第6話 人を殺すのは初めてです

「あの、どこへ向かっているのですか?」


 先をスタスタと歩いていくセナさんの背中を追って、私も早歩きをします。

 先刻までいた大通りを離れた私たちは、どこかくらい森の中を進んでいます。


「最初のクエだよ。あ、クエってのは、クエストのことな」


「そのクエストというのはなんですか?」


「…………」


 なぜだかセナさんが黙ってしまいました。何か気に触るようなことでも言ってしまったのでしょうか? でしたら、申し訳ないです。


「……クエストってのは、やんなきゃなんねえ目標?みたいな?課題?みたいなやつだよ」


「なるほど。そのクエストを達成しに、私たちは向かっているのですね」


「ま、そんな感じだ」


「どういう課題なのですか?」


「最初だから超簡単なクエだよ。ちゃちゃっと採集して、ちゃちゃっと帰るだけ」


「なるほど。その、クエストを達成すれば何かいいことがあるのですか?」


「今から受けるクエは、やる過程で〈暗視〉スキルとか、〈採集〉スキルとかがゲットできる。達成報酬は、〈毒生成〉スキルだ」


 スキルというのは、英語で技能という意味合いですね。

 ゲーム内で同じ体験をして技能を獲得する、ということでしょうか。


「なるほど。ハイドがやらなければならないという暗殺向けの能力がゲットできるということですね」


「そ。そういうことだ。……そういやあんた、初期スキルなに選んだんだ? 3つぐらい選べたはずだろ?」


「初期スキル? そんなもの、選んでくれと言われた覚えはありませんよ?」


「えっ? そんなはずねえと思うんだが」


 セナさんがくるりと方向転換して私の方に向かってきました。

 近くまで来たセナさんが人差し指で円を描くと、メニューウインドウが現れました。先ほどゲームから出たときに使ったものですね。


「どうしたのですか?」


「あんたも同じようにしてみてくれ」


 言われて、私は人差し指を回します。すると、紫色の淡い光でできた画面が現れました。

 その中には、英語で色々と項目が書いてあります。


「その中の、〈SKILLS〉って書いてあるとこを押してくれ」


 押すと、パッと画面が切り替わり、先程とはまた違う画面が出てきました。

 何やら、いくつかの項目があり、その中の3つだけが明るく光っています。


「なんて書いてある?」


「えっと……。〈短剣術〉〈隠密〉〈隠蔽〉ですね」


「意外とフツー!」


「あれ、そうです?」


 まあ、妖精さんにお願いしましたからね。普通で当然です。普通で。


「ちゃんとハイド向けの構成だよ。これもカクレちゃんにおまかせしたのか?」


「ええ、そうですよ?」


「そうか。意外とあの人、真面目だったんだな」


 なんとなくですが、妖精さんが怒っているような姿が思い浮かびました。何故でしょう?


「どうして真面目ではないと思ったのですか?」


「いやだって……、あんたのそのアバター、めっちゃ小さいだろ?」


「え、そうなんですか?」


「ああ、そうだよ。気づいてなかったのか?」


「比較対象がありませんからね。でも、なんとなくですが、建物が大きかったり木が高かったりは感じていましたが、そういうものかと」


 なるほど、このアバターは小さいのですね。なにせ、比較対象がセナさんと周りの物しかありませんし、周りの物はゲームなのでサイズ感は現実と違うのだろうと受け止めていました。


