第144話:「進軍:2」

 ヴィルヘルムの進言を受け入れたエドゥアルドは、動ける者たちを集め、ただちにノルトハーフェン公国の首都であり、政庁であるヴァイスシュネーが置かれているポリティークシュタットへと進軍することを決めた。


 それは、ノルトハーフェン公国の国家元首である、エドゥアルド公爵の軍隊としてはあまりにも貧弱な軍勢による行軍となるはずだった。

 兵士たちはフェヒターの私兵との戦闘で多くの死傷者を出しており、ヨハン・ブルンネンたち、エドゥアルドが個人的に集めることができた兵力を追加しても、この進軍に参加できる人数は100名にも満たない。

 エーアリヒ準伯爵など、公国の有力な貴族たちが個人的に養っている私兵の数にすら劣る人数だった。


 だが、エドゥアルドはこの進軍を断行するつもりだった。

 たとえ貧弱な人数ではあっても、この100名にも満たないこの軍勢こそがエドゥアルドがもっとも信頼するのに足る人々であり、それだけの人々を味方につけることができたという事実を、エドゥアルドは誇りに思っているからだ。


 そしてなにより、長く続いた公爵位の簒奪さんだつという陰謀に、ついに決着をつけることができるのだ。


 フェヒターという生き証人に、戦いに参加した私兵たちの生き残り。

 この[生きた動かぬ証拠]を突きつけることで、エドゥアルドは人々に、自身にこそ正義があることを示すことができる。

公爵の名の下に、反逆者たちに正当な裁きを下すことができるのだ。


 エドゥアルドは負傷者の治療や戦闘の後片づけに入っていた兵士たちを集め、まだ生々しく戦いの傷跡の残るシュペルリング・ヴィラの前に集合させた。

 兵士たちは戦塵せんじんに汚れ、返り血を浴び、やや疲れたような表情を見せる者たちもいたが、進軍に参加するすべての兵士たちは気丈に、整然とした隊列を作って見せた。


 そして、その兵士たちの前に、エドゥアルドは立つ。

 兵士たちと共に戦い、兵士たちと同じように、戦塵せんじんにまみれたままの姿で。


「我々は、これより、ポリティークシュタットへ向かって進軍する! 」


 そしてエドゥアルドは、居並んだ兵士たちの顔を1人1人、丁寧にながめた後、口を開く。


「僕はそこで、僕が持つべきすべての権利を、ノルトハーフェン公爵としての正当な権利を取り戻す!


 その前に、ここで僕は、僕のために戦うことを選んだすべての人に約束する!


 僕は、良き公爵となる!

 功ある者は必ずそれを明らかにしてしょうし、罪がある者は必ずそれを明らかにして罰する!

 民の安寧あんねいな暮らしを守り、誰も飢えや寒さに怯えずとも良い、豊かな王道楽土を築き上げる!


 そして、もし、我が帝国のために、我が公国のために戦わなければならない時が来れば、諸君らとともに、僕は共に戦塵せんじんにまみれて戦う!


戦場で討たれた、我が父のように!


 そして、今日のように!


 兵士たちよ! 僕と共に、進もう! 」


 エドゥアルドはそう兵士たちに呼びかけると、自らの拳を天高くつきあげた。


「公爵殿下と、共に! 」


 そのエドゥアルドの動きに合わせて、ペーターが叫ぶ。

 兵士たちはそれに続いて、一斉に歓呼の声をあげた。


 兵士たちの歓呼の声を浴びながら、エドゥアルドは青鹿毛あおかげ(※青とありますが、これは毛並みが黒っぽい馬のことを指す言葉だそうです)の馬にまたがった。

 そして、その周囲に、同じく乗馬したペーター、アーベル、ミヒャエルらの士官とヴィルヘルムが並び、エドゥアルドの身辺を固める。


 エドゥアルドの近くに、2つの旗がかかげられた。

 1つは、ノルトハーフェン公爵家に代々伝えられる、家紋である舵輪だりんが描かれた、ノルトハーフェン公爵のある場所を人々に明らかにするための旗。

 もう1つは、エドゥアルドを守るために戦った、ペーターたち警護の歩兵中隊の中隊旗。


 その後ろには、ヨハンたち近隣から駆けつけてくれた猟師たちと、兵士たちが続く。

 加えて、兵士たちの隊列の中央には、ゲオルクが操作する馬車が配置された。


 馬車の中には、捕らえられたフェヒターが乗せられている。

 拘束され、もはやなんの抵抗もできなくなった彼は、屈辱に耐えるように唇を引き結びながら、前かがみになってうなだれている。


「進め! 」


 ポリティークシュタットへの進軍に参加するすべての人々が隊列を組み終えたことを確認すると、エドゥアルドがそう号令を発した。


 兵士たちの進軍の歩調と整え、その威容を明らかなものとするための勇壮な行進曲が演奏される。

兵士たちはその演奏に合わせて、整然と行進を開始した。


 かかげられた旗が風を受けて堂々とひるがえり、兵士たちがかついだマスケット銃に装着されたままの銃剣が、陽光を反射してキラキラと輝く。

 彼らは戦塵せんじんにまみれた姿ではあったが、その行進は、勝利を手にした者たちが凱旋がいせんするようにも見えた。


 それを見送るのは、負傷者たちを守るために残された、比較的軽傷の兵士たち。

 彼らは屋敷の前に一列に整列してエドゥアルドたちを見送ったが、中には大きなケガもなく十分に動けるのに、この進軍に同行できないと知って涙ぐんでいる者もいる。


 本来であれば、公爵の出立に際しては、公爵家に仕えるメイドたちも全員見送りにつかなければならないはずだったが、そこにルーシェたちの姿はなかった。

 エドゥアルドの指示で、彼女たちは負傷者の治療に専念しているのだ。


 エドゥアルドにとって意外だったのは、マーリアとルーシェだけではなく、シャルロッテまでもが残ることを選んだことだった。

 シャルロッテはエドゥアルドの身辺警護などを務めてきたメイドであり、相手が応戦準備を少しも整えられていないはずだとはいえ、敵地に乗り込むエドゥアルドを守るためにこの進軍に参加するのだろうと、エドゥアルドは思っていた。


 しかし、シャルロッテはついてこなかった。

 それにはもちろん、負傷者たちを少しでも多く救うためには、マーリアとルーシェだけでは人手が不足していたというのもあるだろう。


 だがエドゥアルドには、それだけではないことがわかっていた。

シャルロッテは、エドゥアルドが信じると決めた人々を彼女自身も信じると、そう決めたのだろう。


 彼女はエドゥアルドを守るために戦う人々が自分以外にもあらわれたことを認め、信頼してエドゥアルドを任せ、今、自分にできることの中で、もっとも意味のあることをしようとしている。


(彼女たちに、いい報告ができるように祈ろう)


 エドゥアルドと、彼が信じた人々のことを信じ、メイドたちは懸命に働いている。

 エドゥアルドはそんな彼女たちの存在に感謝しながら、その視線を、ポリティークシュタットのある方角へと向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る