第140話:「一騎討ち:1」
フェヒターは、とうとう、エドゥアルドの眼前にまで迫りつつあった。
発砲の硝煙にまぎれながら、前へ、前へと進み続け、とうとう、エドゥアルドがいる部屋にまでたどり着いたのだ。
その場にいたのは、エドゥアルド、ヴィルヘルム、シャルロッテの3人だけ。
他の兵士たちは、フェヒターがエドゥアルドの目の前にたどり着いたのに気づかず、戦いの混乱の中にいる。
「小僧! オレと、勝負しろ! 決着を、つけてやる! 」
フェヒターは戦いの中で刃こぼれをしているサーベルの切っ先をエドゥアルドへと突きつけながら、
「公爵殿下。ここは、
エドゥアルドはその挑戦に応じて自身のサーベルに手をかけようとするが、それを前に出たヴィルヘルムが制止した。
シャルロッテも、ヴィルヘルムに自分が言おうとしていたことを先に言われたことに少し不愉快そうな顔をしつつ、同じようにエドゥアルドの前に出る。
「下郎が! 家庭教師とメイド風情が、貴族の決闘に割り込んで来るんじゃない! 」
そんな2人に、フェヒターは顔を赤くしながら怒鳴りつける。
しかし、ヴィルヘルムはいつもの得体のしれない柔和な笑みを崩さず、シャルロッテは呆れたように肩をすくめてみせた。
「ポリティークシュタットの城壁の上で公爵殿下と決闘をされた時、手下に攻撃させたのは、どこのどなただったでしょうか? 」
そのシャルロッテの指摘に、フェヒターは「ぐっ!? 」と苦しそうにうなり、顔を赤くしたり青くしたりする。
言い返せないフェヒターに、シャルロッテはさらに挑発するような視線を向けた。
やはり、フェヒターが私兵たちを鼓舞するために使った下劣な言葉を、まだ根に持っているようだった。
「それに、ここは決闘の場ではなく、戦場と心得ております。
ですから、1対1でなど、戦って差し上げる必要はございませんでしょう」
「ええ、シャルロッテ殿の、おっしゃる通りでしょう。
それに、
シャルロッテの言葉に続き、ヴィルヘルムはそう言うと、さらに1歩前に出て腰からサーベルを抜こうと、
「待て」
だが、そう言って2人を制止したのは、エドゥアルドだった。
驚いてエドゥアルドの方を振り返るヴィルヘルムとシャルロッテに、エドゥアルドは真剣な表情で言う。
「僕は、ノルトハーフェン公爵で、万が一にも戦いに倒れるわけにはいかない。
そのことは、僕もよく理解している。
だが、僕はここで、フェヒターに勝ちたい。
負ければ、アイツも、二度と僕から
それに、この戦いに、僕自身の手で決着をつけておきたいのだ」
「しかし、殿下……」
シャルロッテがやや不安そうな声をあげる。
一度エドゥアルドはフェヒターとの決闘で勝利しているが、今回は決闘ではなく、シャルロッテ自身が言った通り、戦場での戦いなのだ。
フェヒターがどんな手を使って来るかわからないし、あの城壁の上で見せたのよりもさらに
「もし、ここで戦わなかったら……、僕はきっと、不完全燃焼で、これから先、一生、後悔することになるだろう」
しかし、エドゥアルドの決意は固い。
その時、シャルロッテの肩に、ヴィルヘルムの手が軽く置かれた。
シャルロッテが視線を向けると、ヴィルヘルムがいつもの柔和な笑みで、だが、真剣なまなざしでシャルロッテのことを見つめていた。
「シャルロッテ殿。……殿下が、ここまで強くおっしゃっているのです」
「……わかり、ました」
シャルロッテはなおも不安を隠せずにいる様子だったが、ヴィルヘルムにうながされて、エドゥアルドの意志を尊重することに決めた。
ヴィルヘルムとシャルロッテに安心させるような笑顔でうなずいてみせると、エドゥアルドは前に出て足を半歩開き、サーベルを抜いて半身になってかまえをとった。
「来い、小僧! 」
フェヒターも、剣をかまえ、
互いに、文字通りの真剣勝負だ。
エドゥアルドはこれまで自分を苦しめてきたフェヒターとの決着を彼自身の手で付けたがっているし、フェヒターもまた、
2人の間に、ピンと張り詰めた空気が流れる。
部屋の外では、戦いの
兵士たちの銃剣と私兵たちが振るう得物が打ち合う音と、互いの雄叫びが重なり合い、時折銃声が混じる。
だが、エドゥアルドとフェヒターの間には、
2人はその意識を互いの一挙手一投足に集中し、五感を総動員して、動くタイミングを計っている。
2人が動いたのは、同時だった。
エドゥアルドとフェヒターは互いに雄叫びをあげ、サーベルを振り上げ、積年の対立に決着をつけ、互いの感情に清算をつけるために戦う。
そうして、双方の陣営の大将同士の一騎討ちが始まった。
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