第7話 俺の母校
道端で拾った石ころが宝物だったあの頃…
なんでも輝いてた。目につくもの全部。私の宝箱はいつもいっぱいで、新しい宝物が見つかる度に入れ替えてた。
宝物はいっぱいでも私の宝箱は小さくて、古いものはどんどん捨てた。
拾った時はキラキラ輝いてた宝物たちも、目移りした瞬間にただの石ころになっちゃう。
いつからだろう…
道端の石ころが、河川敷の花が、教室で拾った誰かの色鉛筆が、宝物じゃなくなったのって……
空っぽになった私の宝箱……
でも、とびきりのお宝を見つけたの。
お宝は道端の石ころと変わらないけど、私の目にはキラキラ輝いてたから…
あの時大切にしまったはずの石ころが…
黒い水晶みたいなお目目に、女の子みたいな羽田に、しっとり濡れたみたいに色香を放つ髪の毛にーー
空っぽの宝箱をそれひとつで満たしてくれるお宝を……
私は待ってたの……
********************
施設を出た。
入り口で待っていた藤城に久しぶりと挨拶をして、並んで歩き出す。少し行った先の駐車場で彼の車に乗り込んだ。
「お仕事、見つかったんですか。」
「はい。住み込みの…なんで今日から引っ越します。つっても、荷物ないけど…」
俺が言うと藤城は笑った。
「良かった。落ち着いたら連絡ください。」
「そんな遠くに行きません。市内なんで。」
「そうでしたか…」
「そうだ…荷物で思い出したけど、藤城さん。俺の当時の持ち物って…」
「現場で発見されたのは通学鞄と携帯電話くらいです。携帯は水没して使い物にならなくなってすが…そうですね。お返ししましょうね。」
「壊れてますか…」
「データの復元はできてます。それもお渡ししますね。」
「他は?」
「ご自宅のものは多分処分されてしまって残ってないかと。」
車に揺られること20分。藤城の車は港中央総合病院の駐車場に入っていた。
今日は定期検査の日だったので、こうして藤城が連れて行ってくれたのだ。
彼を車に待たせて病院に入る。
港中央総合病院は北桜路市で一番大きな病院らしい。個人経営の病院と聞いているが、公立と言っても十分通用しそうな規模だ。
「ーーうん、特に問題はなさそうだね。」
診察室で如月医師の検査結果を俺はぼんやり聞いていた。
退院後も問題なく日常生活を送れているので、特に心配はしてなかったけど…
「記憶の方はどうかな?なにか思い出したかい?」
「……いや。」
「ふむ…脳への異常も認められない、ゆっくり様子を見る他ないだろうね。」
如月医師によれば、記憶障害の原因の多くは心因性ーーつまりは精神的要因の場合が多いとのこと。俺の場合、脳への異常はないのでそれしか考えられないらしい。
精神的要因……心的外傷や過度のストレス。
俺の場合自殺しようとした動機が深く関わっているということだろうか。
『大抵の場合は時間の経過と共に記憶も戻っていくから、なんにも焦ることはないんだよ。」
如月医師は優しく俺にそう言葉をかけてくれた。ただ、その言葉が俺にとってどれくらいの気休めになったかは分からない。
ーー良かったですね。死にたくなるようなこと、全部忘れられて。
ーーこれで生きていけますね。
白鳥の言葉が頭を過った。
そうなのかもしれない…
忘れてしまったのは、忘れてしまいたいって願ったからなのかもしれない。
忘れたい程、生きていけない程辛かったのかもしれない。
俺の過去になにがあったんだろう…
********************
如月医師からの申し訳程度の催眠療法も効果はなく、結局空っぽな頭のまま俺は病院を後にした。
そのあと藤城の車で港中央区から桜区まで向かった。
藤城の職場である桜署までは車を飛ばして15分弱。
その間彼は世間話代わりに自分も母子家庭で苦労したことや、妹の進学費用で大変なこと、母親が認知症を患っていることなどを話してくれた。
彼は務めて明るい調子で語って聞かせていたけど、その語気はどこか覇気がなかった。
俺は周りとの繋がりが絶たれてしまったけど、繋がりがあるならあるでしがらみも多いんだろう…
先日訪れたばかりの桜区も、昼と夜では全く様相が異なった。
最も栄えた港中央区のすぐ隣ということもあるんだろうか。
桜区は市内の学校が集中していて、その他にも会社やショッピングモールも桜区から港中央区にかけて広がってるらしい。学校が多いこともあってここは市内の若者の集まる場所なんだとか。
「だから大変ですよ。少年課は特にね。」
藤城はそんなふうに冗談めかして笑ってた。
桜署は敷地内に大きな桜の木が植ってて、建物自体も新そうだ。署のど真ん中に鎮座するシンボルマークも相まって威厳に溢れた佇まい。
そういえば警察のマークって桜なんだろうか…?
