クーデレ奴隷×傷だらけ転生男主

たいら

第1話 上手い飯を、一緒に食べよう。

何のために生きてるんだろう。

朝は早く、夜は遅く。

頭を下げ、思ってもない謝罪を示す。

こんなことをしたかっただろうか。

これが幸せなのか?

23時。

片道2時間かけて帰る。

終電が早いのは救いでだった。

移動はめんどくさいけど、仕事してるよりはマシだ。

何もしなくてもいいから。


(あ、珍しく座れる…。ラッキ)


たまたま空いていた席に座る。

ほんの少しの幸せ。

男はPCにやられた目に手を当て、目をつぶる。


(ほんとは、誰かを救えるような人間になりたかったんだ…)


かつての希望を思い出す。


(って、何考えてんだろ…。やめろやめろ)


男は思考を閉ざし、眠りについた。

幸い、乗り換えはないのだ。


「次は~…、次は~…、」


(ん、着いたか…)


車内アナウンスが流れ、男は目を覚ます。

不思議なもので、最寄り駅に付くと自然と目が覚める。

男は、コンビニでおにぎりを2つ買い、薄暗い夜道を歩く。


(さっさと寝よう)


眠りへの欲求を募らせる中、男はあるものが目に入る。

電灯に照らされているのは、小学3年生程の身長をした女の子。

あまりに不自然なそれは、目が合ったと思えばすぐに曲がり角を曲がっていく。


(こんな時間に女の子…?)


疲れていたのか、はたまた目に見えぬ魔力が働いていたのか。

男は女の子を追ってしまう。

男が曲がり角を曲がったその瞬間。

ビィー!と耳を劈くようなクラクション音が聞こえる。

今まさに、小学生の女の子がトラックに跳ねられ、生涯を終えようとしていた。

反射的、とはこのことを言うのだろう。

男は目の前にいる女の子を突き飛ばす。

女の子の代わりに、男はトラックの光に照らされた。

痛みが来る寸前、男は思いをはせる。


(一人は、救えた、かな)


ふわふわする。

夢でも見ているのかもしれない。

体が浮いているのか。

ここはどこなのだろうか。

不可解な浮遊感に身を任せていると、急にどこかへ落下していくような感覚がした。

目が、覚める。


「あのー、危ないですよ?止まってると」


「あ、すいません…」


男はいつもの癖で反射的に謝っていた。

見渡せば、そこら中にゴシック様式の建物が並んでいる。

ジャンルがファンタジーのオープンワールドゲームのようだ。

声をかけてきた少女はすれ違いざまに呟く。


「今度こそ、やりたいこと、やってくださいね」


「え?」


振り返ると、声をかけてきた少女は消えていた。

男は不審がりながらも、少女の言葉が刺さった。


(今度こそ、ね)


男は歩き出す。

まずは現状を把握する。

身なりは良く言えば冒険者。

持ち物は、少なくない貨幣と水分、ナイフのみ。

男は宿を探しながら、街が散策することにした。


(スマホないの、不便だ。ここがどこかも分からん)


辺りには出店が多く出ており、買い物客で賑わいを見せていた。

街を散策しながら情報収集していると、明かりのない路地裏を見つける。

男は抜け道かと思い、路地裏へ入っていく。

しばらく歩くと、外からは内が見えない怪しげな店に出会う。

表に出ている店主が声をかけてくる。


「いらっしゃい…、買い物かい?」


明確に何かを買いに来たわけではないが店が気になった男は店主に問う。


「ああ。ここは何屋なんだ?」


「まぁ、見るのが一番早ぇ」


男は店主に付いていき、店の中へ入る。

店内はブティックだった。

男性ものは少なく、そのほとんどが女性ものであった。


「なぁ、この町に来るのが初めてなんだが、この町のことを教えてくれる場所とかないか?」


「何も買わずに質問だけ、なんてことはないよな?」


「ま、まぁな…」


「まあいいさ、この町について知りたいんだろ?なら、着いてきな」


店主は店内にあった扉を開ける。

その先は暗く、地下へと続く階段が続いていた。

恐る恐る階段を下る。

檻。

その中には首と足に枷をはめられた者たちが収容されている。

そのほとんどが、年端も行かぬ子どもたちであった。


(クソが…)


