第13話
「素直じゃ生きられない」
第3章 4
軽バンの停めてある駐車場はマンションから少し離れた場所にある。
マキエを送り届けて佐智子の家事を手伝ってから昼食前に佐智子とイチャイチャしてシャワーを一緒に浴びて昼御飯に蕎麦を食べて午後に明日の仕事の準備をするために駐車場へ向かった。佐智子はマキタの掃除機を持って「いってらっしゃい」と笑顔であった。
マキタのバッテリーと電気工具と部材をチェックして駐車場入口の自販機でいつもの缶コーヒーBOSSブラックを買った。軽バンの後に腰掛けていると誰か近づいてきた。
「エアコン屋さんなんですか?」
「あ、はい。設置専門ですが……」
男の手には包丁が光っていた。
俺は咄嗟に逃げようとしたときに腰の辺りに体当たりされてその場に転んだ。
男は俺に馬乗りになり何度も包丁を振り下ろしてきた。腕に当たる感触と血が飛び散っているのを見ながら男の顔をハッキリと確認した。
「佐智子の父親!?」
その瞬間男は俺から離れて走り去っていった。
俺は男の走り去る後ろ姿を見ながら立ち上がろうとしたが身体に力が入らなくて転んだ。這いつくばって軽バンまで戻った。携帯は運転席に置いてあるが、身体の痛みと息が苦しくて運転席まで持ちそうに無い……。
軽バンにもたれ掛かり呼吸を整えながら流れ出している鮮血が砂利に染み込んでいくのを見つめる。身体のあちこちから血が出ているから何処を刺されたのかも解らない。
胸ポケットからタバコを取り出して加えた。
「あぁあの時の長渕剛もこんな感じだったのか…」
死を目前にあのシーンを思い出すとは少し笑えたがタバコに火を付けることは出来ない。
少し身体を動かすと全身に激痛が走る。特に腰の辺りが貫通しているみたいに痛むー。
「ヤバいな…死ぬかも…」
俺は意外に冷静になっている。此処は工場地帯の一角で近所のマンションからも死角になっていて通行人も居なくてしかも俺は車の後だ。
ブブブ…ブブブ…。
携帯が鳴っている。
だが動けない。
「佐智子…マキエ…ごめんな」
瞼が鉛のように重い…。
良い人になりたいなんて思ってないよ。
早くホームルーム終わらせたかったんだよ。
別に沼田さんが気になってた訳じゃ無い。
放課後に教室から出て行くのを見ていたけどカーテンを切った所は見てないもんよ。
沼田さんが犯人だなんて誰も思ってないよ。
俺が適当に先生に謝っておけばいいんじゃない?
それだけだよ。
カツアゲされてたアイツを助けてやろうと思ったのはホントだよ。
ただ、恥ずかしくてクールを気取ってたんだよ。
初めて愛し合った時の佐智子の表情を覚えてる。
俺を力強く抱き締めながら唇だけ動かしてたろ?あれはなんて言ってたんだ?俺には「助けて」って聞こえたんだよ。
幸せ過ぎたんだな…。
佐智子の父親を怨んでは無い、いや怨んでいないと言うのは嘘だな…あのクソジジィ俺を殺しやがってよ。
あと100回、いや1000回、いやいや10000000回佐智子に“愛してる”“ありがとう”と言いたかったな…。
マキエが制服着て学校へ行くところ見たかったなぁ…。
ジジィとババァになって孫と遊んでみたかったなぁ…。
でも幸せだった。
薄らと見える空は青くて雲がゆっくりとゆっくりと流れているー。
おわり
素直じゃ生きられない 門前払 勝無 @kaburemono
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