第3話 結局、彼なのでしょうか、彼女なのでしょうか

「なるほど、これがぶいあーるえむえむおーというものなのですね」


 周りを見渡せば、現実にはないような真っ黒で古風なお家が並んでいます。

 例えれば、パリの旧市街がペンキで真っ黒に塗りつぶされてしまったかのような景色、といったところでしょうか。

 今は昼なはずなのに空は紫色で薄暗く、空気も少し重いように感じます。


 しかしすごいですね、今の技術は。

 あんな小さな被り物をつけただけなのに、まるで違う場所です。

 ここは現実ではないとはっきり認識できるのに、確かに私はゲームの中に存在しています。

 不思議な感覚ですね。


「そう言えば、琥珀らしき人が見当たりませんね?」


 むしろ人自体あまりいないようです。パラパラと通るぐらいでしょうか。

 しかも、みんなちゃんとした人間ではないようです。

 顔は普通の人間なのに、耳や尻尾が生えていたり、逆にもう人間ではないような人もいます。

 それに、その人たちみんな私より遥かに身長が大きいようです。


 そういえば、妖精さんが人外がどうのこうのと言っていましたね。

 私ももしかして、人外なのでしょうか。

 確認しようにも鏡は持っていませんし、姿が映りそうな窓ガラスもありません。

 というかむしろ手ぶらです。お金もなくて持ち物もなくて私はこの世界で一体どうやって過ごしていけばいいのでしょうか。


「とにかく、琥珀を探しますか」


 私は旧市街(仮)の石畳の上を歩きながら、妹の名前を呼びます。

 この世界では顔が変えられるようですからね。琥珀に似た顔の人でも琥珀ではない可能性があります。


「琥珀ー?」


 しかし一向に返答はありません。

 さて、困りました。


「あのー?」


 と、こんこんと優しく背中を突かれました。

 もしかして、もしかしなくても琥珀でしょうか。

 でも、琥珀は「あのー?」なんて丁寧な言い方はしません。

 私はおかしいなと思いつつも振り返ります。そこには、私と背丈が同じくらいの可愛らしい女の子がおりました。


「琥珀ですか?」


「いや、違うけど」


「えっ。ではどうして私に話しかけたのですか?」


 素朴な疑問です。

 一体こんな可愛らしい子がどうして私に用があると言うのでしょう?