男の顔が歪む。

店主はその顔を横目で確認していた。


「教養がある奴らはこっちだ」


店主はさらに奥の扉へと入る。

そこには十数人の奴隷たちが収容されていた。

こちらもまだまだ若い。

見た目だけでいえば、12,13歳だろうか。


「ある程度の読み書きくらいならできる奴らだ。さあ、選んでくれ」


店主がそういった途端、奴隷たちは声を上げ始める。

皆、自分ができることを次々にアピールしてくる。

地理に詳しい、絵が描ける、力仕事ができる、中には本来その年で経験することのない行為を挙げる者もいた。


(確かに、奴隷にならどんなことでも質問できるが…)


奴隷に質問の内容を選ぶ必要はない。

この町のことは勿論、貨幣価値、法律など、この国の常識を問うことも可能だ。

男は頭を押さえながら、店主に要望を伝える。


「金がそこまであるわけじゃない…、一番安いやつを教えてくれ…」


「あー、構わないが、ちょいと状態が面倒だぜ?」


店主はある娘の前で立ち止まり、男を手招く。

銀色の髪に碧眼の目。

髪はすっかり伸び切り、体中に擦り傷、打撲跡、火傷跡が見られる。

その娘はこちらに顔を向けない。

虚ろな目で一点を見つけている。


「出身は、金に困るような家系じゃなかったらしい。教養の方は申し分ねぇはずだ。

 ただ前の持ち主の扱いが荒っぽくてな。体は勿論なんだが、厄介なのは、中身の方だ」


「中身?」


「心の方が完全にやられちまってる。声帯に異常はねぇんだが、まず喋らねぇ。

 こっちも色々やってみてるが、手ぇ焼いてんだ。勿論売れねぇしな」


「…話しかけても?」


「ああ、多分なんも答えやしねぇがな。一応、過度な刺激は控えてくれ」


男はそれを聞いてしばらく娘を見る。

何て声をかけていいか、分からなかった。

この子が、どんな過去を経験して、どんな恐怖と絶望の中生きているのか。

それを想像すれば、どんな言葉も飲み込んでしまう。

ふと、先ほどすれ違った少女に言われたことを思い出す。


(今度こそ、やりたいこと、やってくださいね)


それは生前、できなかったこと。

男は意を決した。

店主へ手持ち全額が入った麻袋を渡す。


「ここから抜いてくれ、こいつの値段分」


「いいのか?こっちはむしろ助かるが…。同情だけなら、後悔するぜ」


「もう決めたことだ。一つ頼みごとなんだが、少しの間泊めてくれないか。今すぐ動かせる状態とは思わない」


「…分かったよ。ずっとここに居座ってた奴だ。少しの間くれぇなんの問題もねぇ」


「感謝する」


「ほら、その檻とそいつの枷の鍵だ。店の二階が空いてる。悪いが自分で連れっていくれ。俺は店がある」


店主は鍵を渡すと店に戻った。

男は鍵を受け取ると、檻を解放する。

解放したところで、奴隷が逃げ出すことはなかった。

男は少女の横に片膝をつき、話しかける。


「いきなり、気持ち悪いよな?こんな大人が、いきなりさ」


娘は微動だにしない。


「もう大丈夫。…って信じれるわけないよな。ごめん」


男は視線を落とす。

相手を労わるための言葉は、彼女には届かない。

足と首に繋がれた枷を外す。


「ほらこれで、ちょっと楽になった」


男は娘の肩から背中に手をやり、彼女を抱きしめる。

娘はなされるがままで、力なく男に抱きしめられている。


「大丈夫…、大丈夫だ。俺が護るから。嫌なことがあれば何でも言ってくれ」


男は何度も何度も、繰り返して言う。

娘は力なくただ聴いているだけだった。

男は、奴隷の娘を抱えて店の二階へと運んだ。

幸いにも何の抵抗もない娘を運ぶことは容易だった。

夕方。

日が落ち始め、夕刻を迎え始めた頃、男の腹が鳴る。

男は外へ食料を買いに行こうとした。


(このままにしていいのか…?)


