第135話:「裏切り」
ペーターの声が、ビリビリと空気を揺らす。
その太った大柄な骨格の中で響きながら発せられた声は強く、人々の心を打った。
「お前ら! オレが金を受け取っていたくらいだから、あのフェヒター準男爵につかまされている奴も、きっと、多いだろう! だが、金を受け取っている奴も、そうでない奴も、よォく、聞け!」
ペーターはその大きな声で兵士たちに重ねて命じると、普段の訓練の成果か、思わず直立不動の姿勢を取った兵士たちの前を左右に練り歩きながら、演説する。
「たしかに、ここにいるエドゥアルド公爵殿下は、年若い!
考え方が
いきなり訓練に参加したいだとか、オレたちの都合なんざ少しも考えないで無茶ぶりもしてくる!
あそこにいるフェヒター準男爵のように、力のある後ろ盾もない!
このままついて行っても、はっきり言って、いい思いができるかも、わからない! 」
まだ呆然としていたエドゥアルドは、ピクリ、と眉を動かし、冷静さを取り戻す。
それから、軽く落ち込んだ様子で、「ボクって、そんなふうに思われていたのか……」と呟いた。
そんなエドゥアルドにかまわず、ペーターはさらに言葉を続ける。
「だが、公爵殿下は、オレたちにできるだけのことをしてくれた!
公爵殿下はオレたちに、殿下が食べるのと同じ材料で作った食べ物を振る舞い、気にかけてくださった!
公爵殿下のために身体を張ったミヒャエルには、名誉ある会食だって、してくださった!
ミヒャエルの奴は謙虚で、オレたちに遠慮しちまって辞退したが、公爵殿下はミヒャエルに昇進と
それに、勉強にも熱心だ!
毎日毎日、欠かすことなく鍛錬し、オレやお前らが読んだこともないような分厚い本を読んで、プロフェート殿の、オレにはちんぷんかんぷんな難しい授業を受けている!
なんのためだ!?
この、ノルトハーフェン公国の統治者として、オレたちを立派に導くためだ!
年齢なんざ、関係ない!
もう十分に、立派な公爵様じゃないか! 」
そのペーターの言葉に、兵士たちの数名がうなずいてみせる。
最初は戸惑っていた兵士たちも、段々と落ち着きを取り戻し、ペーターの言葉に耳を傾けている様子だった。
ペーターは兵士たちの心が1つの方向にまとまって向かいつつあるのを感じながら、ひときわ大きく声を張り上げた。
「そして!
公爵殿下は、オレたちに賭けると言って!
フェヒターから金を受け取っている奴がいるのを承知で!
全員をここに集めた!
オレたちを信じて、身を委ねてくださったのだ! 」
ペーターは、沈黙する。
その沈黙は、「そんなエドゥアルド公爵殿下を、裏切っていいのか」と、無言で訴えかけるものだった。
さらに多くの兵士たちが、ペーターの言葉にうなずいていた。
そして、その表情から、徐々に迷いが消えて行く。
そんな兵士たちの様子を眺めた後、ペーターは、ふっと、陽気な笑みを浮かべ、それから、黙って話を聞いていたルーシェやシャルロッテ、マーリアへと視線を向けた。
「それに、だ! 」
ペーターはそう言って、兵士たちの注目が自分に再び集まるのを十分に待ってから、大真面目な口調で言い放つ。
「かわいくて健気に一生懸命に働くメイドちゃんに、美人で、クールでかっこいいメイドさん、料理上手で気立てのいいメイドさんが、いる側と、いない側!
どっちについた方が守りがいあるかなんて、決まっているだろうが!! 」
そう断言したペーターに、兵士たちは思わず笑い始める。
それから、口々に「そうだ、そうだ! 」と賛同する声があがり、ペーターをはやし立てるような口笛が吹かれる。
盛り上がった兵士たちを手ぶりで、まるで楽隊の指揮者のように合図して静めると、ペーターは、突然自分のことを話題にされてきょとんとしているルーシェ、なんだか気恥ずかしそうに頬を赤く染め、普段の彼女にしては珍しく動揺している様子のシャルロッテ、両手を腰に当てて大いに胸を張り誇らしげにしているマーリアに視線を向け、また、ヘタなウインクをして見せる。
それから再び兵士たちの方へと視線を向けたペーターは、自身の拳を天高くつきあげながら、彼につき従う勇士たちに命じた。
「野郎ども!
配置につけ!
あの
メイドさんたちを、守ってやろうぜ! 」
その鼓舞に、兵士たちはみな歓声をあげて答え、喜び勇んで持ち場について行く。
ペーターの演説で、人々の心は定まった。
その中には、ペーターのように、フェヒターやエーアリヒから金を積まれ、エドゥアルドへの裏切りに加担していた者もいるはずだった。
だが、もはや、彼らはエドゥアルドたちを守るために一致団結し、その心はもう、揺らぐことはない。
裏切り者たちは、エドゥアルドではなく、フェヒターとエーアリヒのことを裏切ったのだ。
兵士たちが配置につき、銃眼から銃口をのぞかせた時、まだ、フェヒターの私兵たちはペーターが投げつけた金貨を争っていた。
フェヒターが必死に叫んでやめさせようとしているが、私兵たちの
そんな私兵たちを銃眼からのぞき込み、不敵な笑みを浮かべると、ペーターは「かまえ! 」と兵士たちに号令した。
兵士たちはその号令に従い、それぞれのマスケット銃をかまえる。
「狙え! 」
そのペーターの声で、兵士たちは狙いをつけ、そして、自分たちが銃口に狙われていることに気づいた私兵たちが、慌てて
「撃て! 」
そして、ペーターが振り上げたサーベルを指揮棒のようにさっと振り下ろすのと同時に、兵士たちは一斉に引き金を引いた。
その、発砲の轟音の中、エドゥアルドは
「僕よりも、メイドの時の方が、盛り上がりがよかったな……」
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