第137話:「接近戦:1」

 フェヒターもその私兵たちも、エドゥアルドたちの射撃によって身動きが取れなくなっていた。

 エドゥアルドたちは事前の防衛準備によってバリケードで守られているが、フェヒターと私兵たちは庭に植えられた木などのわずかな遮蔽物しかない。


 特に、ヨハンたち、地元の猟師たちによる射撃が威力を発揮していた。

 猟師たちが装備する狩猟用の前装式ライフル銃は再装填に時間がかかるため連射することが難しかったが、ちゃんと狙って撃ったところに弾丸が飛んでいくというライフル銃は、次々とフェヒターの私兵たちをしとめていった。


 だが、ほどなくして、エドゥアルドたちの射撃は散発的なものとなっていった。

 エドゥアルドたちは屋敷に作った銃眼から射撃を行っており、元々防備についている全員が一斉に火力を発揮することが難しかったというのもあるのだが、なにより、発砲によって大量に発生する硝煙によって視界不良となったことの影響が大きかった。


 黒色火薬は、大量の硝煙を発生させる。

 このために、同じ銃眼からくりかえし射撃をしていると硝煙が晴れずに溜まり、攻撃するべき目標を視認することが困難となって行ったのだ。


 風が吹いていれば硝煙が散らされるので弊害へいがいは小さくなったはずだが、今日は強い風は吹いておらず、硝煙は銃眼の近くに長くとどまった

 このために、エドゥアルドたちからの射撃は徐々に散発的になり、狙いも甘いものとなって行った。


「撃て、撃て!

 貴様ら、とにかく、撃ちまくれ!

 あの小僧に1発でも銃弾を浴びせることができたら、お前ら全員に、たっぷりと褒美ほうびをやるぞ! 」


 猟師たちからの前装式ライフル銃の狙撃を手中して受け、隠れた木の幹の影から一歩も動けなかったフェヒターだったが、エドゥアルドたちからの射撃が少なくなってきたことに気づくとそう声を張り上げて私兵たちをけしかけた。


「いいか、お前ら!

 あの小僧さえ葬ってしまえば、この国はオレのものとなるのだ!


 金が欲しければ、金をやる!

 地位が欲しければ、地位をやる!

 領地が欲しければ、領地をやる!

 女が欲しければ、女をやるぞ! 」


 そして、フェヒターは下品な笑みを浮かべる。


「そうだ、思い出したぞ!

 あの小僧には、メイドが何人か仕えていたな!


 性格はともかく、なかなか美しいメイドだった!

 確か、シャルロッテとかいう、赤毛の若いメイドだ!


 すずめ公爵を葬れば、お前らの好きなようにさせてやるぞ! 」


 その下劣げれつな言葉は、シャルロッテの容姿を知っている者がほとんどいないために私兵たちの士気を高めることはできなかったが、それを聞いていたシャルロッテの視線を、氷のように冷たいものにするのには十分だった。


「公爵殿下。お願いがございます。

 もし、あの下品なキノコ頭をひっとらえることができましたのなら、ぜひ、私に[お世話]をさせてくださいませ。

 二度と、あのような下劣な言葉を口にできないように、しっかりと[しつけ]させていただきます」

「気持ちはわかるが……、却下だ」


 エドゥアルドは、シャルロッテのいつもより低い声に内心で肝を冷やしながら、それでもなんとかそう言った。


 まだこの戦いの決着がどうなるかはわからない状況だったが、もし、エドゥアルドが勝利をおさめ、フェヒターを捕縛することができたら。

 エドゥアルドはフェヒターを重要な証人とし、エーアリヒから公国の実権を取り戻すのに利用するつもりだった。


 フェヒターに、口もきけないような状態になってもらっては困るのだ。

 だからエドゥアルドは、ヨハンら猟師たちにも、フェヒターの急所は外すようにと指示を出している。

 あくまで、腕や足を狙い、行動不能とするように命じてある。


「……公爵殿下が、そうおっしゃるのなら」


 シャルロッテは不服そうだったが、それでも引き下がってくれる。

 エドゥアルドは、彼女が自分の味方で本当に良かったと胸をなでおろしつつ、生まれて初めて、ほんの少しだけだがフェヒターに同情した。


────────────────────────────────────────


 射撃戦は、激しく続いている。

 徐々に撃ち込まれる敵弾が増えつつあるものの、事前にバリケードを築き、壁の薄い部分は補強しておいたおかげで、兵士たちに被害はまだ出ていない。


 それに対して、フェヒターの側では、すでに銃弾に倒れた者が20名近くになろうとしていた。

 私兵たちは遮蔽物に隠れているものの、その全員がうまく身体を隠すことができているわけではなく、建物の2階から撃ちおろす形で射撃を加えているエドゥアルドの兵士たちからすれば射線が通る者がかなりの数いるのだ。


「突撃だ!

 突撃して、一気に、あの小僧の首を取る! 」


 私兵たちの損耗だけが一方的に増えていくことに焦りを覚えたのか、フェヒターは無理やり建物の中に突入することを決意したようだった。


「一斉射撃だ! 一斉射撃で、小僧の飼い犬どもを黙らせろ!

 その間に、一気に突入する!


 このオレが、先陣をきる!

 貴様ら、後に続け! 」


 フェヒターは勇ましく、自らが陣頭に立って突撃するつもりでいる様子だったが、私兵たちはあまりいい顔をしなかった。

 ただでさえ、遮蔽物に隠れている今でも、ほとんど一方的に味方を撃ち倒されているのだ。


 接近すればまだ有利な数で押し切れる可能性があるとはいえ、そのためには一度遮蔽物から離れて、広く開けた場所を横切るしかない。

 硝煙による視界不良で命中率が低下しているとはいえ、誰も、自ら弾雨の中に突入していくほどの戦意を持ってはいなかった。


 フェヒターは、そんな私兵たちのことを、歯ぎしりしながら睨みつけた。

 彼らは今まで散々、フェヒターから金を受け取ってきたのにも関わらず、フェヒターのために命がけになろうという者は1人もいないのだ。


(金、金、金、金ばかりだ、こいつらは! ……ならば、最後まで、金だ! )


 フェヒターはそう考えると、自身の近くに倒れ、絶命していた私兵から、彼が拾っていた帝国金貨をむしり取り、周囲の私兵たちに見せつけるようにかかげた。


「貴様ら! よーく、見ろ!

 これは、帝国金貨だ!

 大昔に使われていた、純金の金貨だぞ!


 これ1枚だけでも、とてつもない価値がある!


 だが、ノルトハーフェン公国の国庫には、うなるほど、山になるほど積まれているのだ!

 小僧の首をあげた者には、この帝国金貨を、両手で抱えるほどやるぞ! 」


 フェヒターの配下たちは、皆、金目当てでつき従って来た者たちばかりだった。

 だとすれば、彼らを鼓舞できるのは、自分の命さえかすんで見えるほどの黄金しかない。


 フェヒターの狙い通り、私兵たちの目つきが変わった。

 その様子を見て、フェヒターも、ニヤリと獰猛どうもうな笑みを浮かべる。


「よぅし、貴様ら、用意しろ! 一斉射撃だ! 」


 そのフェヒターの声で、私兵たちは銃に弾薬を装填し、かまえる。


「撃て! 」


 そして、フェヒターの号令で、屋敷に向かって一斉に放った。


 今までにない強力な一斉射撃に制圧されたのか、一瞬だが、エドゥアルドの側からの反撃が止む。

 その瞬間、フェヒターは隠れていた木の影から飛び出し、かかげていたサーベルを振り下ろして叫んだ。


「突撃! 」

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