第14話 オカルト研究部

 午前中のことだった。


 今日の講義は一限と三から五限の予定で、ぽっかりと空いた二限の時間を、いつも私は校舎の中庭のベンチに座って、人の流れと木々の移ろいを眺める時間にしていた。授業が始まると、がやがやとした賑わいも途端に薄れ、一人の時間を過ごす人が多い静かな時間が訪れる。目線を少し上に上げると、紅葉にはまだ早く、青く茂る葉がさわさわと風に揺れている。午後からまた暑くなるらしいが、梢の隙間から注ぐ日差しは昼前故か幾分柔らかく、朗らかな陽気に私はうとうとと船を漕ぎ始めていた。


 土日は進めないと決めていたものの、やはり気になって、昨夜は結局レポートを進めていた。筆が乗ると言うのだろうか、ついつい深夜まで作業をしてしまい、些か寝不足気味だったことも、要因の一つだったろう。


 そんな時に、話し掛けられた。

 話し掛けて来たのは、男女の二人組。


「初めまして。私達はオカルト研究部です」


 咄嗟に反応出来ず、彼らの顔を見つめてしまった。

 一人は恰幅の良い男性で、爽やかな青いシャツを着ていた。もう一人は小柄な女性で、眼鏡を掛けている。

 反応のない私に、女性が怪訝そうに訊いてきた。


「幽霊さんですよね? いえ、こういう呼び方が良いのか分かりませんが」

「多分、私のことですね」

「嗚呼、良かった! 人違いだったらどうしようかと」

「えっと、どういったご用件でしょう?」

「実はご協力頂きたいことがあるのです」


 そう言うと、男性が鞄からホチキスで止められたプリントを取り出し、「こちらを」と言って、私に差し出した。表紙には「欅通りの歩道橋の呪いについて」と書かれている。

 受け取ったものの、対処に困っていると、女性が説明を始めた。


「私は笠間伊織かさまいおり。こっちの大きいのは井上良吾いのうえりょうごと言います。先程も申し上げた通り、我々はオカルト研究部に所属する者です。研究部とついてますが、要はオカルトを嗜む人が集まったサークルです。活動内容は、噂される迷信の謎を解き明かしたりですとか、心霊スポットに行って実地踏査したりしてます」

「はあ」

「今回、そちらのレジュメにある謎を解き明かそうとしているんです」

「欅通りの歩道橋の呪い……?」

「はい。うちの大学の直ぐ近くにある通りの歩道橋なんですが、ご存知ですか?」

「知ってます。通ったこともあります」

「そうなんですね。今回、こちらに呪いの噂が出ていまして、オカルト研究部としては何としても真偽を確かめたいのです」


 欅通りは大学の傍にある、名前の通り欅並木の道だ。約一キロにわたって、欅が約百本植えられているという。紅葉の季節には態々見に来る人がいる程、美しく色づく。


 歩道橋は並木道の始まりにあるものだ。通学路ではないので、あまり使ったことはないが、如月と外に食べに行った時に何度か通ったことがある。その時は特におかしなことはなかったと思う。


「こちらをご覧ください」


 笠間さんがレジュメを一枚捲る。

 写真も交えながら、呪いの内容について書かれている。


「内容は簡潔です。階段の二段目を踏むと呪われるというものです」

「呪いとは?」

「もう一度、歩道橋を通った時に階段から突き落とされます」

「物理的ですね。でも、二段目なんて皆踏んでるものではありませんか?」

「そうなんです。そこが分からないんです。噂として出ているのは、二段目を踏むと呪われるということだけ。誰しもが条件を満たしているのに、呪いが発動するのは限られている。だから、我々は他にも条件があると考えました。でも、その条件が何かが分からないんです」


 読めてきた。偽美香さんと同じことだ。


「我々の調査では、幽霊さんには霊感があるらしいことを掴んでいます。そこで、是非とも調査にご協力を……」

「嫌ですね」

「はっきりしてますね!」


 先日、それで森田さんに追い回されたのだ。あの一件はそうそう滅多にある事例ではないが、楽號の発言もある以上、厄介ごとはなるべく遠ざけておきたい。


「そこまではっきり仰られる理由って教えて貰えますか?」

「以前、ちょっとそれで嫌な目にあったので」

「そうでしたか。そうとは知らず、申し訳ありません。ご不快でしたでしょう」

「いえ、貴方達に何かされたとかではないので、謝らないでください。此方こそすみません」

「この件には既に被害者が出ています。というのも、我々がこの呪いの噂について知ったのも、その被害者の方から偶然お話を聞かせて貰ったからです。そして、他にも何人か被害に遭われた人がいると。これが心霊であろうとそうでなかろうと、我々は階段から突き落とすものの正体を確かめたいと思います。被害を食い止めるために」


 真剣な眼差しの笠間さんの言葉に、井上さんも力強く頷く。


 私は申し訳ない気持ちになった。碌に知りもしないで、彼等がただの徒らな好奇心だけで活動していると決め付けていた。彼等にも彼等なりの正義感があって行動しているのだろう。


 もし、階段が突き落とされるという現象が、誰かの手によって行われているとしたら、調査をする目があれば犯人への抑止力になるだろうし、現行犯を捕らえられたら、その後の被害もなくなる。人の手ではなく、様々な条件が合わさって起こる事故であれば、その条件を突き止め、注意喚起を行えれば、同じく被害者が減るかもしれない。


