第4話 図書室でまた、会いましょう


 本倉は怒ってるわけじゃない?

 じゃあ、どうして――


「今日、俺のこと見てた……よな?」


 一応、念のため本人に確認を取ってみる。

 もしこれで違うと言われたらそれまでだし、俺が自意識過剰なナルシストだと恥をかいて終わるだけだ。


 さて反応やいかに……と本倉を見てみれば、露骨に頬を赤くしながら顔ごとらしていた。


 あー、これ、本人的には聞かれたくなかったやつ?


 だとしたら悪いことをしたかもしれない。


「悪い、今のは忘れてくれ」

「……待ってください」

「っ」


 早いうちに立ち去ろうとしたが、本倉に制服のそでままれる。

 振りほどけないほど強くはない。

 触れているだけかと思うくらいの力加減だ。


 うつむきながらの行動に驚きながらも座り直した。

 本倉がこういう大胆だいたんなことをするとは思っていなくてきょを突かれた気分になる。


 しばらくそでままれたまま時間が過ぎて、うつむいたままの本倉がやっと顔を上げた。


「……楠木さんの言う通り、私は楠木さんを見ていました」

「えっと……どうしてか聞いても?」

「その……どうやってお礼をしたらいいのかわからなくて。それで……」


 言葉を選びながらぎこちなく伝える本倉の様子を見て、ああと納得する。


 俺は昨日の帰り際、礼が欲しくて手伝ったんじゃないと言った。

 けれど、本倉はそれを社交辞令とでも思ったのだろう。


 だから俺を観察して、礼になりそうなものを探していた……というところか。


 律儀というかなんというか……真面目なことはわかりきっていたけれど、ここまでとは思わなかった。

 この手の相手は断るだけ無駄だ。

 自分が納得しない限り、本倉は俺への礼を考え続けるだろう。


 それなら、大人しく本倉なりの礼を受け取った方が早いか。


「わかった。とりあえず、袖離してもらっていい?」

「っ! ごめんなさいっ」


 パッと本倉が摘まんだままだった袖を離して何度も頭を下げた。

 そこまでしなくてもいいんだけど……なんか悪いことをした気分になってくる。


「怒ってるわけじゃないって」

「っ、ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ。それで、礼だっけか」

「はい。なんでもいいですから。してほしいことでも、物でも。可能な限り何とかします」


 と、言われてもなあ……。


 本倉への頼み事も思いつかないし、欲しいものも特にはない。

 そもそも、クラスメイトの女の子に物をたかるのは気が引ける。


 あと、なんでもって条件も良くない。

 もしこれでエロい事を要求されたらどうするつもりなんだろうか。

 男子高校生なんて俺を含めて碌なものじゃない。


 ちょっとだけ反応が見たい気もするけど、それを言ったら最後、何かを失う気がするのでやめておく。


「ありがとうって言われるのは?」

「流石になしです」

「だよなあ……」


 うん、知ってた。

 じゃあどうしたものか。


「思いつかないから後回しは?」

「……有耶無耶うやむやにする気ですか」

「いや、本当に何も思いつかなくて」


 かすかにむっとしたような雰囲気を声に乗せた本倉に、違うと手を振って否定する。

 細められた緑色の目、まだ疑っていそうだ。


「話が進みませんね。でしたら……こういうのはどうですか? 毎週月曜日と木曜日の放課後、ここに来てください。お礼を聞きます」

「でも、俺が思いついてなかったら?」

「そのときは課題を一緒にやりましょう。いつまでも私に時間をきたくはないでしょうから、早いうちに内容を考えて下さい」


 さも名案でしょう? とでも言いたげに手を打って、本倉が提案した。


 本倉が納得するような礼を思いつかない俺と、俺が望む礼がわからない本倉という関係で生み出された折衷案せっちゅうあん

 それなら納得できる範囲ではある。

 けれど、自己評価が少々低すぎやしないだろうか。


 俺は本倉のことをそこまで知らない。

 わかるのは物静かな性格で本が好きってことと、珍しい白い髪をした可愛いと呼んで差し支えない容姿をしていることくらいだ。


 伊達に『雪白姫』なんて呼ばれていない。

 実際は勝手に呼ばれているのだけれど、本人が何も言い返さないのをいいことに定着してしまっている。


 そんな女の子と放課後に二人きりで課題をするというシチュエーションに憧れる人もいるのではないだろうか。

 考え方次第ではそれ自体が礼になりそうなものだけど、それでいいと言っても本倉は否定するはず。


「用事があるときとかは来なくても構いません。どうせ私はここで本を読んでいるので」

「……わかった。それでいこう」

「よかったです。それと、連絡先を教えていただいてもいいですか? お礼をしないまま転校でもされたら気が済みませんから」

「それはいいけど……逃げも隠れもしないって」


 逃げられないために連絡先を交換ってどうなんだろうか。

 俺への認知に歪みがある気がする。


 ともかくスマホを取り出してQRコードを読み取ってもらおうとしたのだが、どうにも本倉の様子がおかしい。

 スマホの画面を注視しながら、たどたどしい手つきで操作をしている。


「もしかして、操作わからないとか?」

「……連絡先を交換する機会に恵まれなかったもので。教えていただいてもいいでしょうか」


 消え入りそうな声で、赤くなった顔を誤魔化すように言った。


 普段見ることのない照れをともなった表情にドキリとしつつも、スマホの画面を見せるように促す。

 すると素直に画面をこちらに向けてくれたので、次々と操作の指示をする。

 ようやくQRコードの読み取り画面を開けた本倉が俺のスマホに映るコードを読み取って、連絡先を交換した。

 本倉もとくら悠莉ゆうりという名前が追加されたのを確認して、


「これでいいんだよな。困ったことでもあれば連絡してくれていいから」

「…………」

「本倉?」

「っ、すみません。クラスメイトと連絡先を交換したのなんて、クラスのグループに入るために美鈴さんと交換したきりだったので」


 語尾を弱らせながらの言葉に、なんて返事をしたらいいのかわからなかった。


 ということは、だ。

 俺は本倉の連絡先を交換した二人目ってことになるのではなかろうか。


 ……そう意識すると緊張してきた。


「今日はどうしますか?」

「うーん……今日は帰らせてもらおうかな。用事も済んだし、雨も降ってないし」

「わかりました」


 このまま居座るには精神力が足りない。

 当初の目的は達成したことだし、今日のところは出直して後日に引き継ごう。


 立ちあがり、リュックを背負って、


「またな、本倉」

「楠木さんも。図書室でまた、会いましょう」

「っ……」


 微笑ほほえみながらの言葉。


 その表情ははかなくも、どこか嬉しげで。


 つい見惚みほれたのを悟られないように、背を向けて図書室を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る