娘を外に連れ出すのは容易ではなく、かといって逃げ出さない保証もない。


(縛り付けるのは簡単…、でも前には進まない)


男は娘の頭に手を置きながら、声をかける。


「上手い飯を、一緒に食べよう」


男は街へ出向き、材料を買いに行く。

男は金の入った麻袋を見る。

残金は、見るからに減ってしまった。

店で一番安かったとはいえ、奴隷は間違いなく高価なものだ。


(できるだけ食べやすくて、栄養が取れるもの…)


男は食材を買い、店に戻る。

店にはCloseの文字。

店の中に入ると店主が店内を整理していた。

男は店主に声をかける。


「部屋、ありがとう」


「ああ、いいさ。あいつは?」


「まだ、変わらない…な」


「そうか…、まあ焦らずやってくれ」


「重ね重ねで悪いんだが、調理場を貸してくれないか?」


「あいつにも…、食わしてやるのか?」


「食べてくれるかは、分からないが」


「そうか…。付いてこい」


「感謝する」


店主に付いていくと、キッチンというよりそこは厨房だった。


「すごいな…」


「あんたはそっち使ってくれ。狭いけど我慢してくれよ」


「ありがとう」


二人はそれぞれの調理場に立ち、作業を回避する。

特に会話が弾む訳でもなく、調理の音だけが響いている。

先に口を開いたのは男の方だった。


「正直奴隷商人なんてろくでもないと思ってたよ。あんたは、良い人なんだな」


「勘違いすんじゃねぇ。俺らは等しく、奴隷を扱うクソ野郎だよ。ただ、」


店主は少し溜めてから、言葉を発する。


「同情や哀れみすら出来ねぇ虫けらどもには吐き気がする、それだけよ」


男はそれを聞いて笑みをこぼす。

にこやかに言葉を返す。


「…俺も、クソ野郎で居たいもんだ」


「ちげぇねぇ」


先に料理を完成させたのは店主の方だった。

トレーの上には大量の皿。多少少な目のカレーがよそってある。

店主は地下へ潜っていく。

奴隷の子ども達の腹を満たしに行くのだろう。

少し遅れて男も料理を作り終える。

男は二階へと上がっていく。

自分の買った娘を待たせている部屋の前に着く。


(さて、どうか居てくれよ…)


男はノックをしてから部屋へと入る。

娘は部屋の角で自身の足を抱えて座っていた。

その目は光を失い虚ろなままだ。


「飯、作ってきたんだ。良かったら食べないか」


メニューはクリームシチューだ。

チーズを入れることで濃厚に仕上げ、少し多めに胡椒を効かせてあるそれは、食欲をそそる一品だ。

娘が、一瞬チラッとこちらを向いた。

男はその視線に気づく。

スプーンに一口分を取り、娘の口元へ差し出す。


「口、開けれるか?」


娘は恐る恐るといった感じで、小さく口を開ける。

男は中へと運ぶ。

娘は咀嚼する。

飲み込んだことを確認して、再度差し出す。


「どう、だろうか?」


娘は答えない。

視線は落としたままだ。

そんな様子を見て、男は娘の頭を撫でる。


「いいさ、食べてくれてありがとう」


それからの男の生活といえば、店の手伝いをし、娘にご飯を食べさせて、抱きかかえては言葉をかけ続ける。

それだけであった。

男の懐はすでに限界を迎えつつある。

店の手伝いで繋いでいくのも、これ以上難しくなってきた。

そんな日の夜。

夕食の後片づけを終え、男はいつも通り部屋へと戻った。

部屋に入り、男は娘の方へ向かう。

次の瞬間、男は自分の目を疑った。

娘が男を見つめ、手を広げてきたのだ。

子どもが、親へ抱擁を求めるように。

それは余りにも大きな進歩だった。

男は娘を抱く。

頭を撫でながら言葉を紡ぐ。


「大丈夫…、大丈夫だ。俺が護るから。ありがとう…」

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