第10話 悶着の乱入者
「肝試し? 何のこと?」
翌日、
彼女は冗談ではなく真面目な顔で、本気で私達の話すことが何の話なのか分かっていないようだった。
スマホで何かしらを確認してから、私達に向き合う。
「そんな予定入ってないし、頼んだ覚えもないし、更に付け足すなら、あたし心霊とか駄目な人だから、頼まれたっていかないと思う。だから、悪いけど、人違いなんじゃない?」
そう言われて、私は返す言葉が直ぐに思い付かなかった。
「嗚呼、そうだな。私達が勘違いしていたのかもしれない。変な話をしてすまない、美香」
「いいよー、気にしてないし。あたし、授業だからもう行くねー」
「はーい」
去っていく後ろ姿を見送りながら、如月が小声で「どういうことだ?」と訊いてくる。
「私が訊きたい。美香さんは頼んでなかったってことか? 演技とかじゃなく、本当に知らない様子だった」
「と、なると、私達が昨日話した美香は美香じゃなかったということになるな。……そんなことあるのか?」
自分で言っておいて、頭が疑問符だらけになったらしく、如月の眉が険しくなる。
美香さんとは一度会っている筈だが、今話した時に彼女サイドは初対面の状態に戻っていた。状況の凡ゆる要素から、依頼をしてきたのは美香さんの振りをした誰かであると告げている。しかし、現実的そのようなことはあり得るのか。私は兎も角、如月と美香さんは会ったら挨拶を交わすような間柄だ。顔が似ている人は世の中に三人いるらしいが、それは滅多にない事例で、普段から挨拶をしている人間の顔を、しかも会話もしたのに見間違えることはあるのだろうか。変装と言っても、スパイ映画のようにはなるまい。顔だけでなく、口調も似ていたのだ。
「なあ、誰に言われて此処に来たんだ?」
あそこが誰かの手で作られた場で、中に入るのには条件がある中で、私達を入れようとしていた人物。それこそが、黒幕だと張っていたのだが、これでは追求は不可能だろう。
これ以上のことは、楽號の調査に頼るしかない。
「楽號さんは何と言ってたんだ? あの時、危ないからって直ぐに帰されたから、全然話せなかったんだ」
「うーん、多分、あの学校は誰かの手によって作られたものじゃないかって」
「意図的に私達を、というか君か。君を招いたと」
「そこはまだ分かんないけど」
「なあ、楽號さんと話したいんだが、どうやったら会える?」
「なら、今夜うちにおいでよ。多分、夜には帰って来るから」
「そんないきなりいいのか? お礼も言いそびれてて、早く会いたいからこちらとしては有り難いんだが」
「特に問題ないよ」
如月が小さくガッツポーズをする。
私は楽號に連絡しようとして、連絡手段がないことに気付いた。
──────────────────
「ただいま」
「お邪魔します」
思った通り、鍵は閉まってなかった。これについては、今朝閉め忘れただけなので、特段問題はない。
しかし、部屋の電気がついていなかった。壁のスイッチを操作し、蛍光灯で部屋を照らすと、誰もいなかった。
「いないな」
「おやおや」
如月が明らかにがっかりする。不可抗力とは言え、悪いことをした。
小学校の調査にでも行ったのだろうか。
取り敢えず、上がりなよと言って、如月を部屋に上げる。ダイニングのちゃぶ台の上に、紙が置いてある。そこには汚い字で何か書いてあった。
「置き手紙か?」
如月が覗き込み、読み上げた。
「えーと、荷物を取りに行って来る。遅くなるかもしれないから、夕飯は先に食べろ。冷蔵庫にハンバーグ、鍋に味噌汁があるから、温めて食べろ、か。楽號さんはあなたのお母さんか?」
「そうではないけど、そうとしか見えないね。ご飯炊けるの十九時だって」
「炊飯器をチェックするな。そんなに食い意地張っていたか? 私みたいだぞ」
大食いというだけで、食い意地が張ってるとは思っていなかったが、よくよく思い返せば、限定メニューであったり、サービスがあると飛び付いていた。
空気がこもっていたので、間仕切り戸と窓を開ける。涼やかな秋の風が優しく部屋へと運び込まれる。
