第25話 邂逅は静かな夜に
ここからは僕が話そうか。
そう、消失事件から一年後、今から十三年前。僕は君達を訪ねた。
夜中だったからね。君はすやすや眠っていた。まさか、あの時の子供が君だなんて思わなかったな。嗚呼、うん、でも、顔付きが似ていたから、途中から気付いてはいたんだ。でも、別に態々言うようなことでもないだろ。小さい頃に会ったことがあるんだよなんて。君は寝てたんだから、覚えてる訳もないのだし。
話を戻すと上からの命令だったんだよ。
死神は寿命が来た者の命を刈り取る他に、悪霊退治や霊の回収をしている話はしたね。その過程で、呪物と呼ばれる物も一緒に回収することがある。
呪物というのは、人の念が込められた物品で、中でも誰かを呪うような危害を加えるような物をそう呼ぶんだ。
こないだの押入れの中にあった像もそうだ。あれはあいつが持って行ったから、ちゃんと処理してくれるだろう。死神からすると呪物の回収はついでだから、優先度はそれ程高くないし、処理してくれるって言うなら持ってって貰った方が都合がいい。と言うのも、死神は回収した所で呪物をどうこうする手段が殆どないんだよな。単純に壊すだけでいいなら出来るけど、複雑に術が組まれた物なんて解呪するだけで何年も掛かる。そこまでのコストを払ってまでやることではない、というのが死神側のスタンスだ。
じゃあ、回収した物はどうするのかと言うと、外部委託だ。君のお母さんの家に送って、処理して貰う。うん、ビジネスな関係だ。
で、その委託先が突然なくなった訳だ。調査が必要だろ? 警察なんて来ないんだからさ。何故なくなったのか、依頼した呪物はどうなっているのか、他にも色々な理由で。その調査のために派遣されたのが僕だ。
取り敢えず、家に行ったけど、何にもなくてね。呪物は幾つか残っていたけど、力の弱い物しかなかったから、放っておいても勝手に力を失っていくだろうと思った。と思ってたら、千歳が来たんだよ。あの
何か知ってるかなと思って尋ねたけど、何も教えてくれないんだよなあいつ。自分もその場にはいなかったって。どうにか聞き出したのが、君のことだ。生き残った子供がいるって。でも、何処にいるかは分からないと。まあ、仕事だし、探すしかないよな。
一年掛けて探して、見つけ出して、訪ねた。何か知ってるかもしれないから。
結論から言うと、何も分からなかったよ。居合わせた人間は皆消えてしまったし、唯一生き残った子供は幼過ぎて、状況を説明させるなんて無理だった。迷宮入りさ。
恐らく、呪物を処理するにあたって、何かしらの事故が発生したのではないか、というのが上の見解だよ。それで、この件は終いだ。君が助かったのは偶然か、子供には効果のないものだったのか分からないけど、今生きてるんだからそれで最上じゃないか。死んだらそれまでで、何をするにも生きてなきゃどうしようもないんだからさ。
それで、本題だ。此処に来た理由は、君の中のあの世について知るためだ。お母さんとかの話はそのために訊きに来たんだろ。今、あって顔したな。忘れてたろ、やっぱり。
僕が考えるに、十四年前の事件の時に何かが起きて、その結果、君の中にあれが出来たんじゃないかと思うんだよな。だって、それ程のことが起きなきゃ、そんなものそうそう出来ないだろ。
君は今、家とお母さんについて知った。なら、次は事件について調べるのかな。勿論、君が知りたいと思うならそうしたらいいさ。千歳の連絡先は知ってるだろ? 抜け目のないあいつのことだもの。君の連絡先は欲しがる筈だしね。僕には教えてくれなかったけど、君になら話すかもしれないな。
でもね、先に言っておくぞ。
これはもう終わった話で、人も死んでいるかもしれない話だ。多分、聞いても嫌な気分になりこそすれ、いい気分にはならない。君のあの世についても分かるか分からないし、より最悪な事実を突き付けられるかもしれないよ。
少し調べてみたけれど、君のそれは門だ。別空間、新しいあの世へと繋がる道。あの世そのものが君の中にある訳じゃない。だから、塞ぎさえすれば、地縛霊が君に寄って来ることもなくなるだろう。塞ぎ方は今、調べてる最中だけどね。取り除くよりかは実現可能な範囲にあると思うよ。
だから、君が嫌な思いをしてまで、過去を穿り返す必要はないんだよ。
小学校や歩道橋の怪異を生み出した
それでも、君が過去を知りたい、調べたいと言うなら、僕は協力する。僕も知りたいから。あの日、あの場所で何が起きたのかを。だって、分からないって気持ち悪いだろ。でも、決して強制はしない。だって、もうとっくの昔に終わっている話だから。
なあ、君はどうしたい?
