第7話 恋愛相談


れんっ」

「なんだよ涼太りょうた。朝から騒がしいな」

「お前なあ……ちょっと耳貸せ」


 本倉とあった翌日、金曜日の朝。

 登校するなり詰め寄って来た涼太が、耳元に口を寄せて周囲に聞こえないような声量で、


「……うわさになってんぞ、お前。昨日の放課後、図書室で『雪白姫』と会ってたろ」


 そう言って、涼太は離れて神妙しんみょうな顔をする。


 道理で、来てから俺の方を見てヒソヒソ話してる人が多いと思った。

 俺としてはやましいことなど何一つないから痛む懐はないけど……面倒だな。


 誰とも関わりを持とうとしない本倉は、それでいて人目を引く美少女。


「噂? 俺と本倉が付き合ってるんじゃないか……とか、そんなとこか?」

「理由くらい説明してくれるんだよな?」

「というか、説明してもらうわよ」

「美鈴まで……ほんと物好きだな、お前ら」


 はあ、とため息を吐いて、二人なら話しても問題ないかと考える。

 無駄に言いふらすようなことはしないだろう。


「ちょっと集まれ。話してやるから」


 二人は頷いて集まったのを確認し、本倉と出会った日から話を始めた。


 定期的に図書室で会うことまで話し終えると二人は頷き合って、


「図書室デートじゃねえか」

人誑ひとたらしね。全く、油断も隙もないとはこのことよ」

「酷い言いがかりだな。助けたのは本当に時間つぶしで他意はなかったんだよ」

「言い訳無用。現状、そうなってるじゃないの」


 ぴしゃりと美鈴が言葉を放つ。


 そんなつもりがなくとも、周りにはそう映った。

 それだけのことが、どうしてか胸に引っかかる。


「蓮、気をつけろよ?」

「なにがだよ」

「『雪白姫』は高嶺たかねの花……少なくとも、そう思ってたやつらは多いぞ」

「……すまん。マジで言いたいことがわからん」

「鈍感野郎なんて流行らないわよ、楠木。いい? これまで孤高を貫いていた『雪白姫』が放課後、男と一緒にいた。つまり、自分ももしかしたらって考える人が出てくるって話」


 やけに真面目な表情で美鈴が言うものの、それの何が問題なのかわからない。


「俺、そんなつもりはないんだけど」

「この際、楠木の事情なんて関係ないのよ。重要なのは、『雪白姫』が誰かと関わるようになったこと、その一点」

「男子の中では人気だからなあ、『雪白姫』って。噂を信じ込んだ奴がワンちゃん狙いで告るんじゃねえか? ま、俺の一番は紗那さなだけどな」

「……バカ」


 決め顔で言ってのける涼太へ、完全にのろけている美鈴。

 俺は朝から何を見せられているのかと頭を疑ったが、まあいいと思考を放棄する。


 それにしても、本倉に告白ねえ。

 本人の気質的に呼ばれれば応じるだろう。

 好意を伝えられれば、極めて誠実に思いを伝えるはず。


 でも、俺には関係ない。


「ま、蓮がそのつもりなら気にかけとけよ」

「――狙われるからね、『雪白姫』」



 本倉と会う予定のない金曜日は何事もなく過ぎ、土日を挟んで月曜日。

 午前の授業が終わっての昼休み。

 俺は外にある自販機へ飲み物を買いに行っていると、


「……本倉?」


 白い長髪を揺らしながらすたすたと一人でどこかに歩いていく本倉を見かけた。

 外に何か用があるのだろうか。


 本倉は基本的に自分の席で昼食を食べつつ、本を読んで授業までの時間を過ごす。


「……いや、別にどうでもいいだろ」


 どこに行くのか気になっていた思考を断ち切って教室に戻り、適当に過ごしていると本倉も戻ってくる。

 そのまま席に座って本を開き、文字を追う。


 変わった様子はどこにもなかった。


 やがて午後の授業が始まり、湧き上がる眠気に耐えながら乗り切っての放課後。


 図書室に行けば、当然のように読書スペースで本を読む本倉の姿がある。


「よう」

「来ましたか」

「あ、先に言っとくけど礼は決まってないぞ」

「雰囲気でわかります。今日も課題を?」

「そのつもりだ。なんだかんだ、家でやるより集中できる気がしてな。あと、間違ってたら本倉が教えてくれるし」

「……私は家庭教師ではないのですが」

「まあまあ、細かいことは気にしない」


 課題を開いて早速始める。

 まずは現代文から片付けようと文章題の内容へ目を通していると、


「……楠木さん。解きながらでいいので、聞きたいことがあります」

「ん? 珍しいな。なんかあったのか?」

「何かあったかと聞かれれば、はいと答えるのが正しいでしょう。ですが、私だけの考えではかたよりがあるかと思ったので、楠木さんの意見も聞きたいのです」

「俺にまともな意見が出せるか怪しいけど……で、内容は」


 本倉がわからないことを俺が知るはずもない。

 まず話だけ聞いてみようと思って続きを待っていると、本倉は深呼吸をしてから口を開いた。


 その表情は、どことなく緊張と困惑を兼ねていて。


「……実は、朝、登校すると下駄箱に私宛の手紙が入っていまして」


 聞いた途端、俺は固まってしまう。

 下駄箱に入れられる手紙なんて、内容はほぼ決まったようなものだ。


「中身を確認したところ、昼休みに体育館裏へ来て欲しいと書かれていました。差出人はわからなかったのですが、きっと事情があるのだと思い、今日の昼休みに体育館裏へと行ってみました。そこで待っていたのは同じ学年の男子生徒で、付き合って欲しいと交際を申し込まれまして……」

「あー……うん、なるほど。返事は?」

「ごめんなさいと答えたところ、その方はがっくりして帰りました。楠木さん、私はどう答えたらよかったのでしょうか……?」


 真剣な面持ちで本倉に持ち掛けられた話は、まさかの恋愛相談だった。

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