第24話 叔父の話
当然ではあるが、変わらない場所にマンションは建っていた。
小さい頃はアパートのような場所で暮らしていたが、私達が大きくなるにつれ手狭になり、此方のマンションに越したのだ。
オートロック式なので、一階でインターフォンを押す。
部屋番号を入力し、応答を待つ。短く「おう」と答える声に、私はいつもと同じように「帰ったよ」と返した。すると、閉じていた自動ドアが開いて、中に入れるようになる。
中に入り、エレベーターで上がり、幾つか目の部屋の前に立つ。呼び鈴を鳴らそうとすると、その前に扉が開いた。
部屋から現れたのは叔父だ。扉を開けたままのポーズで、私の後ろに目線が向いている。
「あ、この人は如月です。大学の友達で」
「初めまして。如月真弥です」
如月がちょこんとお辞儀する。
「は、初めまして。どうも、叔父の
「うん。それより、中入って良い?」
「あ、嗚呼」
叔父が中へと入って行き、私達はその後を追うように靴を脱いで、家に上がった。ほんの数ヶ月戻らなかっただけなのに、ちょっぴり緊張する自分がいた。如月が「お邪魔します」と言いながら、靴を脱ぎ、楽號は玄関扉を閉めた。
叔父はダイニングに向かったようだ。4LDKの部屋はそれなりに広い。玄関入って直ぐに廊下があり、突き当たりに私と楓の部屋が二つ、更に進むとトイレ、洗面所、風呂がある。廊下の先にはダイニングがあり、ほぼ一体化したリビングがある。リビングの横には叔父の部屋と物置がある。キッチンは廊下の隣にあり、ダイニング側と廊下側の二つの出入り口がある。
私はダイニングに真っ直ぐに向かう。叔父はリビングの入り口傍に立って、私達が入室するのを促す。
私はかつての自分の位置に座る。如月は迷ったが、私の横に座る。楽號は後ろで立っているつもりのようだ。
「こんな素敵なお嬢さんが友達か」
「いつも一緒にランチ食べてるんですよ」
「そうかそうか。ご迷惑お掛けしてるでしょう、きっと」
「そんなことありません。いつも楽しませて貰っています。優しいですしね」
「そうですか。いつも、お世話になっているようで。嗚呼、お茶も出さず、申し訳ありません」
叔父が台所に向かう。
如月が私に耳打ちする。
「眼帯格好いいな」
叔父は片目がないので、義眼を入れて、眼帯を常につけていた。偶に、義眼の手入れをする所を見せて貰った記憶がある。
後ろを振り返ると、何処となく緊張した趣きの楽號がいる。どうせ叔父達には見えないのだから、そこまで緊張することはないだろうに。
「お待たせしました」
叔父がお盆にお茶を乗せて現れる。
まず如月の前に置き、そして、その直ぐ横にも置く。それから、私と自分の前に置いた。
合計四つのお茶がある。
楽號は叔父を見ている。叔父は手元のお茶を見ていた。
「どうせ長い話になる。座ったらどうです、楽號さん」
「嗚呼、そうだね」
そこまで驚いた様子ではない楽號が、お茶の置かれた席に座る。
知り合いなのだろうか。その割にはとても距離感のある雰囲気をしていた。そもそも、叔父は見えない人の筈だったと思うのだが。
「知り合いなの? てか、楽號のこと見えてるの?」
「そこら辺も含めて話してくれ」
「ええ。……お前の両親の話を聞きに来たのだっけ」
「そう。思い出したいから、何でも良いから知っていることを話して欲しいです」
「そうだな。実の所、お前の父親については殆ど知らない。だから、話せるのはお前の母親についてだけだ」
「それで構いません」
叔父は少し複雑な色の目をしていた。話すべきか、話さない方が良いか、此処に来てもまだ悩んでいる。
「いつかは話すべきだろうと考えていた。だが、同時に俺が墓場まで持って行こうとも考えていた。関わらないで済むならそれに越したことはないからだ。でも、そうだな、今なら話しても大丈夫そうだ」
────────────────────
初めに、俺達の家について話そうか。と言っても、俺は絶縁しているから、もう俺の家ではないんだが。それはさておき。
全国から手の施しようのない呪物が集められ、それを封印していく仕事。そして、もう一つは、あの世の入口に立って、依頼された人間が来たら追い返す仕事だ。死ぬ筈の人間を追い返して、蘇生させるというものだ。
不思議な力を持った人が一族の中に常にいてな、その人が亡くなると、生まれた子の誰かに引き継がれていく。だから、常にそういう人がいる。そういった人達が仕事にあたった。そして、当主に選ばれるのも、そういった力のある者だけだった。
お前の母さん、つまり俺の姉は御当主様だった。その前は俺の母親が当主だった。父親は俺が生まれた頃に死んだという。姉は特に力が強くて、そうなることに誰も反対意見をしなかった。
俺はというと、不思議な力どころか、幽霊一つ見えなかった。悔しいから、片目を抉って、特別な義眼を嵌め込んだ。すると、今まで見えてこなかったものが見え始めた。
だが、それだけだ。封印の儀には参加もさせて貰えなかったし、寿命伸ばしは儀式の下準備くらいは参加させられたけど、大したことない奴と思われていたんだろうな。
俺が十四、五ぐらいの時に、姉が妊娠した。四つ上だから、十九歳だった。家は大騒ぎだった。姉は結婚していなかった。だから、勝手をやらかした奴がいる。家は相手の男を探し回っていた。閉じられた家だから、犯人がいるとしたら内部犯だと、姉の周りに近付ける人間は女だけになった。肉親の俺ですら、近付けなくなった。と言っても、その時は既に俺と姉の繋がりなどないに等しかった。