「あんた、お嬢様プレイ? まあ、いいや。あんた俺とパーティー組まない? 一人なんだろ?」


 おや、これはナンパというやつでしょうか。

 それにしても、お口が悪いですね。中身は男の子なのでしょうか。


「失礼ですが! 私は一人ではありません! 他をあたってください」


「……あんた、ニュービー?」


「さっきからあんたあんたと、失礼にもほどがあります。それより、にゅーびーとはなんですか?」


 注意するより好奇心の方が勝ってしまいました。

 女の子(男の子?)は驚いた顔をして、「まじかよ」と、呟きました。


「面倒くさいの引いちまったな……。でも、レアアバタープレイヤーをここで逃すわけには……」


「教えて下さいませんか?」


「あぁあぁ、面倒くせえな。教えてやるよ。ニュービーってのは、初心者って意味だ」


「ああ、私はそうですね。私はゲーム初心者です。ところで、あなたは私の姿がわかるのですよね?」


「当たり前だろ」


「では、鏡を見せてもらえないでしょうか。持っていたらでいいので」


 女の子は可愛らしい顔に驚愕の顔を浮かべて、それからため息をつきました。


「まじか……。こんだけ運いいのに初心者とか惜しすぎだろ……」


「さっきから私の話を聞いてくれないのですね。なんなのです? レアアバターとか、運がいいとか。どちらも私のことを言っているのですよね?」


「……そうだよ。全部あんたのことだ。ほらよ」


 女の子はどこかから何かを取り出すと、放り投げてきました。

 受け取って眺めてみると、鏡のようです。


「ありがとうございます」


 私はありがたく鏡の中を覗き込み、自分のアバターというのを確認します。


「おや。結構良い感じではないでしょうか」


 肌の色素が薄いのは気になりますが、瞳が綺麗ですね。右目は紅色で左目は白に近いピンク色のようです。

 髪の毛も左目と同じで白っぽくて、胸あたりまである毛先の方は薄いピンク色になっていますね。

 あと、どうやら耳が人間のものではないみたいです。


「これは、エルフ……ですか?」


「ああ、そうだろうよ。耳が横にとんがってんのはエルフの特徴だな」


「でも、これがどうしてレアアバターなのですか? エルフなのはあなたも同じようですよ?」


 彼女(彼?)のアバターは、私のと同じように上の方にですが耳が尖っていて少し長いです。

 髪の毛は肩ぐらいで、黒色です。瞳は紫色ですね。肌の色は……血の気が引いているのかと思うほど白いです。


「これは俺のカスタムで、エルフじゃなくて吸血鬼。で、あんたのエルフはちょっと変わってるんだ。それ、ランダム生成にしたろ?」


「ええ、そうですね。おまかせしました」


「エルフは、ランダムでしか作れないアバターなんだ。それに、ハイドが当たるのはダークエルフだけ。なのにあんたは普通のエルフと同じ見た目だ」


「そうなのですか」


 説明はよくわかりませんでしたが、これ以上聞いたところでわかりはしなさそうなので、適当に頷いておきましょう。


「話を戻すぜ。あんた、俺と組まねえか? あんたみたいなレアアバターと一緒にいれば俺の格が上がるし、あんたも損じゃないはずだ。俺はベータテスターだから、ニュービーのあんたにもある程度教えられる」


 そっけなく右手を差し出してきますが、私はその手は取りません。


「先程も言いましたが、私は一緒に遊ぶ予定の人がいます。失礼ですがお誘いをお受けすることはできません」


「でも、その遊ぶ予定の人っての、見つからないんだろ? そいつがどっちの陣営か聞いたか?」


「そういえば、聞いていませんね」


 そも、ゲームで遊ぶときにチームで分かれるなんて聞いていませんでしたし。

 私の方は妖精さんの采配でハイドになりましたが、琥珀はどちらの陣営に入ったのでしょう?


「じゃあ、シークの方に入ったんじゃないか?」


「どうしてそう言えるのですか?」


「どうしてもなにも……、現状一番人気なのはシークだからだよ。RPG要素強いし、経験値稼ぎやすいし、SPとTPはちょいめんどくさいが、それもまた面白いってな」


「そうなのですか。確か妖精さんもそのようなことを仰っていましたね」


 ハイドの方が人が少ないと言っていましたっけ。


「そ。そゆこと」


「では、どうしてあなたはそんな人気のない陣営に入ったのですか?」


「それはあんたも同じだろ」


「私は、妖精さんにおまかせしただけです」


「おまかせって……。まあ、ニュービーならあり得なくはないか。──俺はな、人を殺しまくりたいんだよ」


「人を? ですか。ここの人は可愛らしい顔をして物騒なことを言うのですね」


 妖精さんも、殺しまくるとか言っていましたが、このゲームの中には殺すことしか考えていない人が多いのですかね。


「ハイドがやるのはな、シークを殺すことだけなんだよ。シークを散々殺しまくって、勝ち上がることだ。シークを殺せば殺すほど陣営内のランキングは上がる。俺は、そのトップに立ちたいんだ」


 なるほど。殺せば殺すほどランキングが上がるのですね。勉強すればするほど点数が上がり、席次が上がる、というのと同じようなものでしょうか。

 また新しい疑問が出てきてしまいました。


「私は何をすればいいんですかね?」


「それを、俺に聞くのか?」


「ええ。私はにゅーびーですので」


 彼(彼女?)は目を見張ると、ぷはっと吹き出しました。


「殺せばいいんじゃねえか? 俺と同じでさ。ま、あんたがどんだけ頑張ろうと俺が一位になるけどな! で、どうすんだ? あんたの知り合いはシークっぽいんだろ?」


「うーん、そうですね。少し妹に聞いてみたいと思います」


「おい、リアル情報は言うもんじゃねえぞ!?」


 あ、でもここから出る方法がわかりません。


「どうすればいいのでしょうか?」


 彼(彼女?)を見つめてみます。

 すると戸惑ったような表情を浮かべて、頬をポリポリと掻きました。


「指で丸を描くとメニューウィンドウが出る。それで、ログアウトってとこを押せばいいだけだ」


「ありがとうございます……えっと、お名前は……?」


「今更かよ……って俺も言えねえか。──俺の名前は、セナだ」


 おや? 彼が右手を差し出すと頭上に何か現れましたね。ハートを持った人のようです。

 私が握り返してみると、ピコンと言う音がどこかからしてハートが大きくなりました。

 と同時に、彼の頭上には彼のお名前とハートに囲まれた人のマークが出ました。


「私はるりです。……では」


 セナさんに教えてもらった通りにすると、無事このゲームから出ることができたようです。

 どろりとした黒い何かが周囲を覆います。その間にセナさんがなにか言い残したような顔をしていましたが、もう戻ることはできないみたいですね。

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