ソフト・タッチだがマイルドではない

連載の始まった当初から読ませていただいておりますが、これまで一貫している印象は「よく練られた『薄さ』のある作品」である、というものです。
例えば、語り手である主人公の具体的なバックグラウンドは謎に包まれていますが、よくよく読み返せば、実は物語の冒頭部において、それはすでにあるところまでは暗示されているのではないか?とも思えてきますし、その一方、読み進めていくにつれて少しずつ投下されていく、読者にとっては「ヒント」となり得るような具体的描写の数々は、何かを詳らかにするためというより寧ろ、その「何か」についてより掴みどころをなくさせるためのトリガーとして……というか、主人公の持つ「謎」の旨味をより熟成させるための仕掛けとして作用している面があるように思えます。
(それから、旨味ということで思い出したのですが、なによりも食事や料理の描写がお上手です。私も楽號の作った御飯が食べたい。大切なことなので忘れぬうちにここに書いておきます)
話を戻しますと、この作品には、深追いすればするほど昨日に逆戻り(?)ではありませんが、そういった風にも表現できそうな、リアルな五里霧中感があります。
そうしてまた、既に述べたような、全体が帯びている「ふわふわっ」とした、ヴェールに包まれたようなつめたい秘匿の感触は、巻き起こされるさまざまな事件において多くはその渦中にある「異形の者たち」「存在の境界で混じり合う者たち」の持つ、「人間」による画一的解釈を許さぬ「ふわっ」とした、ぞわぞわと総毛立たせてゆくような薄気味悪さや、どうしようもない「不完全さ」のウラにある「完全さ」や、またそれが産まれた次の瞬間には雲散霧消し、その逆もまた然り……といった、解釈によっては音楽というものが備えるそれとも似ている、とてつもない掴みどころのなさといったものとも、じつは繋がっているように思えてなりません。
それと、最後にもう一つ重要なことを。
ここで言う「ふわっと感」が不気味さ、ホラーっぽさであるなら、タイトルにつけた「ソフト・タッチ」とは「優しさ」です。
つまりは、主人公の優しさ。普通の人並みに気弱さもあるけれど、いわゆる「他者」とは少し違う世界の中を生きてきた(生きて来ざるを得なかった)だけあって、それこそその腹の底には、つまり潜在的にはといった程度のニュアンスですが、そこには「なんとなく」とか「曖昧さ」をある意味恕し、安住さえさせてしまうような、無窮の器があるように思えてきます。
もちろん、主人公だけが特別そうなのではなく、楽號や如月さんをはじめとした登場人物たちみんながそれぞれに異なった背景を持ちつつ、みんな根本的には同じように優しいのですが。

存在のゆらめきや危うさと、優しさ。
手垢まみれながらここらでひとまずまとめてみると、つまり、本作はそうした、それ自体は価値判断を要しないというか、いわばまっさらな、ある「薄さ(見えにくさ)」というものが、さまざまな刺激を受けながら、その正統性を回復していく過程を、登場人物ひとりひとりに丁寧に寄り添いながら描いていく、ジャンルは「ホラー」の小説作品です。
断定形になってしまったのは、単に文脈の問題ですのでお許しを……(笑)
そしてもちろん、これを書いている時点では未完の状態なわけですので、ここには全く書き得なかったような、まだまだ幅広くて奥行きのある主題が今後も展開されていくことが期待されます。


※結局のところ、レビューというより、作家さんへ宛てた個人的な感想文のごときもの(しかもエラく長文)になってしまって、なんとなく申し訳ないです。すみません……