過ぎてしまえば、夏も名残惜しく思える。
仕送りにも限界があり、クーラーは本当にギリギリの時にしか使わないので、夏は大変だった。猛暑日も熱帯夜も嫌いだ。
だから、最近の気候が有難い。元々、秋も好きだった。お米が美味しいからだ。
「折角来たのだし、暫くお邪魔させて貰うよ。親交を深めるためにトランプを持って来たんだ。神経衰弱でもしないか」
「いいね。久しぶりだ」
トランプを広げるために、ちゃぶ台を隅に寄せる。小さくて全部収まらなかったのだ。
如月は、帰りに寄ったコンビニで買ったレモンハイを開けた。私は残念なことに未成年なので、大人しくパックのジュースを買った。
実は如月は私より二年上で、現在三年生だ。
カードをめくったり、凡ミスをしたり、神経衰弱は存外盛り上がった。白熱している内に時間は一時間程経っていた。
「へぇ。叔父さんに訊きに行くのか」
「いつでも来いと言われてね。ちょっとレポートの宿題があるから再来週ぐらいに行こうかと」
スペードのジャックを探しながら、今後の方針について話していると、如月が手を挙げた。
「はい、如月さん」
「先生、私も行きたいです」
「え、何で」
「私も気になるからです。あなたのルーツがどういったものなのか」
一人増えた所で特に問題はない。寧ろ、私に友達が出来た証拠そのものなので、叔父達は喜ぶだろう。
「私は幽霊を認めていないが、あなたの話はいつも実体験らしいリアルさがある。偶に、本当にいるのではないか、と思わされる。例えそれの正体が枯れ尾花だとしても、幽霊を捉える感覚について知りたいんだ。もし、あなたのルーツがその感覚を生み出したのなら、それを知ることで私もその感覚に近付けるのではないか、あなたをより深く知れるのではないかと思った」
「それって、こいつのことをサンプルとして見てるってこと?」
玄関から声が掛けられる。楽號だ。その手には大きな旅行鞄がある。
「楽號、早かったね」
「そんなことより、こいつの話」
楽號が如月を指差す。戸惑った様子の如月が、歯切れ悪く答える。
「私は、そういうつもりで言った訳じゃない。ただ知りたいだけだ、幽霊も死の世界も本当にあるのか。脳の誤認ではなく、確かにそこにあるものなのか。だが、興味本位であるのは確かだ。人のルーツを暴いてまでやることじゃないかもしれない。それは謝る」
「それ、確認する必要あるの?」
「私には見えないから、見えてる人を調査すれば、少しでも分かるかと」
楽號の灰色の目が細められる。
「君、本当はもう知ってるだろ」
「え?」
「だって、君の目は僕のことも幽霊も映してる。肝試しの時から。君はとっくにあの世の存在を認識してる。ただ、君の自我がそれを認めていないだけだ」
そこで私は気付いた。普通の人には、楽號の姿も声も届かない。なのに、如月は自然と受け答えをしている。
如月を見る。
真っ青な顔をしていた。
「私は」
「君、見えてるからこそ、それを否定したかったんだろ。こんなのが正しい世界の訳がないって。酷い話だ。こいつの心霊話、全部本当だと知ってながら否定してたんだから。肝試しの時も聞こえてたんじゃないのか? よく友達なんて面出来るよな。自分の理想の世界を確かめるための、都合の良い駒扱いしてたってことだろ。そんな話は有り得ない、認められないと言って、自分に言い聞かせていたんだろ。小学校の件も、最後に走らなかったのは予感してたからだろ、此処から先はやばいって」
「やめろ、楽號!」
俯く如月に言葉を続け様に投げ付ける楽號を制止する。こちらを見た楽號の目には、微かに怒りが篭っていた。その理由を知らない私の手が一瞬止まる。だが、彼のズボンの裾を掴む。
「やめてください。私にとって彼女は友達なんです。だから」
「やめてくれ!」
如月が一際大きな声を出した。
「やめてくれ、同情しないでくれ。私はあなたを対等な人として見ていなかったんだ。今、気付いた。今更、気付いた。利用してたんだ。あんなに偉そうに多様性を話しておきながら、私は、私は……」
