第14話 もう共闘させていただいているので

「お二人はどういう目的でこのイベントに参加されたのですか?」


 私は雪の中を、先を歩くアンバーさんとライアさんの後頭部に向けて言葉を投げかけました。

 どういうわけか、長く長く歩いていても雪の景色が晴れる気配は全くありません。なので、沈黙が続くよりは会話を試みた方がいいかと思ったのです。

 幸い、お二人は嫌な顔一つせず答えてくださいました。


「そりゃあ、楽しむために決まってるじゃないですか! 普段はなかなか会えないハイドとも出会えるし、宝探しとか、ワクワクするじゃないですか!」


「ライアさんは?」


「私は、みんなと遊べればいいかな、と。そのみんなはアンバー以外はいなくなってしまいましたが」


「そうですか。それはすみません」


「いえ。るりさんより弱かった彼らが悪いので」


 はっきりと清々しいほどに切り捨てましたね。それに、ライアさんの瞳から一瞬光が消えたように見えましたし。


「るりさんはどうなのですか?」


「えっ?」


「イベントに参加した理由ですよ。伺っても?」


「ああ、そうですね」


 聞いておいて自分は言わないのは卑怯でしたね。


「特にこれといった理由はありませんよ。知り合いに参加してはどうかと言われたので参加しているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません」


「なるほど? 珍しい理由ですね」


「…………」


「そうは思いませんが? まあ、いいです。……あ、お二人はこの雪地域を出るまでにあとどのくらいかかるかご存知ですか? もう、寒くて寒くて……」


 腕を擦って暖めようとしますが、なかなか効きません。


「あと10分ぐらいだと思いますよ? でもそろそろ、スキャンが入るかと」


「スキャン?」


「あっ。来た」


 首を傾げていると、突然呼び出してもいないのにウインドウが開きました。

 何やら、ブツブツと光点が散り散りに描かれていますね。中心には青い点とその近くに赤い点2つ、あとは各所に赤と青の点が光っています。


「これはなんですか?」


「これはプレイヤーの現在地を表しています。青が味方陣営で赤が敵陣営ですね」


「あれ? このイベントでは敵味方関係ないのではありませんでしたっけ?」


「一概にもそうはいえなくて。レベルとか貢献度はいつもと同じく殺せば殺すほど上がるので、敵味方が分かるようになっているんです」


「へえ? 見落としていましたね」


「まあ、ハイドに与えられるシークを殺した場合の経験値2倍効果はイベント中は消されているので、ハンデはないですね」


「……あ、誰かがこっちに向かってきてる。警戒したほうがいいかも」


「――!」


 アンバーさんの一言に、ライアさんは持っていたスタッフを握り直します。

 私も念のため腰の剣の柄に手を当てます。

 アンバーさんはどういうふうに戦うのでしょうか? 特にこれといった物を構える様子はなく、ただ拳を前に構えているだけです。いや、でも硬そうな装甲が手を覆っていますね。気づきませんでした。


 しかし、人が近くにいたのですね。現在地を写しているというウィンドウの真ん中の点が私自身だとすると、その点に向かって3つほど青い点が近づいてきています。


「来た……!」


 アンバーさんが身構えます。

 すると、雪に覆われた森林の中から何者かが出てきました。

 他の方向からも人が出てきます。数は光の数と同じく3人です。

 3人とも全く違う格好で、お仲間という感じはしません。一人は迷彩、一人は黒、もうひとりは紫色のお洋服を着けています。

 私たちと同じように共闘を組んだのでしょうか。


 3人は距離を取りつつもそれぞれの武器を構え、敵意を示しています。

 ですが、なかなか近寄ってきませんね。どうされたのでしょうか。


「おい、ここにハイドのやつがいるはずだが、知らねえか?」


 黒の方が喋りましたね。どうしてハイドの方を探しているのでしょうか?

 というより、確認したいのであればウィンドウを開けばよいのでは?


「あ、ウィンドウは2分しか見れないんですよ。閉じればそれきりですし」


 警戒しながらもアンバーさんが教えて下さいました。

 なるほど。現在地を示すウィンドウは消えています。


「おい。無視すんじゃねえよ。教えろよ」


「教えてどうなるというのですか?」


「あ?」


 態度が悪いですね。全身を覆うように黒い布をつけているので表情は見えませんが、私たちに配慮する気はないことはわかりました。


「もし私に共闘を申し出るつもりなら、お断りします」


「は? お前がハイド?」


「ええ、このなりですが。一応ハイドですよ?」


「へえー。エルフでねえ。つかあんた、どうして俺らがハイドのやつらを集めてるって知ってたんだ?」


「さあ? そうなのかなーと思っただけで」


 寄せ集めの3人は耳がついていたり角が生えていたりしています。先程の光点が青いのも考えると、3人はハイドなのでしょう。その方たちがハイドを探しているのなら、ハイドを集めているのかなと思ってもおかしくはないと思いますが。


「ま、いいや。協力してくれないんだったら、殺すだけだな」


「協力……。何をしようとしているのですか?」


「教えてやらねえよって言いたいとこだが、かわいそうなあんたらに教えてやるよ。マップの真ん中に都市エリアがあるのは知ってるだろ?」


 なんだか、ネットで見た気がしますね。


「そこは戦闘が激しくなるって言われてて、ハイドで協力して襲撃しようってのが掲示板に流れてたんだよ。俺らは、それに参加しようってわけ。普段あんまシーク殺せてないから日頃の鬱憤を晴らすためにな」


「なるほど? そんな約束がなされているのですね」


 ところで、掲示板とは何でしょうか。後でお二方に聞いてみましょう。今は殺すと言われた手前、間の抜けた話をするわけにはいきません。


「あんたはやらねえんだろ?」


「ええ。私の目的は鬱憤を晴らすことではありませんので」


「じゃ、覚悟してもらうぜ。ここで殺される、なあ!」


 3人とも同時に向かってきました。黒い方はナイフ、紫の方ははサーベル、迷彩の方はライフルですかね。


「るりさん! 私は迷彩を相手します! アンバーは黒、るりさんは紫をお願いします!」


「わかりました!」


 ライアさんの指示に従い、私は紫の方へ走ります。驚いたように見えましたが、私が話していた黒の方へ向かわなかったからでしょうか。

 しかし、実際にサーベルを見るのは初めてです。といっても、仮想空間なので実際に見るという表現が当たっているのかわかりませんが。


 おっと。耳の横ギリギリの空間を刃が貫きました。

 サーベルは軽いから動きが早いとどこかで聞いた気いた覚えがありますね。

 でも、反応できないほどではありません。

 何回か戦っていて思ったのですが、このゲームの中ではあまり自分の武器を上手に使えている人を見たことがありません。

 やはり、現実では手にもできないものだからでしょうか。先程の槍の方も上手く使えていませんでした。


 単調なサーベルの動きを躱して、首を狙います。

 首には何も遮るものはない――セナさんに言わせると柔らかかったので、短剣は簡単に首へとその刃を入れていきます。


「よっと」


 ささやかなエフェクトが舞いながら首が飛び、アバターがきらきらと消えます。


「よし」


 ライアさんとアンバーさんは大丈夫でしょうか?

 振り向くと、ライアさんが銃相手に苦労しているように見えました。

 ライアさんの戦闘方法はよくわかりませんでしたが、氷の魔法を使っているようです。ですが、銃弾を防ぐので手一杯に見えます。

 アンバーさんはまだ大丈夫そうですし、あちらに加勢しますか。


 雪の上を跳躍し、迷彩の方になるべく気付かれないように近づきます。

 ライアさんがこちらを見たことで迷彩の方が気づいてしまいましたが、もう遅いです。

 私は右腕を素早く振って首を落としました。


「ふう」


「ありがとうございます。アンバーは――。あっ」


「どうかされましたか?」


 ライアさんが大きく目を見開いて見る先を私も目を向けます。

 するとそこには雪の上に倒れ、黒色の方に踏み台にされたアンバーさんの姿がありました。


「アンバーさんっ!?」


 私の心を、何か大切なものを傷つけられたかのような苦しみがよぎります。

 そして私はどうして彼女が倒れたのかも考えずに、深い雪の上を走り出しました。

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