第7話
「素直じゃ生きられない」
第2章 はは~ほほー
俺の誕生日は二月で佐智子は三月であった。
一月に二人の誕生日を祝うことにしている。
そして、中学を卒業してから四年目ー。
俺と佐智子は入籍した。
結婚式は挙げなかった。そんなお金は無いし友人や知人は呼びたくなかったのである。
俺はエアコンの設置業者で些細な独立をしている。佐智子は週三だけ近所のスーパーで働いている。そして二人で通信制の高校へ入学もしている。月一回のスクーリングで埼玉県深谷市まで通っている。渋沢栄一のなんとかって施設で授業をするのである。同級生達は不良少年とか薬物依存者とか14歳で子供を産んだ女の子とか様々な事情を抱えているが皆ニコニコとして仲良しである。佐智子の友達の百合子は子供のオムツを変えながら授業を受けていて先生も堪らずだっこさせてもらっている。
面白い学校である。
「あのね」
「なに?」
「あのねのね」
「なんだよ」
「好き!」
プッと珈琲を溢してしまった。
「あ!ごめん!」
佐智子は助手席からテッシュで俺のズボンを拭いてくれている。
「ありがとう!こら!そこは今は触るな!」
佐智子はイタズラに俺の股間を突いている。
そんなやりとりをしながらスクーリングから自宅へとドライブしている。
佐智子の作った弁当を持って小さなワゴン車へ乗り込んだ。
今日のエアコン設置の現場は一件しか無いから午後一には家に帰れるなと思いながら下北沢方面へ向かった。
その家、いや要塞は薄気味悪い感じがした。
インターホンを押した。
「こんにちは、佐川設備です」
「今何時?」
「あ、今はえっと八時五十五分ですが」
「九時の約束よね?早いわよね?九時になったら来て頂戴」
「え?あ、はい」
俺はポカンとして五分待ってからインターホンを再度押した。
「どうぞ」
門の鍵が開く音がした。
俺は台車にエアコン設置道具を積んで屋敷内へ入った。
コンクリートのスロープを玄関まで進んだがそこから見える庭は荒れ果てていて言い表すなら“ボーボー”である。
玄関についてノック使用とすると扉が開いて中にはドレスを着たお婆さんが立っていた。
「あ!え?ん?」
俺は初めて見る雰囲気のお婆さんにあっけにとられた。
「こんにちはどうぞ中に入って、あちらこちらに荷物が散乱しているから気を付けてくださいね」
お婆さんはそう言って奥へと消えた。
俺はキョロキョロしながらも中へ入った。
「あの、設置場所は何処でしょうか?」
「お二階です」
お婆さんの後について行くと明らかに物書きの部屋である。丸まった原稿用紙が散乱していて分厚い本が積み重なっていて灰皿には煙草の吸い殻が山になっている。そして、ウィスキーグラスと瓶が並んでいる。
俺は感動していた。
俺はエアコン工事を速やかに開始した。
直ぐ後ろにお婆さんが見ていて少し気まずいので話し掛けてみた。
「ご主人は作家さんですか?」
お婆さんは急に恥ずかしそうにし始めた。
「ごめんなさい」
「いいのよ。それよりなんで作家って解ったの?」
「え?いや、原稿用紙とか本がたくさんあってもしかしたらなぁと…」
「ずいぶん書けていないんだけどね」
「お婆さんが作家さんですか?」
「そうよ。一人暮らしですもの」
「それはすいません」
「貴方は本好きなの?」
「あまり読まないですが、書く方が好きです」
「貴方も物書きさん?」
「ド素人ですよ」
「是非読ませてもらえるかしら?」
「え?読んでもらえるんですか?」
「是非読みたいわ」
エアコン設置が終わったら俺の作品を読んでもらえることになった。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます