第142話:「決着」

 エドゥアルドの剣がフェヒターの腕を切り裂き、フェヒターがサーベルを落とし、自身の腕の傷口をもう一方の手でかばって後ろに下がった時。


 戦いの、決着がついた。


 それは、エドゥアルドとフェヒターの、1対1での戦いの決着だけではない。

 このシュペルリング・ヴィラでくり広げられていた戦い全体の決着だった。


 屋敷の外が突然、騒がしくなる。

 たくさんの男たちが一斉に喚声をあげ、一団となって突っ込んでくるような音だった。


 それは、ミヒャエル少尉からの連絡を受け、かけつけてきたアーベル中尉以下の半個中隊だった。


「突撃! 我に続け、敵を蹴散らせ! 」

「公爵殿下をお救いするぞ! 」


 銃剣を装着したマスケット銃で槍衾やりぶすまを作り吶喊とっかんする兵士たちの先頭は、軍馬にまたがったアーベル中尉とミヒャエル少尉の2人だった。


 2人はサーベルを高くかかげ、シュペルリング・ヴィラの外に残っていたフェヒターの私兵たちに向かって突進した。

 戦いが行われていた屋敷の方に注意を向け、背後の警戒をしていなかったフェヒターの私兵たちは、文字通り蹴散らされる。


 そして、アーベルたちの到着に気づいたフェヒターの私兵たちは、我先にと逃げ出した。


 元々、金で雇われただけのごろつきたちだ。

 フェヒターに対する忠誠心など持ってはいないし、勝敗が明らかとなり、フェヒターからの報酬ほうしゅうが得られないと悟れば、躊躇ちゅうちょなく逃げ出す。


 アーベルもミヒャエルも、武器を捨てて逃げようとする私兵たちは追わなかった。

 屋敷はすでにフェヒターたちによる突入を受けており、味方を救援し、なによりもエドゥアルドの安否を確かめることが、なににも増して優先されるからだ。


 フェヒターの私兵たちの内でまだ身動きの取れた者は、屋敷から逃げ出そうとする。

 だが、エドゥアルドたちが防衛のために使用可能な出入り口を限定していたため、出入り口で押し合い、し合いの混乱となった。


 そこへ、アーベルたちが攻めかかった。

 ある私兵は建物の中に戻ろうとし、別の者は戦おうとして兵士たちの銃剣に串刺しにされ、またある私兵は投降した。


「どうやら、勝負がついたようだな、フェヒター」


 エドゥアルドは、切られた腕を抑えたままエドゥアルドのことを睨んでいたフェヒターに、冷静な口調でそう告げた。


 エドゥアルドは、勝ち誇ったりはしなかった。

 追い詰められていた状況から、ようやく逆転を果たし、事態が好転しようとしている。

 この得難いチャンスに、最後の詰めを誤りたくはなかったのだ。


「おのれっ……、アイツら、我先に、逃げ出しやがって……! 」


 フェヒターは悔しそうに唇を引き結びながら、エドゥアルドの側に援軍が到着した途端、戦うことをやめて逃げ出した私兵たちを恨むような声をらす。


「なぜだ!? こんな、後ろ盾のない、すずめ公爵なんかに……! 」


 それからフェヒターは、アイツが悪い、誰のせいだ、などと、ブツブツと呟きはじめる。


(結局、僕の勝因は、僕が[実権のない公爵]だったから、か)


 そんなフェヒターの様子に、内心で若干のあわれみの感情をいだきながら、エドゥアルドは自分にあってフェヒターになかったものについて考えていた。


(フェヒターには、エーアリヒという後ろ盾がいた。

 だから、金も力も、奴には僕よりもあった。


 だからこそ、フェヒターは傲慢ごうまんになった。

 僕よりも優位な状況にいるということに、優越感をいだいて、増長した。


 僕には、フェヒターのように後ろ盾もなく、金も力もなかった。

 だから僕は、自分が持たない者だということを自覚して、どうするべきかを考え、そして、他の力を借りるために、信頼を勝ち得るためにどうすればいいのか、必死になった。


 だから僕は、これだけの人々の力を借りることができた。

 それが、僕とフェヒターとの、決定的な違いなんだ)


 それは、エドゥアルドが実感として得た、教訓だった。


 人は、自分にとっての[利]のために動くのが、自然なのだ。

 だが、その[利]というのは、富や地位といったものだけではない。


 誰のために働くことが、もっとも自分にとって[充足]できることなのか。

 それもまた、形を変えた[利]であるのだと、エドゥアルドはそういうふうに理解した。


(……なんだかんだ、アイツの、おかげなのかもな)


 そしてエドゥアルドは、貴族としてではなく、1人の人間として人々に向き合うということを気づかせてくれた1人の少女の顔を思い浮かべて、ふっと、優しく微笑んだ。


 だが、次の瞬間、エドゥアルドはその表情を凍りつかせる。


 なぜなら、敗北感の中で必死に自尊心を保とうと、その原因を自分以外に求めようとしていたフェヒターが、いつの間にか、その手に短剣を握りしめていたからだ。


 その刃の切っ先は、エドゥアルドには、向けられていない。

 それは、フェヒター自身の喉元へと向けられていた。


「小僧……、認めてやる。お前の、勝ちだ! 」


 フェヒターは、エドゥアルドに向かってひきつった笑みを向けていた。

 それは、敗北の恥辱ちじょくに耐えることよりも、死を選んだ者の、決意とあきらめ、そして死への恐怖が入り混じった表情だった。


「だが! ……オレの命、貴様の好きなようには、させん! 」

「よせっ、フェヒター! 」


 カッ、と目を見開いて言い放つフェヒターに、エドゥアルドはそう叫んでいた。


 フェヒターに今さら同情したわけではない。

 彼には、生きて、エドゥアルドがこの公国の実権を取り戻す役に立ってもらわなければならないからだ。


 しかし、エドゥアルドにはそれ以上どうすることもできず、フェヒターの自決を止める手段もなかった。

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