「もし、幽霊さんの気が変わられたら、此方にご連絡ください」


 笠間さんは最後にレジュメの最後に書かれたアドレスを指差すと、にこりと控えめに笑った。


「いきなり不躾に話し掛けて申し訳ありませんでした。ご連絡がなければ、我々からこれ以上勧誘などをすることはないので、ご安心ください。それでは、失礼致します」

「失礼しやっす!」


 丁寧な挨拶と威勢の良い挨拶とが重なる。私は一緒に頭を下げながら、彼等を見送る。不思議なコンビだったが、妙にしっくりくるバランスだった。


 息を吐き出す。失礼な態度を取ってしまったと自省する。警戒心は持ってて良いが、それを非のない他人にまで押し付けてはならなかった。

 私は手元に残ったレジュメに目を落とした。Wordで作ったのだろうか。



「欅通りの歩道橋の呪いについて」


 欅通りの歩道橋の二段目を踏むと呪われ、もう一度踏むと階段から突き落とされるという噂が発生している。噂の出所は近くの高校の生徒達で、聞き取り調査をすると、昔から学校内にある噂で、最近になってよく聞くようになったとのことだった。

 恐らく、噂が広がったのは、同じ高校の生徒に被害者が出たからだと思われる。

 被害に遭った高校生については、周囲からの証言を集めた。実際に被害に遭った二名からは当時の状況の情報を本人から得られた。



 高校生からの聞き取り調査(原文ママ)

「その歩道橋の階段の下から二段目をね、踏んだら駄目なんだって。

 階段からね、突き落とされた人がいたんだって。一番上から。

 その人は友達と帰ってる途中でその友達に突き落とされたのね。それで、その人は途中で止まったんだけど、動けなかったのね。吃驚だろうし、それに多分骨とか折れてたんじゃないかな。

 でね、何とかその人は階段の上の方を見たの、友達に突き飛ばされたなんて信じられないし。でも、顔が見えなかったんだって。夜だったし、下から見上げた形だと、月の明かりとかあっても逆光で見えないでしょ? でも、それを含んでも、真っ暗で異様だったんだって。

 そして、その犯人は一段一段ゆっくり時間を掛けながら降りてくるんだって。その人は顔を思い出そうと、よく考えてみたんだけど、自分は友達と一緒に帰ってるつもりだったけど、変な話、実は相手の名前も顔もわからなかったのね。その人は怖くて逃げようとしたんだって。転がるようにして、逃げようとしたんだけど、いつの間にか追いつかれてて、結局、そいつに刃物で滅多刺しにされて死んじゃったんだって。その死んだ場所が、下から二段目。だから、そこを踏むと、その人が怒って呪うんだって」



 事象例

 ・Uさん 十七歳

 五月中旬。該当箇所には通学で利用。事故当日も通常通りに歩道橋を利用。深夜、家に帰る際に突き落とされる。目撃した近所の人によって、病院へ運ばれる。頭を打ったが、検査の結果、脳震盪と分かり一日入院した後に退院。今は学校に通っている。

 通報した近所の方を特定。話を伺うと、周囲に人はなく静かだったとのことだった。


 ・Mさん 二十一歳

 六月十二日。該当箇所は通学に利用。事故当日も通学で利用し、二段目を踏んだ時に嫌な予感がしたと発言。夕方、帰宅途中、階段を降りている最中に背後から押され転落。幸い軽症で、直ぐに背後を確認したが、周りには誰もおらず、走って去って行くような音もしなかったが、誰かがいたような気がしたという。


 ・Iさん 二十三歳

 七月十七日。該当箇所は通勤で利用。事故当日、歩道橋を利用。二段目を踏んだ際に視線を感じたが、周囲には通勤通学の人が何人かおり、視線の主の特定は出来なかった。深夜、居酒屋でのバイトが終わり、帰宅する際に階段から突き落とされる。周囲は暗く、人影は見えなかった。しかし、誰かと一緒に帰ってる途中だった気がしたという。足の骨を折る重傷を負ったものの、無事に全癒。



 共通点

 上記の事象から分かることは、被害者は朝、歩道橋を利用際に違和感を覚えたこと、また、その帰りに階段から突き落とされるということだ。

 違和感を覚えたのは二段目を踏んだ時であると、二人とも歩道橋の噂を知っており、二段目を意識していたので間違いないと発言している。


 突き落として来た人物について、それ程力が強くなかった、押して来た位置の高さが子供のようだったとある。また、周囲に人影がないにも関わらず、何かの気配を感じていたというのも共通する条件であると言える。Iさんのケースでは、身近な誰かと思い込んでいたことから、認識に干渉する力もあるのではないかと考えられる。


 Uさんは特定が出来ておらず、取材が出来ていないため、ここに載っている情報は同じ高校の生徒から得た情報になる。より情報を集め、判明次第取材するつもりだ。



 実地踏査

 九月から、時間のある者が朝と夕に観察しに行っている。

 噂を知らない大人や小学生は二段目を踏んでおり、噂が広がっている中高校生の中には気にして一段飛ばしする者、気にせず踏んでいく者とがいる。

 実地踏査を開始してからは、被害者は出ておらず、一度被害に遭った人達も二段目を抜かして、歩道橋を利用するか、近くの横断歩道などを利用しているようだ。



 まとめ

 呪いが発動する条件は、二段目を踏むことが条件の一つであることは、間違いないだろう。しかし、利用者は日に百人を優に超えており、それだけが条件であるとは言えない。現状、更なる被害者は出て来ていないが、早急に情報を集めて、対策をしなければならない。警察はただの別件の単独事故だと考えているようだ。止める者が必要だ。



 読み終わった頃、チャイムの音が鳴る。

 私はレジュメをクリアファイルに挟んで、ベンチから立つ。


 いつもなら、授業が終わる数分前に食堂に行って席を取っておくのだが、つい読み耽ってしまった。急いで取らないと、如月が私を永遠に探し回ってしまう。


 足早に中庭を横切り、食堂へと向かった。





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