第16話 逆でもいいそうですよ

「琥珀! 後ろ!」


「──っ! ありがと、るり姉!」


 琥珀が持ち前の反射神経で、後ろから斬りかかって来ていた人の頭を叩くように殴りつけます。

 剣を振りかぶっていた人はその衝撃で吹っ飛び、体力が残り少なかったのか体を四散させました。

 私もまた琥珀の見事な手際を眺めているだけでなく、叫びながら迫ってきた人の首を落とします。

 それを見ていた別の誰かが、また斬りかかって来ましたので、刃を避けて懐に潜り込み、首を落とします。


 先程から私は、襲われては首を落とすという作業を幾度となく繰り返してきました。やはり激戦区なのか、この廃墟地域に入ってから襲われてばかりです。

 しかし幸い、ずば抜けて武器の扱いが上手い人はおらず、琥珀とライアさんの協力もあって何とか切り抜けられています。


「ふう。とりあえず、波は去ったようですね」


 十人程で一斉に襲われた時は焦りましたが、今は誰一人として残っていません。

 短剣を腰にしまい、一息つきます。


「お二人とも、無事ですか!?」


 ライアさんが走り寄ってきました。

 琥珀も乱れた髪を整えながらこちらに向かって歩いてきます。


「無事どころかレベル上がりまくってウハウハだよ。るり姉は? HP大丈夫?」


 私は右上に目を向け、そこに現れたメーターを見て頷きます。


「以前見た時から変わっていないので大丈夫だと思います」


「え、あんないっぱい来てたのに一度も攻撃受けてないの!? さっすがるり姉だなあ」


「そういえばるりさんには一度もヒールかけてませんね……」


 ヒールとは何でしょう? 聞こうとして口を開きますが、琥珀が話を変えます。


「よし、だべってないでそろそろ隠れないと。私疲れちゃった」


「そうですね。今また襲われるのは少し嫌です」


「じゃあ、行きましょうか」


 回れ右して近くの廃ビルの中に入ろうとした時です。


「あら、もう終わりなんですの?」


 高飛車な声が背中の後ろ側に聞こえました。

 私たちは驚いて後ろを振り向きます。

 後ろに立っていたのは、赤と黒を基調とした装飾が豪華なドレスを身に纏い、背中に黒い羽を生やした赤髪の女性です。

 女性は地面に赤い刀身の大きな剣を突き立て、腰に手を当ててうっすらと笑ってこちらを見ていました。


「せっかく私もサシで楽しめそうなくらいお強いというのに、ここで去られてしまっては悲しいわ」


「……クロエっ!」


 そう叫んだのは琥珀です。

 クロエ、さん。聞いたことがありませんが、琥珀の知り合いなのでしょうか?


「あら、私ってば超有名。さっすが私ね」


 女性は上品に口元を手で隠すと、肩を小さく上下させました。


「……あの、琥珀。あの人は?」


「あの人は、『豪華絢爛』の異名がついてる、クロエって人。ハイド側で、大胆に姿を晒した上で人を殺すで有名なんだよ。すっごい強くて、私も一回負けたことがある。多分るり姉でも勝つのは難しいかも。だから、逃げた方が……」


「ハイドの方なのですか? ──あの!」


 私はクロエさんに声をかける目的で大きな声を出しました。

 クロエさんはツーサイドアップの髪の毛を斜めに傾けると、


「なんですの?」


とにっこり笑いました。


「セナさんという方を知りませんか?」


「セナ……。ああ、あのクソガキね」


 クソガキ? よくわかりませんが、知っているようですね。セナさんは小さいですし。クソ……かどうかはわかりませんが。


「知っているのですか?」


「ええ、知ってますわよ。あのクソガキに何度苦渋を飲まされたことか……」


「苦渋?」


「あのクソガキ、私が楽しんでいると邪魔してくるんですの。あなたもその被害者で?」


「邪魔? 被害者?」


 私はただセナさんがどこにいるか知りたかっただけなのですが、意外な話が出てきて困ってしまいます。

 セナさんはクロエさんに何をしたのでしょう? あんなに優しいのにこんなことを言われるだなんて。


「ちょ、るり姉。話続けようとしないで、逃げよ? あの人、私たちを殺す気だって」


「どうしてですか? そんなこと、一度も言われていませんが……」


 声はかけられましたが、まだ戦おうとも殺されてとも言われていません。

 渋い顔を浮かべる琥珀の代わりに、ライアさんが答えてくださいます。


「クロエさんは堂々と相手の前に現れて殺すことで有名で、確か陣営内ランキングでは三位ぐらいだったと思います。あの大剣を振り回し冒険者を一網打尽にするので、シークのプレイヤーからは異常なほど恐れられているんです。彼女の『豪華絢爛』という異名は、ソロなのにあんな戦法を取っていること、彼女の服装、そして彼女の口癖から来ているのです」


「口癖?」


 ライアさんはそのまま口を閉じ、クロエさんをじっと見つめ始めました。その表情は厳しく、肩も少し震えているように見えます。

 そんなライアさんを見つめていると、いきなりクロエさんが天高く剣を掲げました。


「さあ、そこの初心者なのにクソ強い方、私と戦いましょう!? 豪華、そして絢爛に──!」

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