第138話:「接近戦:2」
フェヒターは、そう叫ぶなり、宣言通りに自ら先頭になって走り始めた。
その様子を目にした私兵たちも、そのほとんどが、
「撃てる奴は撃て! 敵が突っ込んで来るぞ! 」
戦闘指揮を委ねられているペーターも、緊迫した声で次々と兵士たちに指示を出す。
「できるだけ兵士を集中するぞ!
敵を殿下に近づけるな!
出入り口で押しとどめる!
手すきのものはオレについて来い!
アーベルたちが来るまで、耐えるんだ! 」
そして、ペーター自身がサーベルを手に、フェヒターたちが突入してくるであろう出入口へと向かい、敵の来る恐れのなくなった兵士たちが配置を離れ、彼に従って駆けだしていく。
フェヒターたちが突っ込んで来る入り口を狙える位置に残った兵士たちは、
屋敷を要塞化する際に、敵の侵入が可能な出入り口を限定し、そこに射撃を集中的に浴びせることができるように調整されている。
兵士たちの射撃によって、私兵たちがバタバタと倒れた。
だが、それだけでは止められない。
私兵たちは倒れた味方を踏み越えるように、固く閉じられた扉に殺到すると、銃床や手斧などで扉を破壊し始める。
扉は、すぐに破壊されてしまった。
元々防御用のものではなく、押しよせるフェヒターの私兵たちの攻撃に耐えることは難しかったのだ。
「オレに続け! 小僧の首を取れ! 」
開いた扉から、フェヒターを先頭に私兵たちがなだれ込んで来る。
「迎えうつぞ! 全員、白兵戦だ! 」
それを、駆けつけたペーターたちが迎えうった。
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戦いの音が、近づいてくる。
剣と剣が打ち合う音に、銃声。
普段、ルーシェたちが暮らしている場所が、戦場になった。
「ルーシェ! 包帯を取ってきて! 」
「はいっ! マーリアさま! 」
その戦闘の中で、ルーシェは、マーリアの指示を受けながら必死に、負傷した兵士たちの手当てを行っていた。
フェヒターたちの突入によって、エドゥアルドを守る兵士たちにも次々と死傷者が生じていった。
兵士たちが装備している白兵戦用の武器は銃剣がほとんどで、室内での格闘戦では不利な面があったからだ。
フェヒターが用意した衣装を身につけ、武装をし、銃兵としての体裁を整えてはいるものの、フェヒターの私兵たちはみな、元々はごろつきたちだった。
普段は、ナイフや棍棒などの得物を使い、そして、彼らは個人的にそういった武器を持ち込んできていた。
私兵たちは普段から小競り合いなどでそういった接近戦用の武器を使い慣れており、そのために、エドゥアルドを守る兵士たちは徐々に押し込まれつつあるのだ。
ルーシェは、怖くてしかたがなかった。
大勢の大人たちが、必死に、雄叫びをあげ、一心不乱に傷つけあっている。
自分もそれに巻き込まれるかもしれないと思うと、今すぐにでも逃げ出したい気持ちになって来る。
だが、ルーシェは逃げ出さなかったし、泣き出すこともしなかった。
ここが、ルーシェの居るべき場所、居たいと思う場所なのだ。
エドゥアルドがいて、シャルロッテがいて、マーリアがいて、ゲオルクがいて。
ルーシェと、カイと、オスカー。
この小さな家族を受け入れてくれた人々のいる場所こそが、ルーシェにとっての家であり、なんとしてでも守りたいものなのだ。
それに、決して幸福なことではなかったが、ルーシェが死体を目にするのは、これが初めてのことではない。
スラム街では、毎日傷害事件が起こっていたし、
その記憶は、ルーシェに力を与えた。
この、ルーシェにとって大切な居場所を、一緒に守っている人々の誰にも、あんな姿にはなって欲しくなかった。
そして、そのためにルーシェにできることは、傷ついた人々をなるべく素早く、確実に手当てすることだった。
数が多く、室内での接近戦に適した武装を持ち、肉弾戦を戦い慣れているフェヒターの私兵たちにペーターの部隊は押し込まれていたが、彼らは組織だった戦闘を続けていた。
負傷者が出ればすぐさま別の者が前に出て、負傷した者はマーリアとルーシェが設置した救護所まで後送されてくるし、孤立してしまう兵士が出ないよう、常に連携して戦うように気を配っている。
そのせいでルーシェたちのところには次々と負傷兵が後送されてくる。
忙しく、次から次へと動き続けなければならない、緊張した時間が続いていた。
動き続けながらルーシェがちらりと確認したエドゥアルドの表情は、なにかにじっと、耐えているようだった。
それは、アーベルの援軍がなかなかあらわれないことや、兵士たちが徐々に押し込まれているという事実に、焦っているようにも見える。
だがルーシェには、エドゥアルドのために命がけで戦い、兵士たちが倒れていくというのに、自分は戦いに加われないということに、必死に耐えているのだろうと思えた。
エドゥアルドはノルトハーフェン公爵であり、兵士たちはエドゥアルドを守るために戦い、こうやって傷ついている。
エドゥアルドには、前に出て自ら戦うということは、許されないことなのだ。
(エドゥアルドさまの分まで、私、頑張ります! )
ルーシェは、そう思って気合を入れ直すと、小柄な体を生かして素早く動き回り、マーリアを手伝って兵士たちの手当てをし続けた。
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