第5話 押されると断れないのです

「えっ? るり姉、ハイドになっちゃったの?」


 琥珀を揺すってゲームの中から出てもらった後、私は一連の経緯を説明しました。

 とても驚かせてしまったようで、とても申し訳ない気持ちです。


「ええ。妖精さんにおまかせしたらハイドになりまして」


「そう、おまかせ……」


 琥珀は目を伏せて、何かを考えているようです。


「ごめんなさい、折角誘ってくれたのに」


「ううん。るり姉のせいじゃないよ。私が最初にちゃんと説明しなかったから」


 琥珀は優しいです。私のことをよくわかってくれていて、丁寧に気を配ってくれます。


「どうしましょう? 琥珀はどうすればいいかわかりますか?」


「うーん、そうだね。新しいアカウント作っちゃえばいいんじゃない? 今のアカウントは売ってさ。レアアバターなんでしょ?」


「ええ、らしいです」


「るり姉はどう思う?って……聞いてもわかんないか。その、セナって子には聞いてみた? 私もあんまりゲームとか詳しくないからさ、私たちより詳しそうなその子に聞く方がいいかも。アバターを売っても大丈夫なのかとか、ハイドからシークに変えられるのか、とか」


「そうですね。ではもう一度、入って見たいと思います」


「うん。私も自分なりに調べてみるね」


「ありがとうございます」


 私は手に持っていたVRゴーグルを再び頭に装着して、ゲームの中に戻っていきました。



▼▼▼▼▼



 時はセナさんに琥珀とのやりとりを伝えたあとに進みます。

 セナさんは本当に驚いてばかりですね。そんなにアバターを売るという選択がおかしかったのでしょうか。


「いやいやいやいや。そんなレアアバター売るなんて頭おかしいだろ。どーしてそうなった?」


「頭おかしいはひどくありませんか。訂正してください」


「……すまん」


 可愛い女の子のまつげが伏せられます。


「妹がそう言ったんです。それで? アバターを売ることはできるのですか?」


「そりゃ、そんだけのレアアバターなら売れるだろうなあ。しかも、高値で」


「新しいアバターを作り直すこともできますか?」


「多分な。でも、ネカフェの貸し出しハードだと、メールアドレスで登録してるだろうから、別のアドレスを用意したほうがいいだろうな」


「はあ。その辺はよくわかりませんね。妹に全てまかせたものですから」


「でも、俺的にはあんまり売るってのはおすすめできないぜ?」


「どうしてですか?」


「うーん。……もったいないだろ? そんなかわいいアバターなのに、売ったら誰か知らないおっさんが使うんだぜ?」


「私は別に構いませんが」


「ちっ。よーし、よく考えてもみてくれ」


「何でしょう?」


「アカウント変えて、妹さんと同じ陣営になるとする。晴れて、妹さんとは仲間同士だ」


「そうですね」


「でも、それじゃつまらねえと思わないか?」


 セナさんは人差し指を立てながらニヤリと笑います。


「今まであんた、ずっと妹さんと一緒だったろ?」


「ええ、まあ、そうですね」


 ずっとと言われると少し違いますが。まあ、何をするにしても琥珀とは一緒でしたね。


「これまで通り、妹さんにおんぶに抱っこのままでこのゲームをするのか? もっと、楽しみたいと思わないか?」


 そう聞かれると、なんだか揺さぶられるものがある気がしますね。あくまで、気がする、なんですが。


「ゲームってのは、争ってなんぼだ。ハイドなら、俺とならその醍醐味を楽しめる。妹さんとでは味わえない楽しみがあると思うぜ?」


「………………わかりました。このまま、このアバターで遊びましょう。その代わり、ちゃんと教えて下さいね?」


「っしゃ」


 セナさんがひとりでガッツポーズをしています。


「……ね?」


「あ、ああ! もちろん!」


 予定にないことでしたが、これもこれで楽しそうです。

 琥珀にはなんと言い訳をしましょうか。

 そうですね、セナさんのせいにしておきましょう。決して、私が新しい楽しみを見つけたかったからとは言いません。


「では、さっそく遊んでみたいです。もう始めてから1時間も経ってしまいましたからね。ちゃんとこのゲームの楽しさを教えてくれるんですよね?」


「おうともよ! じゃあ、まずはクエストだ!」

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