第10話 魔族


「クケケケケ! ようやく見つけましたよォ、魔王様……!」


魔族――カラス頭のバケモノは、空中で逆さになったまま、そう告げる。

羽がないのに浮いているのが、余計に不気味さを感じさせる。

魔王様……なんのことを言っているのだろう。

とにかく、こいつは危険だ。


「リコ、逃げて!」


「トン! でも……!」


「いいから! 行くんだ!」


僕が声を荒げると、リコは名残惜しそうに、ゆっくりと距離をとった。

いい子だ……。

あとは僕が、できるだけ時間を稼ぐ。


「ほぅ!? 私と戦うおつもりですか!? よろしいでしょう。まだ目覚めて不完全な状態でしょうが、そのお力、試させてもらいましょう!」


「っく……」


カラスの大きな目で見つめられるたびに、身体が縮み上がりそうだ。

まるで全身を丸裸にされたような、そんな感覚。

体中を湿気が覆っているようで、とても気持ち悪い。

だけど、逃げる訳にはいかないんだ!


リコを――守る!


「《アイテムボックス》!」


《アイテムボックスを開きます》


「【龍殺しの剣】を取り出してくれ!」


《了承。【龍殺しの剣】を実体化》


僕は牢屋に入れられる前に、戦利品をアイテムボックスにしまっておいた。

ダンジョンの隠し扉で見つけた【龍殺しの剣】――それが今ここで役に立つなんて……。

龍をも切り裂く剣なれば、魔族さえも討ち取ってみせよう――!


「ほう……アイテムボックスに【龍殺しの剣】ですか。さすがは魔王様のたる器。人間のくせになかなかやりますねぇ……!」


魔王の入れ物だと!?

この僕に向かって言ってるのか……?

カラス頭――クロウヘッドの言っていることが、何一つわからない。

だけどこいつが、倒すべきだってことだけは確かだ!


「うおおおおおおおおおお!」


僕は《第六感》に従って、剣を振る。

なぜか今の僕には、どこに剣を当てればいいのかが、直観的にわかった。

どう動けば効率よく剣を扱えるのかも――!


「キョホホ! なかなかいい動きです。魔王様の器としての第一段階、とりあえずは合格です。だが……! そんななまくら武器が通用すると思っているようでは甘い!」


「え……?」


――――キン!


なんとクロウヘッドの身体に当たるやいなや、【龍殺しの剣】は簡単に折れてしまった。


「私をただの魔族と思ったら大間違い。クロウヘッド――魔王様をお迎えに来た特別な眷属。龍なんかとは比べ物にならないほどの高位存在ですよ? オホホホホホ!」


「そんな……」


龍、よりも強いだって……!?

そんなの、ありえない。

ただの魔族でさえ、僕たち人間では逆立ちしたって勝てないほどの強敵なんだ。

それで、よりも強い!?


龍はすべての生き物の中で一番賢く、魔力量も桁違いに多い存在だ。

そんな龍よりも強いものがいるならば――それはもはや生物とすら呼べない。

いったいこいつは何者なんだ?


「さぁ、観念してその身体を魔王様にお譲りなさい! そうですねぇ……あなたを一度殺せば、身体の主導権が移るでしょうかねぇ? 試してみましょう! クケケッ!」


勝手なことを言いやがって……。

僕にはまだ、魔法という手段があるんだ!

さっき覚えたばかりだけど。

取れる手段は全部試してみるしかない!


「くらえ! 《Lv1ファイア!》」


「ふん、ききません」


「クソ……《Lv1ファイアウォール!》」


「へでもない」


「《Lv1サンダー》!」


「あれ? いま私になにかしました?」


「《Lv1サンダーショット》」


「あらあら……へなちょこな魔法ですねぇ……」


「これならどうだ! 《Lv1アイス》」


「あら涼しい」


「《Lv1アイスバーン》」


「もう終わりですか……? クケケ」


だめだ、どの魔法も全然効かない。

これで僕にとれる手段は全部だしきった。

僕は、こいつに何もできないのか……?

ここで、死ぬしかないのか?


「おやおや、絶望の表情を浮かべて。かわいそうですねぇ。ですがあなたは元々そういう運命なのです」


「は……?」


「あなたは魔王様の入れ物でしかないのです。恨むなら、あなたに魔王様を封印した勇者を恨むのですな! クキョキョキョ!」


「ど、どういうことだ……?」


勇者が僕に、魔王を封印……?

だめだ、理解が全然追いつかない。

今はそれどころじゃないのに!


「なにも知らないのですか? でしたら冥途の土産に教えて差し上げましょうクケケ。この村、なにか変だとは思いませんでしたか? あ、思いませんよね。ここしか知らないのですから……」


「何を知ってる!」


この村に秘密……?

ただの平凡な、田舎の村の一つに過ぎないと思っていたけど。


「あなたの身体には魔王様が封印されています。大人たちはそれを我々魔族から隠すために、この村を用意し、結界を張ったんですよォ!? そのせいで見つけるのには大変苦労しました、えぇ。クロウだけに! クッケッケケケケケ!」


それが本当だとするなら……僕が虐められていたのって……。

僕が、魔王の入れ物だから……?


「さあもうお喋りはいいでしょう。オネンネの時間ですよォ!? 死ねごらあぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ! 魔王様を返すのです! キェェエエエエエエ!」


クロウヘッドは発狂し、そのまま僕のもとへ突っ込んできた。


「うわ……!」


僕の頭が、


「――え?」


そのまま僕の頭蓋は、空中へと連れ去られる。

なぜ、生きているのかもわからぬまま。


《パッシブスキル『聖母の加護』により即死ダメージを回避。あと数秒、生きられます》


シスが――システムメッセージが何か言っている。

だけどもう、僕にはその内容を理解するだけの精神力が残されてなかった。

僕は今、首から下がないのだ。

それか、首から上がないのか――。


「あるぇ!? おっかしいですねぇ……。人間は生首を捥いだら死ぬと聞いていましたが……? さすがは魔王様の入れ物。頑丈に出来てるんですねぇ。さっさと死ねゴルァ! クケッ!」


クロウヘッドは、僕の頭をくちばしでつつき始めた。

痛い。

痛い。

痛い――。


僕は許せない。

この痛みを絶対に忘れない。


心残りがあるとすれば、リコのことだ。

無事に逃げられただろうか……。


来世でも一緒だといいな。

そんなことを考えながら、僕は



意識が暗闇へと沈んでいく――――。



深く、深く。


いち。


に。







《システムメッセージ――》







《――パッシブスキル『聖母の加護』により、前回のセーブ地点から復活しました》



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