第18話 これで良かったのでしょうか
「あははははははははっ──!」
甲高い笑い声が私の鼓膜を貫きます。
この笑い声は、私のものではありません。赤髪の綺麗な若い女の子、クロエさんが大剣を振り回しながらそれはそれは楽しそうに笑っているのでした。
「そろそろ、パターンが分かってきたわ」
「パターン?」
「あなた、首しか狙わないのね」
クロエさんは自分の白い首筋を指して、ニヤリと笑います。
私は短剣を握りしめ、深く吸い、吐きました。
「首なら、すぐ逝かせてあげられます。本当は頭を一発やるのがいいそうなんですが、私はセナさんと違って銃は使えないので」
「へえ? 随分な配慮ね。──でも、それだけじゃつまらないわ」
クロエさんは大剣を担ぎ、目に見えない速さで突っ込んできました。
頭に振り下ろされる剣を避けると、顔面に向かって足の裏が飛んできます。すんでのところでそれを躱したところ、今度は左肩を赤い刀身が掠めました。
「っ──」
どうやらクロエさんは地面に突き刺さった剣に体重を預けながら跳躍し、私を蹴ろうとして失敗するや否や剣を薙いだようでした。
私は右上に見える緑色の横に細長い長方形がほんの少し短くなったのを見て、目を見張ります。
「ほら。あなたもこのくらいやらなきゃ私は満足しませんのよ? 折角そのプレイヤースキルがあるのですから、首だけに拘らない方が良いですのに」
「あなたは、それを望んでいるのですか?」
「ええ。もちろん。大歓迎よ」
「分かりました」
「それに」
「?」
「舐めてもらっては困るわ。これでも私、現状出せる力の全てを出しているのですもの」
私は短剣を握り直し、屈みながら走ります。屈むとクロエさんの顔は全く見えません。ですが、彼女の気配、息、香り──その全てが私に彼女を教えてくれます。
クロエさんの足が動き出しました。余裕の構えですが、私にだって考えがあります。
さらに腰を低くし、
「しっ」
寸分の狂いもなくクロエさんのくるぶしを裂きます。
この世界が本当の痛みを届けてくれるのであればクロエさんは少なからずバランスを崩していたでしょうが、そうもいきません。
浅い傷は、彼女を少し不快にさせただけで終わってしまいました。
「あなた、これで本気を出しているの? こんな浅い傷、痛くも痒くもないわよ?」
「ええ、すみません。少し加減を誤ってしまったようで」
今度は自分のターンとでも言わんばかりに、クロエさんは重そうな剣を持ち上げ、強く右足を踏み込みます。
黒いオーラを纏った赤い剣が空間を切り裂きながら向かってきました。
「この力はどういうものなのですか?」
とても気になりますね。通常、剣は黒いモヤモヤしたものは纏いません。私の剣もそんな様子はありませんし。
「ちょっと。集中してくださらない?」
「すみません。気になったもので」
話しながらも剣は交わされます。
「このゲームを続けていればいずれ手に入るわ」
「そう、ですか」
あまり教えて下さらないみたいですね。それより、戦うのに集中して欲しいようです。
私は再び屈み、肘を顔の前で曲げて剣を背中の後ろに構えます。
先程、弾き飛ばされて距離ができてしまいました。構えたままの姿勢で私は駆けだし、距離を詰めます。
「──っ」
息を吐きながらクロエさんのハイヒールの上、ストッキングで覆われた足首を今度はしっかり剣を握って斬ります。
切断面から赤いエフェクトが弾け欠損部分が消えると、ハイヒールはひとりでに地面に倒れました。
私はクロエさんから離れ、様子を眺めます。
「あなた、意外とこういう事もするのね」
「そうですね」
「全然、豪華絢爛じゃないわ」
右足立ちをするクロエさんは纏うオーラをさらに黒くさせると、亡くした足も構わず剣を回します。
すると、黒い何かが私に向かって飛んできました。
しゃがんで避けますが、クロエさんはそれだけでは諦めません。
「なんの、これしき──っ!」
クロエさんは足のない左脚を地面に叩きつけるように踏み込むと、また剣を振りました。
避けたばかりの上、今度は体の中央に飛んできたため、私は避ける術がありません。
即座に短剣で黒いものを受け止めようとします。
「わっ」
なんと黒いものは剣をすり抜けてしまいました。
私はそれから避けることも出来ず、胸を強い力で押されます。
当たった所が少し、チリチリ痛みますね……。
「やっと当たってくれましたわね」
「これは、何です?」
「……それに答える義務は私にはありませんでしてよ」
「──っ」
またもや黒いなにかが、今度は連続で飛んできます。
避けるしかないことがつい先程分かったので、クロエさんがその場から動かないのにも関わらず、私は彼女の周りを走り続けることしか出来ません。
足を斬れば簡単に首を狙えるようになるかと思ったのですが、そう上手くはいかないものですね。
仕方がないので危険を覚悟でクロエさんに近づきます。
黒いものを避けるために飛んだりしゃがんだりと大変でしたが、何とか近づけました。
近距離での首を狙った一撃を屈んで躱し、左に抜けます。
「ついでにもう片方も頂きますね」
「っ──!?」
意外と呆気なく、クロエさんの右足は消えてしまいました。彼女は支えをなくして、バランスを崩します。
この間に──、
「舐めてもらっちゃ、いけませんわね!」
クロエさんは倒れ込みながら両手で剣を握り、私の命を奪わんとします。
いつの間にか彼女の体の周りからも、剣からも、靄は消えていました。
なので、黒いなにかを恐れる必要はありません。短剣で大剣を受けようとして──、
「──ぁ」
クロエさんの赤い瞳の奥を見てしまいました。
赤黒い炎が、情熱を具現化したかのような炎が、彼女の瞳の奥で燃えたぎっていたのです。
私は剣も構えず呆然と、ただ呆然と立ち尽くしてしまいました。
──私には、あれ程夢中になれるものはあったでしょうか。
赤い剣は容赦なく私の命を狙って振り下ろされ──る、そう思った瞬間どこかで、何度も聞いたことのある銃声が鳴り響きました。
「どうし、て──っ!」
いつの間にか、目を見開くクロエさんの額には、ひとつ小さな赤い穴が出来ていました。
眼前まで迫っていた刃は、激しい──まさに豪華絢爛な光となって消えてしまいます。
同時に、情熱の炎を怨念に変えたクロエさんも儚い光とともに目の前から消えてしまいました。
私はふっと息を吐き、地面に散らばる錆びた破片をジリ鳴らして体の向きを変えます。
向く先は、音のした方向、彼がいるはずの方向です。
「……セナさん」
そっと呟き、私はビルの屋上に立つ黒い影を見つめました。
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