第19話 安全確認

 昨日、大学に着くと、オカ研の笠間さんと井上さんが駆け寄って来た。彼らは一昨日と変わらず、丁寧な物腰だった。その態度に私は勝手にほっとした。


 笠間さん達は一部始終を佐田さんから報告されているようで、大まかな流れも、私が除霊の真似事をすることも知っていた。私は除霊は別の知り合いに頼んだこと、それを見るのは難しいこと、行われるのは明日になるということを伝えた。


 彼らは間近で除霊の儀式が見れないことを残念がっていたが、歩道橋の呪いがなくなることをそれ以上に喜んだ。そして、本当になくなったかの確認をするために、楽號の作業が終わった後に実証実験をして良いかと尋ねて来た。私としても、楽號を疑うつもりはないが、授業があってその場に居合わせることが出来ないので、多くの人に害がもうないことを知って貰うためにも、実験はやった方が良いだろうと思い、実験に賛成で出来れば参加したい旨を申し出ると、快く了承してくれた。


 そして、今日が実験当日である。


 昨日までの暑さは立ち消え、涼しい日である。晴れた空は薄く遠く、すっかり秋の空だった。


 歩道橋の周りには、私と如月、笠間さんと井上さん、佐田さんに、金髪の倉間さんが集まっていた。倉間さんもオカ研の一員らしく、今回の件に興味津々だった。


 通行人の邪魔にならないように、隅っこに移動してから、笠間さんが説明係として、私達に実験のあらましを話してくれた。


「今回の目的は、呪いが本当に解除されているかの確認です。方法ですが、金髪の倉間が歩道橋を此方から渡り、そして戻って来た時に、霊に話し掛けられるか、そして突き落とされるかどうか、で判断したく思います。安全のために倉間にはプロテクターを全身につけて貰い、頭にはヘルメットを被って貰います。また、階段下に井上を配置し、いざという時に受け止めて貰います」

「うっす!」


 井上さんが勇ましく返事をする。ラグビー選手のような体型のせいか、頼もしさがある。

 反して倉間さんは痩せぎすな男性で、転んだだけで骨が折れてしまいそうだ。受け止めるという点では、軽くて良いのかもしれない。


 彼はさらさらの金髪を一纏めにして、色付きの丸サングラスを掛けていたが、危ないと思ったのか、佐田さんにサングラスを渡していた。着ている派手な柄シャツといい、オカ研っぽくない人だなと思った。オカルトに興味なさそうという意味ではなく、真面目な服装の他の三人に比べると、随分とお洒落さんだ。


 如月と並ぶと、何かの撮影でもしてるかのように見える。周りもそう見えるのか、ちらちらと通りすがりに見てくる人が多い。


 人が途切れたタイミングを見計らって、安全のための装備を整えた倉間さんが間延びした声で「行きまーすー」と宣言した。


 一番最初の二段目に皆の目線が集まる。もう何段か進んでから、倉間さんは「特に何も感じませんー」と報告してくれた。


 そして、そのまま上に上がり、渡って向こう側に降りる。地面に降りるとまた来た道を戻って来る。橋の部分を渡る時、注意深く見ていたが、黒い靄のようなものは見えなかった。

 階段降りるとなった時、一気に緊張感が増す。井上さんが腰を下げ、いつでも飛び出せる姿勢へと移った。心なしか倉間さんは怖がっていないように見えた。


 特に足を止めることもなく、彼は降りて来て、最後の一段はジャンプして降りた。


「無事です、いえーい」


 ガッツポーズを取る彼に、一同はほっとしながら、勇気ある彼の行動と、事態が終息した喜びから拍手を送った。誇らしげに笑いながら、倉間さんは装備を外していく。


 楽號は有言実行してくれたようだ。

 微か過ぎて分かりづらい気配も、今はさっぱりとなくなっているのが分かる。


「ありがとうございます、幽霊さん。無事、解決しました! 幽霊さんのお陰です」

「いえ、私は何もしてないです。謎を解いたのも、霊を回収したのも、全部別の人です」

「でも、あなたがいなければ、除霊する人も呼べませんでしたし、あの夜、千歳さんも歩道橋の所でそのまま帰りそうな雰囲気でしたし、幽霊さんがいてくれたからですよ」

「ちょっと待ってよー、体張って証明させた俺を差し置いてさぁ」

「そうですよ、私より倉間さんの方が立派に貢献されています」


 私がそう言うと、倉間さんはふんすと鼻息を出して胸を張った。

 笠間さんは少し呆れたような、仕方ないなと言いたげな顔をした。


「だって倉間、調査には全然参加しなかったじゃない。このくらいやって貰わなきゃ」

「そうだぞ。全部僕に押し付けて、さっさと帰ってたじゃないか」

「倉間は運動神経あるから、こういう時にぴったりだな」


 三社三様な意見を頂いた倉間さんは、特に気にした素振りもなく、「立派に貢献してるってさ! 俺!」と高らかに言い放ったのだった。


 実験は無事終了し、撤収となった。


 大学に戻る道すがら、見た顔が歩いていた。

 鏑木さんだ。


 彼女も私達に気付いたのか、目が合う。あのような別れ方をした後だ、どのように声を掛けようか、掛けない方が良いのかと私がわたわたしている間に、佐田さんがすっと彼女に近付いた。