「でも、それを言ったらセナさんのアバターも小さいようですよ?」


「ああ、そうだよ。小さい方が隠れやすいだろ……ってなるほど、カクレちゃんはそのへんも踏まえて設計してたのか。ロリアバターにしてふざけたのかと思ってたぜ」


「なるほど。小さいとかくれんぼはしやすいですね。隠れる場所も増えますし。理にかなっているではないですか」


「だな。意外とちゃんとマスコットキャラ以上の仕事してんじゃん。陣営以外は、か」


 そういえば、妖精さんはまたいつお会いできるのでしょうか。マスコットキャラクターなら、いつかゲームの中にも出てきますでしょうか。


「あっ、ちょっとまて。人がいる」


「……!?」


 口を塞がれてしまいました。

 何があったのでしょう? 口を塞がれたまま茂みの中に連れて行かれてしまいます。


「ぷはっ」


 やっと解放してもらえました。私はごくごく小さな声で、


「誰かいるのですか? 私には見えませんが」


「しっ。黙ってろ」


「あっ、また」


 口が悪いですね、と言いたかったのですが、セナさんは真剣な様子です。腰に手を当てて、黒い拳銃を取り出しました。

 黙っていろと言われたので、気になりますが黙っておきます。


 そういえば、私まだ自分の所持品を確認してませんでしたね。

 試しに、セナさんが触っていた腰のあたりを触ってみます。

 あ、左腰になにかついていますね。剣のようです。

 これを使えばいいのでしょうか。でも、セナさんがどうにかしてくれるようなので、まだ出番はありませんね。


「あ……」


 そうこうしているうちに、先程まで私たちがいた道の奥側に誰か人がやってきました。

 人のようですね。それは当たり前ですか。

 色々着飾っていて、ガシャガシャと音がなっています。


「おい、ここどこだよ。迷ったんじゃないか?」


「いや、そんなはずはないが」


「も、もう帰りましょう? なんかここ、すごく不気味ですし」


「そうだよ。もったいないけどワープストーン使って帰ろうよ」


「ちっ。まだもう少し待てよ。あともうちょっとだから」


 5人いますね。うち3人は重そうな鎧をつけていて、残り2人は軽装に杖を持っています。


「多いな……。帰るか? いやでも他の奴らに取られんのは嫌だし……」


「私もできることがあれば協力しますよ? 私は何をすればいいですか?」


 セナさんが何をしようとしているのかはわかりませんが、なんだかドキドキしてきました。これが楽しい、ということですね。


「俺が今から、1人硬そうなのを撃ったあと、スモーク弾を仕掛ける。その隙に残り柔らかそうなのを殺れるか?」


「柔らかそうなの、というのはなんのことですか?」


「軽装の奴らだ。残りは俺が仕留める」


「わかりました。できるかはわかりませんが尽力します」


「頼むぜ」


 いまだ高鳴る鼓動を胸に、私はセナさんの次のアクションを待ちます。

 近づいてきました。セナさんは銃を構え、彼らを狙っています。

 やがて目の前に来ると、パンと軽快な音が隣でなりました。


「がっ」


 おお、頭を撃ち抜きました。血のような光が飛び出るのはなかなかリアルですね。

 セナさんがまた別の何かを取り出しました。今度は手のひらサイズの茶色い玉です。

 あ、投げました。玉が地面に落ちると、手持ち花火のような音が鳴りながら煙が出てきます。


 あれ、この状態で殺しに行くのですよね? スモークで見えませんよ?


「はやく!」


 戸惑っていると急かされてしまいました。

 仕方がないので、腰から剣を抜いて、思いっきり煙の中に身を投じます。やはり何も見えませんね。


《新しく〈霧中視野〉スキルを獲得しました》


 おや? 左下の方になにか出てきましたね?

 よくわかりませんが、ある程度煙の中でも見えるようになりました。


「よいしょ」


 剣は初めて使いますが、見様見真似でどうにかしましょう。

 身長差があるようなので、思いきり跳躍します。

 まずは、白いローブに身を包む女の方からです。ひと思いに、ざっくり、首からいってしまいましょうか。

 ――うん。少し手間取りましたがこれでいいでしょう。


 次は気弱そうな男の子ですね。こちらも首を落としてしまいましょう。

 ――できました。これで首尾は上々です。セナさんの方はどうでしょうか?


「お、あんたちゃんと殺せたんだ」


 小さなナイフをしまうセナさんの足の下には、消えゆく死体がありました。


「ええ。初めてですが、上手く行きました。そちらはどうですか?」


「ああ、意外とさっくり。まだ始めたばっかりっぽくて連携弱くて助かったぜ」


 殺した死体は消えてしまったようです。


「死体はどこにいったのですか?」


「あ? あー、消えた。あいつらはプレイヤーだから、自分たちの陣営のリス地に戻るだろうよ」


「そうですか」


 これは、なかなか楽しいですね。ドキドキ感満載です。もう少しうまくなって、セナさんのお手を煩わせないようになりたいものです。


「さて、これからクエストですか?」


「んーにゃ、予定変更だ。もっと楽しいことしようぜ?」

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