一階の窓口で俺は藤城を待っていた。ここに来たのは退院後すぐの事情聴取以来だった。
最初にここで事情聴取された時、『自殺教唆罪』に問われる可能性があると言われた時は本気で怖かった。
結局俺の記憶もなく、現場で見つかった彼女の遺留品だけでは、俺の自殺未遂と関わっているかもはっきりしない上、本人の行方もいまだ不明ということで、とりあえずすぐに開放された。
そもそも、実際のところ、俺が本当に自殺をしようとしたのかも分からないわけだ。
…まぁ、色んな疑いが晴れたわけじゃない。だからこそ、藤城の優しさが少し気味悪い。
受付前の長椅子でぼうっとしてたらしばらくして藤城が来た。
手には透明なビニールが提げられていて、ひとつは大きな濃紺のカバンだった。
「お待たせしました。こちらが現場で押収した者です。お返しします。」
カバンの方は通学カバンだろうか…酷く汚れてる。それと別にカバンの中身と思われるくしゃくしゃの教科書が数冊。
そして一番大事な携帯電話を受け取った。
「こちらが復元した携帯のデータです。」
別で渡されたUSBメモリ。こちらが重要だった。そう、携帯はどうでもいい。
こいつには期待していた。中に俺の記憶を戻すきっかけになるものが入ってるんじゃないだろうかと…
「助かります。」
俺は藤城に頭を下げて署を後にした。
玄関まで見送ってくれた藤城に再度頭を下げて背を向ける。署の敷居を跨いだ途端に胸がすとんと軽くなった気がした。
警察署っていうのは、なにもしてなくても居心地が悪い。
……なにもしてないのかは、分からないけど。
分からないからこそ、このメモリの中身を覗くのが少し怖かった。
未知というのはいつだって足を竦ませる。まして、自身の過去が明るいものだったという気がしないから、尚更…
「未知か……」
自分のことだって言うのに、大仰なことだ。俺は小さく笑ってた。
今日はここ最近では一番暖かい。よく晴れて日差しも気持ちよかった。
昨日までより足取りが軽いのは、帰る家があるからだろうかーー
********************
折角桜区に来たのだからと俺は駅までやってきた。
駅前のタクシー乗り場で、暇を持て余してるタクシー運転手から目的の所在地を訊く。
俺は母校、愛染高校に行こうとしていた。
「
「すぐだよ。こん道ずーっとまっすぐ行ったら見えてくる。」
「まっすぐですか。」
「んだ。」
「ありがとうございます。」
道を尋ねて言われた通りにずっとまっすぐ進んでいく。駅からは坂のようになっていて色んな店の並ぶ通りを登っていく。
おじちゃんが言った通り目的の場所はすぐに分かった。駅から歩いて15分くらいだ。
大通りの向かい側に、広大な敷地を囲った塀があり、正門前に愛染高等学校の看板があった。
正門の奥には立派な校舎が建っていて、後ろから少し見えるのは体育館の屋根だろうか。
横に回るとネットが張ってあってグラウンドが見えた。そこでは野球部かなにかが泥だらけになりながら練習している。
調べたところこの学校は野球部と吹奏楽部が有名らしい。特に吹奏楽部は全国のなんとかとか言うコンクールの常連だとか。
「……」
しばらくそこから坊主頭の学生たちの練習風景を眺めてた。
記憶とは関係ない、懐かしさみたいのが込み上げてきた。学校特有の匂いみたいなものを感じてた。
青空に向かって佇む白い校舎を仰ぎ見る。陽光を反射する白亜の壁は、土煙を上げてグラウンドを駆ける少年たちを見守っている。若人の青春を守る城塞ーー
「……あの辺だった。」
高くそびえる校舎の3階ら辺の窓を見つめる。
もう少し近いところからあの窓を眺めてた…気がする。
なにか刺激されるものがあったのかもしれない。同時に少しだけ怖くなった。
じっと敷地のそばで突っ立ってたら、練習中の生徒の何人かが怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
俺は慌てて顔を俯け背中を向けて歩き出した。余計不審だ。
学校から数メートル離れたところに、昔ながらといった感じの文具屋があった。看板の文字もかすれて結構昔からありそうな年季の入った店だ。
「いらっしゃい。」
入店すると気の良さそうなおばあちゃんが出迎えてくれた。
特に用はなかったけど、店内を物色して適当なボールペンをレジに持っていく。
「おばあちゃん、この先の高校で2年前放火があったの知ってる?」
「んん?知ってるさぁ。大騒ぎだったんだもんなぁ。ひでぇことするだぁ。火ぃつけた馬鹿、いっつもその辺の駐車場にたむろしてぇ。」
「へぇ…」
「何人死んだだ?ぁの馬鹿どもがぁ。火ぃつけた奴も死んじまったけどなぁ。」
「…学校の生徒だったんでしょ?」
「そこまでは知らんが……ああ、そういや同じ制服着とったわ。愛染さんはうちのお得意さんやけんな。よぅ知っとるけ。」
「…そっか、ありがと。」
「どしたん?なんで2年前の話なんか聞くんだ?」
「妹がさ、来年受験で…ただ昔怖い事件あったって聞いたからね…」
「いい学校だよぉ?生徒さんも行儀よくてぇ。受験がんばってぇな?」
「ありがとう。」
店を出てちょっと歩くと、おばあちゃんの言っていた駐車場があった。
不良がたむろしてるなんてことはなく、誰もいないただの月極駐車場だ。
なんとなく敷地に入ってアスファルトを踏む。
駐車場から外の景色を眺めたけど、そこから望める景色は空と屋根ばかりの狭くて退屈なものだった。
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