鏡屋マリンが最近怪しい

 鏡屋マリンは、優秀で従順な生徒である。――と評価されているのを、私は知っている。


 私は、生徒会長を勤めていて、しっかりと役割をこなす。

 朝早くに起床し、黒色の髪ゴムできっちりと一本に髪を結って、前髪は黒色のピンで留める。スカートの丈は校則に従っているし、シャツのボタンは一番上までかけて、もちろん制服を着崩したりもしない。


 それが、私、鏡屋マリンである。


 そんな私には、夢があり、その夢に向けての計画を着々と進めている。

 学校なんてつまらない。私には、夢がある! ああ、なんて……なんて、素晴らしいのだろう。


 私は誰もみていないのをいいことに湿った息を漏らし、笑みを浮かべる。


 小型ナイフ、斧、ハンマー、くぎ、縄、網、ガムテープ……その他、もろもろ。

 ネットで様々なものを注文した。決行日は、明日。


 緊張しながら最後の小包を待つ。

 ピンポン、とチャイムが鳴り、私は迷わずドアを開けた。


「鏡屋さんっ」

「え」

「いったい、なにを――何を、企んでいらっしゃるんですか!?」

「と、特に、なにも……」


 ドアの向こうにいたのは、学校の先生だった。いつも生徒にいじられて遊ばれてばかりいるのに、この人のカンだけは馬鹿にできない。


「恨んでいる人でもいるんですか!?」

「えっ。私が、ですか?」

「えっ……違うん、ですか?」


 落ち着いて話をしてみると、先生は私のことを心配していたらしいことがわかった。


「何やら殺人計画でも企てているのかと思いました。もう、驚かさないでくださいよ」

「計画立ててたのは、間違ってません。私、週末に山へ行ってひとりでキャンプしてみようかと思ってたので」


 ちょうど、配達員が先生の後ろに現れた。持っていたハンコを押して、最後の小包を受け取る。


「私、山で自給自足生活するのが、ずっと夢だったので……母と父が旅行に行っている間に、こっそり初めてのキャンプ体験を済ませておこうかと思って」


 微笑んで、先生を見上げる。


「これ、テントです。だから、内緒にしていただけますか? このことを知ったら、二人とも目を回して、それから泣きながらやけ酒しちゃうと思います。あの人たち、困っちゃうくらい親バカというか、過保護なんですよ……」


 ――先生、だからお願いです。

 私の家の事情、知ってるんでしょ? 今回を逃したら、もう次はないんだってことも、伝わってるでしょ?


 真実を織り交ぜつつ信頼を示し、そして、生徒会長の私が先生に“お願い”することで頼ると、あら不思議。私の夢を叶えてあげたくなってしまう。これが、クーデレの“デレ”の威力だ。


「で、でもですね、両親の了承なしの外泊は、いかがなものかと思いますが」


 あーあ、仕方ない。これは、奥の手を使うしかなさそうだ。


「あぅ、せんせっ、今回のいっかいだけでいいから……」


 瞳を潤ませ、口調を幼く変える。先生は、私の態度に戸惑っているようだ。


「わ、わたし、ずっとあこがれてて……冒険小説が好きで……でもお母さんもお父さんもいいよって言ってくれなくって」

「……鏡屋さん」

「ふ、ぇっ」

「――わかりました。今回だけ、ですよ」


 ――その言葉を、待ってたよ。


「ありがとっ、ございます、せんせぇ……」


 弱々しく、微笑んで、


「私、うれしいです」


 好感度上がったよ、と伝えて、それから。


「月曜日に、一番にお土産話を聞かせてあげますっ」


 ご褒美をあげる約束をして、フィニッシュ。







「はずかしくないのかなぁ、あんな顔赤くしてさぁ」


 先生が帰った後。私は、最後の小包を開けていた。


「ふふふ。自給自足、だってぇ」


 ――そんなくだらないこと、私は絶対にやらないけど。


 ほこりっぽい段ボールの中には、ヒトには絶対に見せられないものが入っていた。


「さぁて。楽しいねぇ。ね、お母さん、お父さんっ」


 びくり、と扉の向こうで気配が震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いい感じの短編っぽいやつのまとめ的なもの カミレ @kamile_cha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