第5話 隣村は平凡でした。そして急展開

 旅行するだけの金が貯まったので、俺は隣村を目指した。単独での移動は危険なので、金を払って隊商に同行させてもらった。戦闘能力があれば傭兵として雇ってもらうことも可能だが、俺は現時点では傭兵になるつもりはなかった。一度、傭兵になってしまえば戦闘能力を知らしめることになり、ひいては元いた村での生活も同じようにはできなくなってしまうだろう。

 それに武器や防具を買いそろえてそれらを使いこなせるようになるまで考えると、かえって資金がかかってしまいそうだった。それよりも最短で隣村へ行きたいと考えたのだ。


 「なんてひどい暮らしぶりなんだ」

 無事に隣村に到着して、俺は図らずも以前と同じ言葉をつぶやいていた。

 しかしその意味は真逆というか同じというか。ひどいのは目の前の村ではない。あの最初にたどり着いた村だ。

 こちらの村は栄えていた。いやあの村がひどかっただけで、これがこの時代の地方の有様なのだろう。

 こちらの村では人々は特別な感じはしない。店には商品が潤沢とは言わないにしてもきちんと並んでいるし、人々の話声にも活気がある。平凡だ。まったく平凡だ。歴史に詳しいわけではないが、江戸時代やローマ帝国の地方はきっとこんな感じだったんだろうという雰囲気だ。

 現代地球のような技術文明はないが、どこにでも共通の衣食住のまぁまぁ足りた暮らしを皆ができている様子だ。もちろん個人個人に違いはあるが、全体としては貧困で苦しんでいると言ったことはない。

 俺はここで色々と調べてみることにした。ジャーナリストならばだ、違いをしっかりと客観的に知らなければならないと考えていた。


 といっても生活費にも困る。まずは仕事を見つけないといけない。俺は以前にいた村と同じように商店の手伝いなどの仕事を探した。さいわいこの村には川幅も広く水深もある川と面しているので、船での流通が盛んだった。そこで荷物の積み下ろしの仕事はいつでもあるようだった。

 体力さえあればできる仕事だ。さほど賃金が良いわけではないが食べていくことはできる。働き終えるとかなり疲れてしまうので、1ヶ月ほど働いて慣れるまでは調査には着手できなかった。

 だが荷運びをしながらいくつかのことはわかった。

 川を拠点とした流通が可能なこの村は周囲のいくつかの小さな村の間の拠点、ハブとなっていた。俺が来た村もその一つというわけだ。ここから陸路で商品を運んでいる商人が十数人かいる。その中の一人が俺に声をかけてくれたダイショーンさんだ。ダイショーン商会はその中ではかなり規模が大きい方のようだ。

 とはいってもここは田舎領主の領地の中でも辺境でハブと言っても大した規模ではない。

 荷物を運ぶ船にも隊商にいたような傭兵が乗っているが、そちらは弓矢を主たる武器にしていた。仕事の半分は川に潜む怪物退治、残りは山賊(川賊?)退治だという。いずれにしても乗り込まれてはおしまいなので、弓矢で遠距離攻撃をするのが基本らしい。俺が見た範囲ではクロスボウはないようだ。スリングを使っている背の低い種族は見かけた。

 いわゆる人間ではない異種族についていうと、俺の来た村ではまったく見かけなかった。この村ではその背の低い種族以外に、エルフとドワーフを見かけた。いわゆる典型的な外見をしていて、そのままエルフ、ドワーフと呼ぶらしい。というかそのように言語スキルで変換されているのだろう。とはいえ異種族はほとんど住んではいなくて、旅人や傭兵・商人の中に紛れているぐらいだ。


 ここで暮らしながら、元いた村での暮らしと比較を少しずつ書き出して整理してみた。

 どちらの村も同じ領主の領土の中にある村で、村長は村人たちが選んでいる形だが、実際にはずっと世襲で領主も特に精査をしていると言うことではないようだ。

 村長は村人たちから税を徴収して領主に納める。領主からは村の運営資金が村長に下される。その運営資金で村長は村の警護や街道整備、公共施設の維持管理などを行う。これも同じだ。

 こちらの村では川沿いにあってハブとなっていることもあり、流通が盛んである。流通に税金がかかっているので、ある意味では何もしないでも一定の税収がある。せいぜいが船着き場の整備だがそれには大して手間をかけているようではない。むしろ商人たちが自主的に(その代わりに紹介専用の船着き場として半ば占有している)維持しているようだ。

 元いた村では目立った農業生産がないため、麦やジャガイモといった競争力のない平凡な作物を作っている。結果、購買力は小さく、労働の割に外部から購入するものは割高になってしまう。だがそれだけではあの村の窮状には至らない。

