第17話 強くはないと思います
血のように赤い大剣の刃が頭頂部を掠め、逃げ遅れた髪の毛数本を絶って背後に流れます。私は短剣を構え相手方の懐に潜り込み、派手なチョーカーの着いた白い喉元を切り裂こうとしますが、切っ先はリボンの先端を飛ばしただけで、相手方に見事に避けられてしまいました。
その一瞬の隙を狙われ、左拳が鳩尾を狙って迫ってきます。今度は無理に避けようとはせず、その左拳の上に自らの左手を乗せ、飛び上がって宙を舞います。その間にも短剣を構え直し、切っ先を下に首元を貫こうとし──、瞬時に現れた赤い刀身により防がれてしまいました。
私はその太い刀身の上に足を置き膝を曲げ、後方に跳躍します。
建物の残骸散らばるアスファルトの上に着陸、剣を払ってふう、と息をつきました。
「あなた、まるで超人ね? どこでそんな曲芸を身につけたのかしら?」
「褒めていただき光栄です。少々、体操をかじった事があるもので」
「ふうん? 私は全て独学でしてよ?」
「そうですか」
「そうですかってなんですの……?」
クロエさんが不機嫌そうに顔から笑みを消してしまいました。何かまずいことを言ってしまったでしょうか。
しかしそれも一瞬のことで、クロエさんはすぐに笑顔を取り戻し、剣を担ぎます。
「ま、いいわ。私はそんな小さなことは気にしないもの。さあ、試合再開と行きましょう?」
「あの」
「なにかしら?」
「私は別にあなたと争いたい訳では無いのですが」
私の訴えにも虚しく、クロエさんは平然とした様子で剣を担ぐのはやめません。
「私は戦いたいわよ?」
「なぜですか」
「だって、あなた強いもの」
「強い?」
私が強いから、ですか。そんな理由だとは思いもしませんでした。なるほど確かに、強い相手と戦うのは楽しいと琥珀が言っていましたね。私は何かはっきりとした理由を持って何かを競ったり頑張ったりしたことは無いので、想像もしませんでした。
戦うことに正当な理由を持っていない私が、クロエさんの意思に逆らう訳にも行きません。私は戦うことと同時に戦わないことの理由も持ち合わせてはいませんから、ここはこのまま戦う方が良いと判断します。
「でも、私は強くないですよ? セナさんの方がもっとずっと強いと思いますが。それでもいいと言うなら──」
「断言するわ」
言い切る前に、クロエさんに阻まれてしまいました。クロエさんは担いでいた剣の切っ先を私の鼻先に向けて、宣言します。
「あなたは強い。この私よりも、ずっともっと強い。今までほとんど負け無しの私でも、あなたの戦いを見た途端直感したわ。クソガキよりも、サイコパスクソ女よりも、クソ勇者モドキよりも強い。きっとこのままいけばあのクソどもにも勝てるに違いないわ。私はそう予想──ううん、予言する」
「くそ……?」
「とにかくあなたは強い。この私が保証する」
「それはどうも……、光栄です?」
「珍しく私は凹んでるの! だから今は、私と戦いなさい! どんな手を使ってでも勝ってみせるから」
「……わかりました。お受けしましょう」
剣を構え、来るであろう攻撃に備えていると、クロエさんが口を開きました。
「敬愛なるご先祖さま。私に悪たる所以の力をお与えください」
「……?」
途端、クロエさんの全身を黒いモヤのようなものが覆います。
そしてクロエさんは冷たい目で剣の柄を頭上に切っ先を下に構えます。
「準悪魔序列一位、クロエ」
なるほど、そう来ましたか。
「しがないにゅーびー、瑠璃」
まだ宣言できるような立派な称号は得られていないので、適当に自分で考えてみました。
名乗り合いが終わり、一呼吸。そして、剣を振り上げてお互い同時に駆け出します。
▼▼▼▼▼
少し重いトリガーを引くと、耳の横で盛大な破裂音がなり、スコープの中に見えていたパーティのうち一人が弾け飛んだ。
「よし」
俺は小さくガッツポーズをして、即座にスナイパーライフルを抱えて壁の後ろに隠れる。
それから身につけていた隠蔽性能の高いケープのフードを被り、足音を立てないように部屋を出た。
宝物獲得とレベルアップの通知が出るが、ひとまず無視。今はバレないようにさっさと逃げるのが最優先だ。
外に出ると、銃声に触発された奴らがパーティに向かって猛撃を仕掛けているところだった。隠密行動中の俺に気づく様子はない。
瓦礫を飛び越えとびこえ進み、屋上が崩れていない建物を選んで中へと入る。
ほっと一息、と言いたいところだがまだ警戒は抜けない。
俺はスナイパーライフルをストレージにしまい、腰のホルダーに差していた愛銃を取り出し胸元で構える。
ここで誰かが来てやられてしまっては元も子もねえからな。
全ての階の全ての部屋を見て誰もいないのを確認してから、俺は屋上に座り込む。
「しっかし、全然いねえな。あいつ」
俺はこの都市エリア──というより廃墟エリアに来てから、何度もこの撃っては逃げるスナイパー戦法を取っている。
本当ならもう少しマシに戦えるはずなんだが、何にせよあいつ──るりがいないとどうにもならない。
ここの廃墟エリアは真ん中にあるからあいつなら絶対来ると思ったんだがなあ。普段から何考えてんだか分かんねえんだから、ちゃんと計画立てときゃよかったぜ。
「ま、後悔したって仕方ねえや。俺はいつも通り戦うだけだな」
あいつがいなくたって俺は十分戦えるし?むしろあいつの方が困ってるはずだし?
「よっと」
ストレージから再びスナイパーライフルを取り出し、地面に向けて構えスコープを覗く。
「誰かいるな……」
スコープの中には知らない──白装束の女の顔が映った。他にも、銃の向きを変えれば知らない奴の顔が映り込む。
いち、にい、いやどっかからか走って来てすぐ消えた奴がいるな。それに、やけに小さい奴も……。
そこで俺は、自分の口角が自然と上に歪んだのを自覚した。それは、同胞と再会した時の喜び──いや、同胞の命を自分が握っていることへの喜びか。もちろん、ここはリアルじゃなくバーチャル。ゲームであるからこそその喜びを感じ得る訳だが……。
「るり……。あいつが一緒に行動してるってことは、二人の女のうちのどっちかが妹か?」
そう口にした途端、戦況が変わった。周辺にいた雑魚どもが消えたのだ。
俺は油断しかけたるりを狙ってトリガーを引きかけ、あいつらに近づいてきた人影に気がついた。
「真っ赤っか……。クロエか」
クロエは何やらるりに話しかけているようだ。数分の後にるり以外の女二人が避難する。
そしてクロエが赤い刀身を振り上げて──。
「面白くなってきたな」
俺は震える指先でトリガーに触れながら、いつもと何ら変わらず無表情で戦う小さな悪魔を見つめていた。
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