「先日はありがとうございました。お陰様で、歩道橋の呪いは解かれました。もう使っても、危ない目に遭うことはありません」

「そうですか。お疲れ様でした」

「ありがとうございます。その後はどうですか、どこか痛み出したとかありませんか?」

「特には。……本当に歩道橋を使っても大丈夫なんですか?」

「ええ、原因を取り除いたので」

「私、歩道橋から見る景色が好きだったんです」

「これから紅葉も始まります。是非、上から見てみてください」


 その後、幾つか、社交辞令の言葉を重ねて、彼女は去って行った。


 律儀に私や如月にも会釈をした。それを返しながら、彼女の顔を観察する。真顔だが、どこか喜んでいるようだった。葬式のようなカフェタイムに付き合わせてしまった分はちゃんと返せただろうか。


 大学に着き、それぞれ次の授業のある教室へ向かう際、こっそりと佐田さんが私の元にやって来た。そして、誰にも聞こえないように耳打ちをしてきた。


「あなたにどうしても見せたい物があります。今日の授業が終わった後、また付き合って頂けませんか?」


 その顔が真剣そのもので、私は断ることが出来ず、「分かりました」と答えたのだった。



 ────────────────────



 四限の授業が終わると、待ち合わせ場所の掲示板へ向かった。校舎の端にあるからか、ちらほらと人はいるが、全体としてはあまり人気はなく静かだった。


 ついでにと一年生向けの掲示板を見るが、特に気になるものはなかった。貼り出しスペースは学年毎に分かれている。順々に巡りながら佐田さんを探していると、三年生向けの掲示板の前に見た顔があった。その手には何故かスーパーの袋があり、新鮮そうな食材が入っている。


「佐田さん」


 声を掛けると、佐田さんがこちらを向く。


「嗚呼、来て貰えましたか。我ながら怪し過ぎて、来てくださらないかと」

「あんなこっそり言ってくるんです。笠間さん達には言えないことですか? 歩道橋の呪いにまだ何かあるんですか?」

「そういうことではないんです」


 佐田さんは周りに人がいないことを確認して、声を潜めた。


「幽霊さんは神様を見たことはありますか?」


 神様というと、天の上におわしますというやつだろうか。後光が差してて、いや、これは仏様のイメージかもしれない。


 佐田さんは「こちらへ」と言って、私を隅の方へと誘う。見づらい所にベンチが置かれており、私達はそこに座った。こんな所に人は来ないと思うのだが、それでも何かに警戒し、佐田さんは周りに注意を向ける。


「何を気にしてらっしゃるんですか?」

「すみません。倉間がいないかどうか」

「倉間さんって、実証実験の時の金髪の方ですよね」

「はい、あいつに聞かれたらまずいんです。と言っても、何のことか分かりませんよね。説明します」


 かれこれ二週間程前のこと、お調子者で周りを賑やかす倉間さんが、放心したような顔で登校して来たのだと言う。


 佐田さんと倉間さんは学年も学科も同じで、一緒に授業を受けていることが多く、オカ研の中でも仲が良かったのだそうだ。様子のおかしい倉間さんに何があったのかと訊くが、彼は何でもないと答える。しかし、明らかに普段とは違う様子に、佐田さんは食い下がらず、何かやばいことが起きてるなら手を貸すし、取り敢えず訳を話してくれとしつこく迫った。


 根負けした倉間さんは、神様を見つけたと告白した。

 どういうことだと訊くも神様を見つけたんだとしか答えない。


 冗談か何かだと思った佐田さんは、それ程に喋りたくないのならこれ以上追及するのは止めにしておこうと思い、その時はそれで会話を終わらせたのだそうだ。


 その後も、倉間さんの様子はおかしく、放心状態からは脱したものの、やけにテンションが高かったり気前が良かったり、周りは然程気にしていないが、佐田さんの目から見ると、以前とはやはり何かが違う。変な宗教に毒されていないかと心配した彼は、倉間さんにその神様を自分にも見せて欲しいとお願いした。


 渋る倉間さんだったが、佐田さんが心から心配しているのだと分かり、事情を説明し始めた。


 神様を見つけたのは数日前、突然現れた。神様は何かを強要したりせず、ただ見守っているだけ。何も言葉を発しないが、自分を愛してくれていることが分かる。心配してくれているのはありがたいが、体調も何も問題ない。もし、それでも心配だと言うなら、ラッキーアイテムを手に入れて大事にしているだけとでも思ってくれ、と。


「その時はそうかと思ったんですが、家に帰って冷静になってみると、やっぱりおかしいなと思って。幽霊さんはそういった造詣が深い方とお見受けして、ご相談をさせて貰おうと思った訳です」

「いえ、私も知識なんて全然持ち合わせてませんので。況してや、神様なんて」


 見たこともない。

 何となくいるかもしれない、程度だ。


 八百万の神という言葉もあるくらいだ。私の知らない神様なんて数え切れないくらいいるだろうし、世界規模で見るなら更にその数は膨れ上がる。その土地に根ざし、文化の基礎にもなっているのが神であり、宗教だ。多種多様で計り知れず、私個人の手には余る。迂闊に語ることさえも畏れ多い。


「あの神は倉間のためだけにいます。彼を祝福し、愛している。そして、彼はそんな神様に心酔している。私はそう感じた。でも、そんな個人にのみに依存する神様は本当に存在するのでしょうか?」


 熱の入った言葉が、淀みなく佐田さんの口から次々と溢れ出る。


「私は彼が心配なんです。どんどん窶れていくんです。幽霊さんだって、痩せ過ぎだと思ったでしょう? 心配なんです、何かに騙されていやしないかと。どうか、彼と神を引き離す方法を一緒に考えてくれませんか」


 ぐいと手を掴まれる。

 その勢いに私は飲み込まれ、断りの言葉を口に出せなかった。





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