泣きそうな如月の目を見る。目が合った途端に、如月は顔を歪めて、立ち上がった。傍に置いていた大きな黒いリュックサックを持って、家の外へ飛び出して行った。
部屋の中に静寂が舞い降りる。
外から、カンカンと階段を降りて行く音が微かに聞こえた。
「何であんなこと言ったんです!」
「君が怒らないからだ」
「そんなもの……。大切な友達なんですよ!」
「友達なら、尚更指摘しなきゃ駄目だろ。サンプルとしての友達なんて最悪だ。一から十まで否定してくる友人も最低だ。対等であるのが一番って決まりはないけど、隠し事をして、君の話を全部嘘だと、勘違いだと思っているような奴と何を築くんだよ」
「彼女は、彼女は確かに隠し事をしていた。けれど、それは些細なものでしょう? 私は、彼女の幽霊を認めないけど、それを見る目そのものは否定しない在り方に安らぎを覚えてたんです。何で、何で、全部ぶっ壊しちゃったんですか!」
肩を掴むが、楽號に動じた様子はない。ゾッとする程に冷めた目で私を見ている。
「そんなに手放したくないならさ、追い掛けなよ。追い掛けて、全部忘れましょうって言って来いよ」
「そうしますよ」
乱暴に彼を突き飛ばして、私は靴を履く。
「でも、暴かれた以上、そうなる前には戻れないよ。忘れろと言って忘れられる訳がないんだから」
「お生憎様、私は忘れろと言われて両親を忘れた人間なので!」
がしゃんと玄関扉を閉めて、外へ走り出す。
今日の如月はヒールだったし、お酒も飲んでいたから、あまり遠くには行けない筈だ。また、行くとしたら、自宅に戻るために駅を目指すだろう。
私は行きに如月を案内した道を通って、如月を探した。
彼女は直ぐに見付かった。オーラが溢れていて、遠目でも彼女だと分かったのだ。
急いで駆け寄り、呼び掛ける。
「待ってくれ、如月! 待って。話がしたい」
肩を掴むと、彼女がゆっくりと振り向いた。泣いていた。
「私と話しても、あなたが傷付くだけだ。私は隠し事をして、嘘を吐いていたんだから」
「そんなの、誰にだって言いたくないことはあるだろう! 如月にとってはそれだった。なのに、私達は暴いてしまった。ごめん。あいつの分も謝る」
私が頭を下げると、如月は目を伏せて、斜めの方に視線を向けた。
「悪いのは私だから謝るな。死神の言葉は正論だ。私の脆弱な在り方が如何に間違っているか、よく思い知ることが出来た。逆に感謝しているくらいだよ」
頭を上げても、もう目が合わなくなってしまった。
しんとした空気が見えない壁として私達の間にある。それはとても冷たく重たく、軽く吐いた息などでは吹き飛ばない。
「でも、如月はいつか言ってくれたろう。人の数だけ、見えている世界はあって良いって。あれ、嬉しかったんだ。如月も見えている世界が人と違っていたから、そう思ったのかもしれないけど、私はいつもおかしな奴と言われるから、認めて貰えたみたいで嬉しかったんだ」
「……」
「嬉しかったんだよ。あと、毎日一緒にランチするのも、楽しかった。如月にとってどうだったかは分からないけど、私は、心霊関連の誰にも話せないことを話せる相手はとても大事だった。それに、貴方との会話は楽しかった。色んな見解を聞いたり、くだらない話をしたり、お説教されたりしたことも楽しかったんだよ、本当に。だから、こんな所で終わらせたくない……」
如月は黙っている。斜め下をずっと見ている。
私の心に諦めが僅かに滲み出す。嫌だ。こんな所で、こんなことで絶交なんて嫌だ。
例え、隠し事をされていたとしても、本当に楽しかったんだ。毎日のランチが楽しみだったんだ。それは変えられない事実だ。
如月が顔を上げて、私を見た。いや、驚いた顔で私の後ろを見上げている。
ぞわりと悪寒がした。
つられて振り向くと、大きく黒い何かがいた。適当にくっつけた肉塊と言った感じだが、それの中心部には顔があった。それぞれのパーツの位置がバラバラになった顔だ。
それは私に向かって腕のような物を伸ばそうとしていた。
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