四方から監視された部屋で生活している姉は、徐々に壊れていっていた。いや、気付かなかっただけで、もっと前から壊れていたんだろう。多くの呪物を封印することは、その身を呪いに浸し、精神を削るような作業だと聞いた。一秒でも寿命を伸ばしたいお偉方のお望みを叶えて、自分なんて要素がないまま、ただの道具のように働き続ける生活だ。周りは誰も助けず、そのようにあれと規範通りに生きることを強いた。
幼児のように、はしゃいだ声を上げて、姉のために仕立てられた着物の裾が捲れるのも気にせず、お客の目の前でも走り回る。話す言葉も幼く、礼儀作法も忘れていった。十九の娘がだ。意思疎通も覚束なくて、稚児そのものだった。
元々はそうではなかったんだ。実の年齢よりも上に見られるような、落ち着いた大人びた人だった。気丈で与えられた仕事を十全に熟す。下の者には優しく、上の者には礼儀正しく、理想的な人格者だった。俺は姉に驚いたが、それはあの姉でさえも壊れるという事実に驚いただけで、その振る舞いには特に驚かなかった。俺の母もそうだったからだ。童のような人だった。俺達が小さい頃には既に壊れてしまっていた。
誰かが教えてくれた。この家の当主は皆このように壊れて死ぬのだと。呪いの言葉だと思った。それを知っていながら、防ぐ気もどうにかする気もなく、これで良しとする家に絶望した。だから、俺は逃げ出したんだ。こんな狂った家で生きていくのは我慢ならなかった。俺まで狂ってしまう。
夜明け前に家をこっそり出ようとしたその時に、何も話していなかったのに、どういう訳か出立ぴったりのタイミングで姉が俺に話し掛けて来た。御当主となってから、雲の上の存在になって、あの事件からは本当に会うことさえもないままでいたから、姉とは呼ぶけど、親密さはなく、恐怖の対象でさえあった。
姉は年相応の大人しい顔で俺に言った。
「五年後に一度だけ戻って来て。貴方に頼みたいことがあるの」
「頼み事とはどのようなものでしょう?」
「私の子、お腹の子を養ってあげて欲しい」
「それは」
「一生のお願いよ」
その顔が、とても真剣で覚悟を決めたものだと気付いた。家の中で一番権力を持つ女が、底辺の俺に内緒で必死に頼み込んでいる。
こうして考えてみると、俺は姉のために何かをしたことがない。それはそうだ。そうしようにも、姉は遠くにいたんだから。姉弟と言いながらも、俺達は姉弟のように振る舞えなかった。
今、姉が俺に頼んでいるのは他の家の連中には頼めないことなのだ。これから家を出て行く俺にしか出来ないことなのだ。きっと、姉は御当主ではなく、俺の姉として頼み込んでいるのだ。
だから、このお願いは家の意思に反するものなのだろう。それなら、どうせ家を出る俺だから、何の望みも口にしてこなかった姉の最後の願いぐらい、何があっても引き受けなくてはなるまい。
「分かりました。五年後に一度だけ戻って来ましょう」
「ありがとう」
そのほっとした笑顔が忘れられない。
五年後に約束通りの日付に俺は家を訪れた。だが、そこに家はなかった。
建物自体はあったよ。昔と変わらない無駄に大きくて豪華な家。でも、誰もいなかった。人っ子一人いなかった。姉はおろか、口煩い世話焼きも、劣等感に塗れた分家連中も誰もいない。家中を歩き回って、最後に姉の部屋を訪れた。そこには和服を着た五歳程の子供が倒れていた。
お前だよ。
気絶しているようだったから、念のために病院へと連れて行った。当時の俺は結婚していたから、このまま養子にでもすれば、姉の望みは叶えられるだろうと思った。
次の日も家のあった場所を訪れて、人がいないか探していた。だが、無駄骨だった。誰もいなかった。姉の姿は何処にもなかった。他の誰もいない。
この場で何が起きたのか。人が何処に行ったのか。何故、お前だけが無事だったのか。全部分からないよ。ずっと調べてみたが、結局俺程度の力では分からなかった。
だから、せめて姉の望みだけは叶えようと思ったんだ。お前は良い子で、手の掛からない子だった。その後に生まれた楓のこともよく可愛がってくれた。俺達は四人家族だった。
喜美子が病気で死んでしまって、三人家族になっても、変わらないさ。お前は俺達の家族で、俺と喜美子と姉の子供だ。
お前を引き取って一年が経った時、ある男が深夜に訪ねて来た。
その男は楽號と名乗った。
彼は一年前、俺の生家で起きた事件を調べていると言った。家がなくなり、誰もが消えたのに、お前だけが助かった事件についてだ。
明らかに人ではないことは俺の目から見ても分かった。死神にも会ったことがあったしな。呪物を届けに来るんだ。あと、俺の家の寿命伸ばしは死神から見ると、違反行為だった。決められた時に死ぬのが運命だからな。だから、何回か抗議があって、話し合いをするために死神がうちに来ることもあったんだ。確か、それについては見逃すという結論になったのだと記憶している。寿命伸ばしをした所で、寿命が来ている人間など大体肉体的に限界を迎えているのだから、あの世の入口から追い返した所でほんの一、二年しか伸びない。それと、死神側が回収した呪物の処理を担っていたから、その契約をふいにして新しく処理する相手を探すよりも、一年程寿命を伸ばすくらいは見逃してやろうという考えだったんだろう。
まあ、そういう理由で死神とうちの家は元々縁があったのさ。
それで、例の事件について俺も知りたいと思っていたし、死神サイドからも調べて貰った方が、より情報を得られると思い、協力することにしたんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます