第5話 雷が降るくらい非現実的な


 翌日からの学校生活では、本倉からのえない視線はなくなっていた。

 時折こちらを見ている素振りはあるものの、それも数秒程度の短い時間。


 理由が分かった今、過度に気にする必要もない。

 涼太りょうた美鈴みすずの二人にはそれとなく解決したと伝えてある。

 美鈴は何があったのか追及ついきゅうしてきたけど、理由は教えなかった。


 本倉からの連絡が一切ないまま日が経ち、木曜日。

 目が覚めて一番に考えたのは本倉との約束だった。


 今日が約束をしてから一度目の、図書室で本倉と会う日。

 当然ながら、礼の内容は決まっていない。


 そんなすぐに見つかるとも思っていなかったから落胆らくたんはしていないけれど、いつまでも先延ばしにしていられない。


「……まあ、いつか思いつくだろ」


 ベッドから起き上がり、朝の支度を始めた。


 登校し、授業を受け、普段通りに涼太と美鈴と昼休みを過ごす。

 本倉の調子は変わらず、時折視線を向けてくる以外の干渉はなかった。


 そして授業が終わり、放課後。


 部活や帰宅のために教室を出る人、そのまま残って友達と話し始める人、色々いる。

 本倉の席を見てみれば、もう教室から姿を消していた。

 本を読むため図書室に行ったのだろう。


 俺も待たせるのは良くないと思い、手早く荷物を仕舞っていると、


「蓮、この後空いてる? 久々にゲーセンでもいかね?」


 軽い口調で声をかけてきたのは帰り支度を済ませた涼太だった。

 隣には当たり前のように美鈴もいる。


 二人は帰宅部。

 涼太に関しては部活の助っ人なんかを頼まれたりするらしいが、同じ立場になった俺を時々誘ってくれる。

 けれど、タイミングが悪かった。


「悪い、今日は予定があるんだ」

楠木くすのきが予定? 雷でも降るの?」

「遠回しに暇人って言いたいのはよくわかった。残念だったな、美鈴」

「で、相手は『雪白姫』?」


 当然のように美鈴が名前を出したのは、本倉の異名だった。

 驚いてけほ、けほとせき込みつつも、全部知られているようなむずかゆさに耐えて、


「そうだと言ったら?」

「案外素直に認めたわね。そういうことなら二人で行きましょ、涼太。二人の時間を邪魔するのは野暮やぼだもの」

「まさか、蓮……『雪白姫』を彼女に――」

「してない。別に恋愛がどうとか、好き嫌いの関係じゃないって。俺がそんなに彼女を欲しいと思ってるのか?」

「男子高校生って彼女が欲しい生き物じゃないの?」

「美鈴、お前の認知は歪んでいると今のうちに忠告しておこう」


 当然のように返してくる美鈴と、それにうんうんと頷く涼太。

 涼太の賛同先は残念なことに美鈴だ。

 やっぱり彼氏彼女の人間はどこかおかしいらしい。


 俺は本倉と約束したから守っているだけで、他意はない。


 第一、本にしか興味がなさそうな本倉が俺のことを好きになるとかありえない。


 それこそ雷が降るくらい非現実的だ。


「とにかくそういうことだから、二人で行ってくれ」

「おう。なんか進展あったら教えろよ?」

「やだよ」

「楠木が恥ずかしがっても需要ないわよ」

「それはそうだろ。バカップルは早くどっかいけ」


 しっしっと手で払ってやると、二人は手を振って教室を出ていった。


 俺も荷物を持って、約束通り図書室へ向かう。

 相変わらず人は少なく、閑散かんさんとした図書室。


 本倉がいるであろう読書スペースにいけば、いつものように本を読む姿があった。


「本倉、待たせた」


 一声かけると、本を畳んで顔を上げ、


「待ってはいませんよ。それに、私がここにいるのはいつものことですから」

「約束してる身としては、あんまり待たせたくないんだって」

「そうですか。それで、お礼の内容は決まりましたか?」

「いや、全然。欠片も思いつかない」

「謝らなくていいですよ。元より、期間が必要なのを見越しての約束です」


 遠回しに優柔不断ゆうじゅうふだんと言われているのだろうか。


「それで、どうします? 課題でもやりますか?」

「無理に付き合わなくてもいいんだぞ? そもそも、本倉が俺に付き合うメリットがない。一年の頃から考査で学年一桁をキープしてる本倉が俺に聞くことなんてないだろ」

「……それを言うなら、楠木さんも結構上の方ですよね」

「本倉ほどじゃないって。まあ、次の考査は怪しいところだけどな」


 なんせ、授業を真面目に受けても、復習してもまるで頭に入ってこない。

 学年でも二割以上の成績はキープしてきたけど、このままいけば次の期末考査は間違いなく点数が落ちるだろう。


「であれば、わからないところがあったら聞いてください。ある程度なら力になれると思いますので」

「……勉強を教えてもらうのが礼ってことには」

「なりません。それは別で、ちゃんと返します」


 やっぱりだめらしい。

 けれど、本倉から勉強を教えてもらえるのは渡りに船だ。

 本倉は基本的に俺より点数がいいし、現代文なんて一度目の考査からずっと満点を取っている。


 他の教科ものき並み九割以上の本倉にわからないことが、俺にわかるはずもない。


 課題を広げると、本倉も畳んでいた本を開く。

 俺たちが話をやめたことで、再び居心地のいい静けさが満ちる。


 微動びどうだにしない本倉の姿勢に感心しつつ、課題として出された数学の問題集を解き始めた。

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