第29話 パーティの訪問者

「修学旅行みたいで、わくわくして眠れなかった」


 家に来た如月は笑顔でそう言った。

 私の家に来るイベントを、そこまで楽しみにしていてくれたことを嬉しく思う。

 彼女の持って来た小ぶりなキャリーケースを受け取り、部屋の中へと招く。


「昨日は金縛りはなかったの?」

「いや、あった。いつも通りだ。布団の中にはいたけど、起きたまま金縛りになったのは始めてかもしれない」


 ダイニングには調理中の楽號がいた。肉を捏ねているのか、右腕に力が入っている。

 私は部屋の隅にキャリーケースを置いておく。


「如月、いらっしゃい」

「楽號さん、お世話になります」

「好きに使ってくれて構わないよ。まあ、僕の家じゃないんだけどね」

「家主ですけど、好きに使ってくれて構いませんよ」

「ありがとう。一応寝袋は持って来たんだ」


 キャリーケースから、如月はずるずるとオレンジ色の蓑虫のような寝袋を取り出す。


「あー助かるね」

「今、決めていたこととしては、如月はベッドへ、私と楽號は布団で雑魚寝をするという感じだった」

「家主を床に寝かせる訳にはいかないな。私は寝袋で寝るから、あなたは自分のベッドで寝るといい」

「枕元の幽霊を見るって言うなら、如月をベッドに寝かせて、間仕切り開けた状態で僕らがダイニングに寝るのが一番確認が取りやすいんじゃないか?」

「じゃあ、如月はベッド。楽號は布団。私は寝袋を借りるって形でどうだい?」

「嗚呼、そうしよう」


 如月からの了解も取れたので、そういったフォーメーションで臨むこととなった。

 楽號の資料は部屋の隅で積み上げられている。その分、空いたちゃぶ台の上にボウルと大きめの平皿が置かれる。更に水の入った小皿とスプーンも用意される。


「楽號、これは?」

「今日の夕飯は餃子祭り。ほら、包まないと夕飯ないぞ」

「なるほど! こういうのをやるの初めてだ」


 興味津々な如月が手を洗ってから、ちゃぶ台の周りに座る。私も慌てて、後を追う。

 楽號は平皿に乗せられた餃子の皮を一枚ずつ私達に配ると「よく見ておけよ」と言って、餃子の包み方を見せてくれた。皮の中心に餡を適量乗せて、縁に少し水をつけて、雑にひだを作っていく。それを、平皿の端に置いた。


「これで完成だ。これを後、三十個作るんだ」


 私達もおずおずと、肉ダネを乗せて包んでいく。餃子を作るのは初めてだ。入れた肉の量が多かったらしく、包もうとしてもはみ出してしまい、第一号は大変不恰好になってしまった。

 如月の手元をちらりと見遣ると、元の器用さ故か、綺麗に包まれている。


「如月、包むの上手いな」

「意外と得意みたいだ。あなたのは……腹ペコさんが作った餃子だな。可愛らしい」


 褒められていないことは分かっている。

 今度は肉餡の量を調整し、再チャレンジした。ひだが少しぐちゃぐちゃになったが、先程よりは見れる餃子になった。良い。少しずつ成長出来ている。


「何と言えばいいか。こういう友人と集まって料理とかしたことがなかったから、とても今、楽しいよ」

「僕も殆どないな。鍋を突いたことはあったが、お店のは殆ど完成されてるしね」

「友達とはないけど、私の家では定期的に粉物パーティが開催されて、かえちゃんや伯父さんと一緒に作っていたな」

「粉物パーティ?」

「その時々でメニューはお好み焼きとかたこ焼きとか変わるんだけど、家族皆で調理して食べてた。楽しかったな」

「それは楽しそうだな」

「そういう楽しい思い出、いっぱいあるのか?」

「え、うーん。直ぐには思い出せないけど、何か色々楽しかったよ。伯父さんも伯父さんなりに私達のために盛り上がることを計画してくれてたんだなぁって」


 奥さんがご存命の時は、料理関連は充実していたが、亡くなられてからは如実に食事が雑になっていた。シングルファーザーとして、子供二人を育てなければならないとなれば、余裕がなくなるのは当然のことで、特に今まで自分がして来なかった家事となれば尚更不慣れで雑にはなるが、それでも、食事面を気に掛けてくれていたのだろう。粉物パーティ、ホットケーキパーティと、焼くだけで完成する何かしらのパーティが定期的に開かれていた。

 私とかえちゃんは、その日が楽しみだった。調理に関われることと、伯父さんと一緒に作業が出来ることが、とても嬉しかったのだ。

 そういった点で、伯父さんの計画したパーティは大成功だった。


「そっか。それは良かった」

「楽號さんはないのか? そういう両親のエピソードは」

「僕? 僕かぁ。うーん、繋がりが希薄な家だったからなぁ。嗚呼、虐待とかではなくてね。ちゃんとお世話されてたよ? でも、いつも食べる物は既製品だった。だから、手作りで温かい物を食べようとなると、自分で作るしかないんだよね」

「そこから料理好きになったの?」

「まあ、きっかけと言えばきっかけだな」

「意外な所に意外な物があるものだな」


 如月は、最早手元をあまり見ずに餃子を生成している。それでも、綺麗な形だ。楽號は元から出来ていたし、多少雑ではあるが、許容範囲の枠内だ。

 私は安定出来ない餃子を作っている。綺麗に出来たり、下手くそになったり。一周回って、味がある。と、自分を励ました。


「よし、終わり」


 最後の一つを包み終わると、楽號が皿を持っていく。焼くのだろう。

 私達はお役目から解放され、白くなった手を流し台で洗う。冷水では肉の脂がなかなか流れ落ちない。


 隣のコンロでは、楽號が丸いフライパンに餃子を並べている。じゅうじゅうと美味しそうな音が鳴る。


「お米っていつ炊けるの?」

「十九時」


 時計を確認すると、丁度十九時になり、炊飯器から何処かで聞き覚えのあるメロディーが流れる。

 私はセットされていたしゃもじで、お米をかき混ぜておく。ついでに、傍に茶碗を三つ置いて、箸とタレ用の小皿もちゃぶ台に置いておく。


 楽號は水を入れて蓋をしていたが、時間になったのか、蓋を外した。ヘラでフライパンとくっついている餃子を引き剥がすと、ヘラを皿に持ち替えた。蓋をするように餃子の上に皿を置き、そして、それをひっくり返すと、皿の上には綺麗な円形の羽根付き餃子が出来上がっていた。


 見事な手際に、私と如月は拍手で称えた。


 焼き加減も最高だ。カリカリとした羽根が素晴らしい。


 如月がご飯をよそってくれる。私はそれをそれぞれの席へと配膳する。それが終わると、汁物の配膳だ。今日はワカメの中華スープだ。


 全てがちゃぶ台に揃うと、私達は手を合わせて「いただきます」と唱えた。


 先ずは汁物から頂く。熱々のスープはあまり量を飲めなかったが、鶏ガラとワカメの相性は安定で、味の濃さも丁度良い。

 次はメインの餃子だ。箸で周りの羽根を崩して、一つ手元に置く。そして、酢醤油につけて口に運ぶ。パリと皮の感触が先ず来る。その後、もちっとした皮とじゅわと染みる肉と野菜の食感がやって来る。野菜が多めの餡はあっさりとしていて、これなら幾らでも食べられそうだ。


「美味しい?」

「美味しい。楽しいし美味しいって最高だ」

「本当に。凄く美味しいです。野菜の甘みがちゃんとあります」


 私達の回答を聞いて、楽號は満足そうな顔をした。



 ─────────────────────



 夜も更け、日付が変わる頃になって、私達はいよいよ寝ようと支度を始めた。と言っても、ちゃぶ台を端に寄せて、布団と寝袋を敷くぐらいだ。


 賑やかな空気の名残が滞留するダイニングでは、ざわざわとした時を惜しむように挨拶が交わされる。


「おやすみなさい」

「はーい、おやすみー」

「寝れそうにないが、おやすみなさい」


 膨らんだベッドには如月が寝ているのだろう。並んだ形で寝た方が、顔をそちらに向けやすさそうだ。間仕切りは超えないように、私と楽號が並ぶ。いつも並んではいるが、ベッドと布団で高低差があり、このようにちゃんと並んで寝るのは初めてだ。


 布団を被った楽號は普段と違って行儀良くして、目を瞑っている。寝てはいないだろうが、スイッチがオフになっている感じはする。そっとしておこう。


 私は寝袋に足先から入れて、包まる。手も格納すると、本当に蓑虫になったような気になる。思っていたよりも寒くない。これなら充分睡眠を取れそうだ。


 幽霊が現れるのは午前三時から四時。それまでは寝ずに見張っていなければならない。つまり、あと、三、四時間起きてなくてはならない。

 私は眠らないでいることが、この実験の一番の難関な気がした。


「ねえ、楽號」


 私は小声で話し掛ける。


「何だよ」


 楽號も同じくひそひそ声だ。


「交代で見張りませんか?」

「分かった。僕がこれから一時間寝るから、君はその間見張っててくれ。その後に交代だ」

「ありがとうございます」


 交渉が成立したので、睡眠時間を多少確保出来ることになった。携帯で時間を確認して、私は如月の眠るベッドを眺め続けた。


 異変がないまま、時間が過ぎて行く。

 夜のしじまの中、私は夢と現を行き交う。自分の眠気ばかり膨れ上がって、霊の気配の探知など出来そうもない。


 二度目かの交代で、起こされた私は、寝ぼけ眼でベッドの方は目を向ける。楽號はそそくさと布団の中へと潜って行く。

 少しでも睡眠時間をと思って取った作戦だったが、入眠と起床を短いスパンで繰り返すと、しんどくて頭がぼんやりとしてくる。二時間おきぐらいにしておけば良かったかも分からない。


 如月は窓側に体を向けていて、私には背中しか見えない。こうして見る限り、普通に寝ているだけだ。

 現在の時間は午前二時半だ。もし、何か起きるとしたら、この後だ。

 そう思っても、私の瞼は重く、上がらなくなっていく。首もかくんと項垂れていく。


「ぁ」


 小さく声を漏らす。しまった、うたた寝をしてしまった。

慌てて如月の方へ目を向けると、変な影が増えている。いや、違う。私が意識を失っているその間に何かが起きた。霊がやって来たんだ。なのに、私は眠りこけていた。

 意識した途端に、ご丁寧に私の体も金縛りに遭う。それでも、目を無理矢理に動かして、如月を見る。


 彼女の枕元には、一人の女性が立っていた。


 長い髪をポニーテールに纏め、ラフなTシャツにハイライズのデニム。アンニュイな表情を浮かべながら、その女性は如月を見下ろしていた。

 それ以外、特に動こうとしない。ただ、見下ろしている。

 その表情は複雑で、怒っているような悲しんでいるような、嬉しがっているようにも見えた。どれも曖昧に混ざり合って、正体が分からない。


 それは今朝、飛び降りていた幽霊だった。





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