 あちらの村ではどうやら村長が二重課税しているのだ。普通に税金を割高にすればすぐにばれてしまう。ではどうやって税収をごまかしているのか。実はなかなかわからなかったのだが、運営資金で行うべき村の整備が違った。

 あちらの村では強制徴募のような形で冬に街道整備や公共施設(といっても大したものもないのだが)の補修をさせていた。だがこれは本来、運営資金で賄うべきものなのでその差額が丸々村長の懐に入るわけだ。

 本来は村人は農業の休暇期である冬には内職をしたり、出稼ぎに出たりして稼ぐのに、それが無償労働になってしまうために貧しく、また暇な時期がないのでそこから抜け出すだけの知恵も余力もなくなってしまっているのだった。

 しかもその余剰金によって過剰な兵士を囲っているので、村人が少しでも反抗的な態度をとるだけですぐに抑圧されてしまう。

「街道整備は村人の無償労働でなすものではない」たったそれだけの知識がないだけのこと。だが積もり積もった観衆とろくに教育も行われない田舎の村では、そのたったそれだけのことが続いてきてしまったのだ。

 逆にあまりにも当たり前のことで、周囲の村人も気づかなかったのだろう。そもそもあの村から外へ出てくるのは村長とその取り巻きと現状で儲かっている村長の目のかかった商人ばかりで、村人は出てくることもないのだ。

「そういった意味では俺が村を出れたのは奇跡だったかもな」

 そこは少し疑問の残るところだ。なぜ村長は俺が村を出て行くのを止めなかったのだろうか。


 やっと仕事に慣れていろいろと嗅ぎ回って上のように状況を理解するに至ったが、同時に村を守る兵士の目にとまっていたらしい。それもそうだろう。これだけの情報を集めるために普通なら出入りしないようなところでもいろいろと話を聞いて回っていた。

 気づいたら拘束され、村長の前に連行されていた。あっという間のことで何もできなかった。

「バーソンといったか」

 村長は、しかし、特に俺を見下すでもなく公正に扱ってくれた。

「何やら村でこそこそとしているという報告を受けている。それは事実かね?」

「はい」

 ここは隠し立てできそうにない。既に見張られていたんだ。すぐに連行されるわけだ。

「いえ、悪い意味ではないんです。この村が栄えている様子だったので、何がよいのか気になっただけで」

「栄えている?」

 村長は本気で当惑していた。それから何やら合点がいったようだった。

「ここもそれほどよい暮らし向きではないのだがね。だが、なるほど。森の向こうの村から来たのだな?」

「それじゃ栄えていると思うでしょうな」俺を連行してきた兵士もため息をついて言う。「あそこはずいぶんとひどいというじゃないですか。俺の妻の弟の親戚なんかは5年前にこの村へ逃げてきましたよ」

「まぁよい。ここと比べて栄えているというならば、逆に言えばあちらがどういう風に栄えていないか、説明できるのであろうな?」

 俺は一瞬言葉に詰まった。

 あちらの村とこの村を比べて問題点は浮き彫りにできたつもりだ。だがこの情報はあちらの村人に伝えて、あちらの村人たちがどうするかを決めるのがジャーナリストの本懐だと信じていた。

 だが俺なりの理解では、この情報を伝えてもあちらの村人たちには正常に理解できないだろう。現代日本で生まれ育った人間には理解しづらいところだが、基本的な教育がないということは恐ろしいことなのだ。生まれてからずっと、それどころか先祖からずっと従ってきた慣習が正しいものとすり込まれてしまっているだろう。

 あっちとこっちでは違うんだ。この村はこれで成り立っているのだ。そう信じ切っていれば、流れ者の調べてきたことなぞは信じないというか、理解もできない可能性が高い。

 それであれば学のある、村長の周辺ではない人に判断してもらうのがよいだろうが、あの村にはそんな人物はプレヤぐらいしかいない。そしてプレヤは絶対に演奏と酒以外のことには関わらない。


 いつの間にか俺は自分の目で調べた結果をありのままに話していた。

 それを聞いたこちらの村長はほぼそのまま報告書に記していて、すぐに領主に上申した。

 領主はすぐに配下を県境の村へ派遣し裏付けをとり、即座に村長を背任の罪で逮捕した。領主の定めた税率を大きく逸脱し、村人を不用意に困窮させていたのだ。

 俺はただただ急展開に目を丸くするだけだった。村人たち自身というのは難しいとして、せめて村に関わる誰かに行く先を決めてもらおうと思っていたのに、それが俺自身になってしまった。

 それは小さな挫折だった...。


 その挫折があのペナルティスキルの影響だと言うことをそのときの俺は知るよしもなかった。

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