう。それで俺を逃がしてくれようというのだ。

 だがその女性は何気なく歩いているようで、さりげなく出口と俺の間を塞いでいた。裏口へ向かうにしても他の客の間をすり抜けていかなくてはならない。もしもの場合には大勢を巻き込むことになってしまうだろう。

 そういったことも偶然じゃなさそうだ。自衛隊の訓練で最初のころにあった上官にこういうのがいた。普段からニコニコしていてまったく無害に見えるんだが、実はまったく隙がないんだ。ちなみに訓練では手も足も出なかった。

 この相手もただの美女と言うことではないらしい。

「こんばんわ」

 その異常なぐらいに整った顔をにこりともさせないで言った。

「相席させていただきます」

 その声は温かいようでどこかに違和感がある。

「どうぞどうぞ、どなたか知りませんが美人さんは大歓迎だ」プレヤが言う。

「ありがとう。私はオリビエ」

「俺はプレヤ。こっちはパルだ」プレヤは俺の名前を変えていった。

 プレヤは普段はあれだが、友情に厚い。どこまでも俺をかばっていくつもりらしい。

「よろしく」俺はいざとなったらすぐに動けるように、さりげなく椅子を少し下げて言う。

「席料に一杯驕るわ。同じもので? 私には赤ワインをくださいな」

 オリビエと名乗ったその女性はカウンターの方へ言う。

「グラスでお願いします」

「はいよ」店主は不穏な空気に眉をひそめていたが注文を受けた。

 すぐに飲み物が用意された。女性は口を開く様子はない。

「今日は男でも引っかけに来たのかい?」耐えきれなくなったのかプレヤがおどけたように言う。「ここにはいろいろなタイプの色男が揃ってるぞ。むろん筆頭は私だがね」

「男? ひっかける?」

 オリビエは単調に繰り返した。まったく感情を感じさせない声と表情だ。

「そう、男? たぶん。ひっかける、似たようなものかしら?」

「おやおや」プレヤは肩をすくめた。

 もしここが地球なら、俺はオリビエが最新鋭のロボットじゃないかと思ったかもしれない。そんなロボットはまだ実用化されていなかったが、部分的なデモンストレーション(顔だけ、動きだけ、会話だけなど)は存在していた。それぐらい感情の動きの見えない声色、表情だった。

 仕草もものすごく洗練されている。人間離れているほどに。あまりに整いすぎているのだ。「不気味の谷」じゃないか、それほどに違和感があった。「不気味の谷」というのは人間によく似たロボットがかえって気持ち悪く感じられる、確かそんな事象を示す理論だったはずだ。

 会話については凄く自然な部分と違和感のある部分が混在していた。

 だがこの世界にはロボットはないはずだ。技術基盤が違いすぎる。何しろいわゆる剣と魔法の世界だ。この村では見ないがゴーレムのようなものはあるそうだ。だがいわゆるゲームやアニメに出てくるような岩の塊とか歩く鎧の類いだという。とてもではないが人と区別のつかない外見のゴーレムがいるとは考えられない。

「パルさんは仕事は何を?」

「俺には聞かないのかい?」

 プレヤは意地でも俺をかばうつもりだ。やり過ぎはプレヤが危険だ。

 俺は口を開いた。「何でも屋みたいなことをね。いろいろ頼まれ仕事をしてる。俺はここの生まれじゃないし、たまたま流れ着いたようなものだからね」

「そう。半年ぐらい前ね?」

「なんでそう思う」俺は驚きを隠していった。転移してからの期間をぴたりと言い当てられた。

「説明は困難だけれども、そのように推測する。それを探している」

 なんだか言葉の内容がおかしい。

「今日はその確認のみ実施。完了した」

 オリビエは立ち上がった。

「相席ありがとう」

 オリビエは来たときのようにフードを被ると出て行った。

「ありゃなんだ」オリビエが出て行くと俺はため息をついた。プレヤも怒ったような戸惑ったような顔をしている。

 息を詰めるようにして見守っていた店内の客らもため息をついた。

「わからん」俺は正直に言う。「知り合いじゃない、いうまでもないが」

「わからんって、お前を探していたようだったぞ。そこは間違いないだろう」

 プレヤは眉をしかめた。

「追求するつもりはないが、お前もわからんところがあるからな。なんだか知らんがあまり危ない橋を渡るなよ? 酒のみ仲間をなくすのはかなわん」

「そういうつもりはないんだがな。まぁ、ありがとう」異世界転移のことを言うのは俺は構わないが、プレヤに迷惑のかかる可能性は高い。言わないのが友情だろう。

「飲み直そうぜ」


 このあと俺はなにも調べなかったが、実はオリビエは村の宿に泊まっていなかった。夜に一人で村へ来て出て行くなど、俺のいた時代の日本(世界でも有数の安全な場所とされていた)ですら必ずしも安全とは言えない。ましてやこの世界ではほとんど自殺行為だ。どこからどうやって来たのか...。調べていればまたその後の展開も違ったのだろうか。日本の安全性に慣れきっていてその違和感に気づかなかったんだろう。

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