─────────────────────
私の頭の中は、言葉で溢れていた。
多くの用語が溢れ返って、次から次へと過ぎて行く。だから、一つ一つをちゃんと理解出来ていたとは思えない。
生家の生業が非合法的だったとか、父親が誰か分からないとか、母親が酷い状態にあったとか、家がもうないとか、楽號と会ったことがあったとか、死神に見張られているとか。沢山のことが、いきなり目の前に出されて、どれに注目して良いか判断がつかない。きっとどれも重要なのだ。
此処に来るまで、私は軽い気持ちでいた。両親のことを聞いて、少しでも思い出せたら良いな。ついでに、私の中のあの世について何か分かったら良いな。その程度だ。こんな大事だなんて思いもよらなかった。
私の失くした記憶の中には、多くの人の関心を集めるものがあって、なのに私はそれをほんの少しも知らないでいた。きっと叔父も楽號も、敢えて触れないでいてくれた。私が年月と共に忘れ去ることを許容していてくれた。
もしかしたら、その事件の中に私が忘れたくなるような事実が隠されているかもしれない。
怖いと思う。不安もある。でも、それ以上に知りたいと思う。あの世がどうとかではなく、単純に自分のルーツを、母親のことを知りたいと思う。
聶斎房の言葉も気掛かりだ。あの時は此方をはぐらかすために、適当な言葉でも並べているのだと思っていたが、彼の言葉をそのまま信じるなら、恐らく事件が起きた頃に私は遭遇しているのだ。一体どんな繋がりがあって彼と相見えたのか、何故彼は私の中にあるものを知っていたのか。彼も、私の記憶の奥の事件に関わっているのかもしれない。
知りたいことが沢山ある。そして、それは誰かが与えてくれることじゃない。自分から動いて進まなければ、手に入れることは出来ない。
なら、答えは決まったようなものじゃないか。
私は真っ直ぐに楽號を見た。彼の目には多少の恐れが透けて見えた。それを見て私は、彼にはまだ私に隠している事実があるのだと直感した。事件の全容を知りたいと思いながらも明かされたくない秘密があるのだと。
誰にだって暴かれたくない秘密はある。如月にも佐田さんにもあった。私だって、霊感があることを他の人に明かしたいとは思わない。
それでも、私は知りたい。過去も楽號のことも、知りたいと願う。
「私は知りたいです。過去に何があったのか、自分が何者なのか。きっとそうしなければ、前に進めない」
私の宣言を聞いて、楽號は表情を変えなかった。叔父と如月は微笑んだ。
「だ、そうですよ。楽號さん」
「……まあ、そうなるだろうなとは思っていたよ」
息を吐き出しながら、楽號は下を向く。腰に手を当てて、仕方ないなといったような空気を出している。垂れた長い前髪の隙間から見えた顔は、微かに微笑んでいるようにも、噛み締めているようにも見えた。
ばっと顔を上げて、私を見た時にはその表情は笑っていた。
「じゃあ、調べよう。君の過去を。あの事件を。まずは千歳の野郎に連絡を取ろう」
「ねえ、何でそんなに千歳さんを敵視するんですか?」
「えー、今訊くの? まあ、追々機会があれば話すよ」
「話す気、ないでしょう」
にやりと楽號が笑う。
「分かってるなら訊くなよ」
「分かってても聞きたいんですよ」
「楽號さんは千歳さんに騙されたことがあるんだよ」
「わ、言うなよ!」
叔父の言葉を楽號が慌てて遮る。
どんな騙され方をしたら殺意を抱く程に怒るのだろう。
「叔父さんは千歳さんと会ったことあるんですか?」
「彼は家に出入りしている人間だったからな。確か呪物の管理や処理に関わっていた筈だ。私がお前を見付けた時にも出くわした。荷物を運びに来た所だったらしく、誰もいなくなってて驚いていたよ」
それは大分大事な局面に現れたのではないだろうか。何にしろ千歳さんが深く関わっているのは間違いなさそうだ。
「あの人はお前を抱えた私を見て、酷く悲しそうな顔をしていた。そして、呪物や家の後始末は自分がするから、すっぱりこの家とは縁を切って生きていきなさいと言った。当時の俺は二十歳そこそこで、呪物についての知識もそれ程なかったから、全部任せてしまった」
「別に自分でやるって言うんだから、任せていいだろ」
「あ、あの」
如月が遠慮がちに手を挙げる。
三人の視線が一気に彼女に集まる。
「いや、自分が場違いなのは分かっている。あまり口出す立場でもないと。でも、何か力になれたらとは思っている。それで……千歳さんとは前にカフェで会った人か?」
彼女には蚊帳の外な出来事だったろう。連れて来た癖に放っておいてしまった。
私は歩道橋の呪い事件の後に起きた、押入れの像と千歳さんの話を簡単に伝えた。彼女は驚きつつも、由々しき事態だと思ったのか、顔を険しくさせた。
「そんなことが……」
「ごめん、もっと早く説明するべきだった」
「いや、仕方ないことだから、それは気にしないで良い。だが、思ってたより、深刻な状況なんだな」
言われて考えてみると、少なくとも二回、聶斎房に狙われている訳だから、危機感はもう少し持つべきかもしれない。しかし、どうにも相手は搦め手が得意なようで、避けるのはなかなかに骨のいることだろう。
如月も巻き込んでしまうかもしれない。いざとなれば腹の中に入れられる私や、戦闘が可能な楽號と違って、彼女は見えるだけだ。対抗する力を持たない。もし、私を意のままにするために、聶斎房が彼女を襲うとしたら。
想像もしたくない。この件について、これ以上如月を関わらせない方が良いだろう。
私は口を開こうとした。しかし、それに先んじて彼女が発した。
「じゃあ、私はあなたの周りを注意して見ていれば良いんだな」
「えっと」
「大学にいる時や、遊びに行く時、あなたの周りに怪しい影がないか、おかしな気配はないか、何か察知したら周りの死神に知らせよう。何か合図とかあるのかい?」
「待ってくれ、如月。私は、この件について貴方を巻き込む訳には……」
「とっくに巻き込まれてる。肝試しの時点で。私はあなたの助けになりたいんだ。本当の私を知っても、一歩も引かなかったあなたの力になりたい」
私の友人は、そう言ってにこりと目を細めた。
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