第28話 彼女にはありませんでした
「全員死ぬ──どういう仕組みなのですか?」
「さあ? そーいうのは、カクレちゃんが詳しいんじゃないか?」
「まっかせてください! シナリオライターのS氏によると、件の枝にはハイドの人たちが暮らしやすくなるような力が秘められているそうです。その枝を地面に突き刺すと、周辺一帯がハイドの住みよい場所、即ち領土に変化します。一度ハイド領に変化すると、シークからは視認困難になり、入ることが難しくなります。入ることが出来たとしても、ハイド領内にいる間シークプレイヤーのTPとSPがどんどん減っていき、外に出なければ死んでしまいます」
「なるほど、それがNPCに適用されると、即死に繋がるわけか」
「はい。特に、枝を突き刺した瞬間は強い力が放たれます」
「なるほど。まるで物語の悪役のようですね」
「実際悪役だからな、シークにとっては。このゲームは、両陣営に所属するプレイヤーの優劣が直接メインシナリオに影響するってのがウリだったはずだ」
「ハイドが全領土を支配したらシークの方々はどうなるのですか?」
「さぁ? 全員死ぬんじゃないですか?」
「それはメインシナリオでの話だろ? プレイヤーは違うはずだ」
「それは──どうなんでしょうね」
と言って、カクレさんは口角を上げました。
「これ、絶対シークよりもハイドの方がいいだろ……」
「そんな事はありませんよ! ハイドだって、シークに滅ぼされる危険性があるんですから!」
「ええと、ともかく枝を突き刺せば完了なんですね? なら、隠れてそのまま刺せばいいのではないですか?」
「いや。枝は刺す場所が決まってる。それをシークがわんさかいるとこで探さなきゃなんないから、大変なんだ」
「そう言えば、セナさんは領土戦に参加したことがあるのですか?」
「ベータでは……って言いたいとこだが、ソロプレイだったから、参加したことはない」
「なるほど。私もセナさんも初参戦な訳ですね!」
「何でワクワクした顔してんだよ」
「だって、セナさんはずっと私の前にいましたから。スタートラインが一緒になれて嬉しいのです」
「言っとくが! レベルもランキングも! 俺の方が断然! 上だからな!」
「ええ、分かっています。私も、頑張らないといけませんね」
「分かったら、さっさとレベリング行くぞ! あんたは遅れを取り戻さないとな!」
▼▼▼▼▼
「一人目。……二人目。さんにんめっ……と」
霧の中で私は機敏に動き回り、さくさくと目標の首を落としていきます。
背後から襲ってくる人影に気づきますが、心配する必要はありません。
私はもう一人の方に集中しませんと。
プシュ、という音が聞こえると、人影は倒れ込んであっという間に砕け散りました。
私はすう、と息を吸って、最後の一人──軽装で細身の女性の首に刃を宛てがいます。
「お願い……! やめて……!」
そう懇願された瞬間、私は刃を皮一枚あたりで止めます。
「も、もう少しでレベルが上がるんです! 今死んだら全部ロストしちゃう……! 何でもしますから、お願いします、死ぬのだけは──」
そこまで聞いて、私は止めていた刃を完全に振り切ります。
スパッと頭と身体が分離して、女性の悲痛な表情とともに散っていきます。
私は静かに短剣を腰に仕舞い、左下に上がってくるメッセージをぼんやりと眺めます。
「ったく、殺し過ぎだぜ」
霧が晴れると、セナさんが背後から歩いてきます。
「当たり前ではないですか? 私はそれくらいしかできませんし」
セナさんがやったように霧を出して相手を混乱させることも、仲間が殺されないように後方支援にあたることもできません。
セナさんは2人、私は4人。役割は私が攻撃、セナさんが後方支援なので妥当な人数です。
「さっきのやつ、お前が殺さなかったら俺が殺して、数は一緒だったんだがなあ」
「えーと? どうして私があの方を殺さないと思ったのですか?」
「だって、一回止めたじゃん」
「止めた、ですか? ──ああ」
言われてみれば、一度刃を首に当てて止めましたね。
ですが、彼女を殺さないでおこうと思ったわけではありません。
「知りたかったのです。殺される寸前の方が、一体どのような意志を見せるのか」
大会の時、初めて出会い、言葉を交わし刃を交わしたクロエさんは、私に殺される寸前、瞳に炎を宿していました。
自分は決して負けない、決して殺されないという意志から放たれた炎です。
「私はあの時、クロエさんを殺すのを躊躇いました。私の意志が、彼女の意志に勝るものであるのいう自信がなかったからです。強大な意志を前に、私は怯んでしまいました。ですが、今は違います。私自身が『楽しむ』という目的があります」
「ふうん? よくわからねえけど、まあ結果的に俺が負けないならあんたは何したっていいか」
セナさんは興味を失ったかのように下を向いて指を動かして持ち物を整理し始めました。
「ところで、意外と他のハイドの方々とは会えないのですね。クロエさんやメーラさんとはまだ一度も会っていませんし」
「そりゃそうだろ。あいつらはトッププレイヤーで基本シーク領で狩りをしてるし、そもそも俺らの拠点は──」
「今、私の名前を呼んだのは誰ですのー!」
と、突然聞き覚えのある声と台詞回しが聞こえました。
距離は割と近いです。その上、叫びながら声が大きくなっていますから、近づいて──。
「あー! るりさんですわ!」
ガサッと近くの茂みから音がしたかと思うと、上半身に抱きつかれました。
突然のことで思わず地面に倒れ込んでしまいます。
「まさか
噂をすればなんとやら。長い赤髪を振り乱した女性、クロエさんは嵐のように私たちの前に現れると、目をキラキラと輝かせてそう言ったのでした。
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