第133話:「口上:2」

 エドゥアルドは、前に出た。

 今度は、ヴィルヘルムは止めなかったし、シャルロッテもなにも言わなかった。


「フェヒター! お前の言うようなことなど、僕は、1度も聞いたことすらないぞ! 」


 エドゥアルドはバリケードを乗り越えてバルコニーへと出ると、そこからフェヒターのことを見おろしながら声を張り上げていた。


「父上からはもちろん、エーアリヒ準伯爵や、他の貴族からも、そのような話、僕は聞いたことなどない!

 フェヒター、お前は、ウソをついているのだろう! 」


 エドゥアルドはフェヒターをそう糾弾きゅうだんしたが、フェヒターはエドゥアルドの姿を見上げると、ニヤリと不敵に笑った。


「やあ、すずめ公爵じゃないか! お前にノルトハーフェン公爵でいる資格がないとバラされて、慌てて出て来たか! 」


 エドゥアルドは、すぐに反論したい気持ちをぐっとこらえた。

 ここでもし、うかつな返答をすれば、動揺していると思われれば、フェヒターの言う主張がまかり通ってしまうことになりかねないからだ。


 エドゥアルドと共に屋敷に籠城している者たちはみな、誰もが、エドゥアルドが良き公爵となるために努力を続けてきたことを知っている。

 だからまだ誰も動揺してはいないが、もしエドゥアルドが返答のしかたを間違えば、そのほころびを突き、兵士たちの中にまぎれているかもしれない、裏切り者たちが動き出すだろう。

 そうしてあおり立てられれば、無関係の兵士たちにまで動揺が広がり、エドゥアルドは防戦もままならずにフェヒターに圧倒されることになる。


 エドゥアルドはフェヒターに答えたとおり、フェヒターが本当に自分の従兄弟で、先々代のノルトハーフェン公爵の嫡出児の系譜にあるのかを知らない。

 そんな話を、父親からも、他の誰からも聞いたことはなかった。


 もしかすると、父親が数年前の戦役で戦死していなけえれば、本当はなにがあったのかをエドゥアルドに伝えていたかもしれない。

 だが、エドゥアルドにはなんの情報もない。


 知らないことは、答えられない。

 だとすれば、エドゥアルドは、自分がどうしてノルトハーフェン公爵であるのかを、嫡流であるということ以外で主張できなければならなかった。


「フェヒター!

 僕は、父上から、なにがあったかは聞かされていない!

 もしかすると、本当に、お前がノルトハーフェン公爵家に連なる者で、僕の従兄弟であるのかもしれない!

 そのことを、僕は、否定することも、認めることもできはしない!


 だが、僕こそが、正当なノルトハーフェン公爵だ!


 我が父は、公国のため、皇帝陛下のため、勇敢に戦って死んだ!

 公爵としてよく公国を治め、民を守って死んだのだ!


 僕は、その父の息子だ!

 我が父がもし、不当にその地位を得たのだとすれば、皇帝陛下はもちろん、民の誰もが、その息子である僕に公爵位を継承させることを、認めはしなかっただろう!


 僕は、皇帝陛下に、公国の人々に認められ、今の地位にあるのだ! 」


 エドゥアルドの強みは、実権こそないものの、ノルトハーフェン公爵位を実際に継承しているという事実だった。

 そのことは、タウゼント帝国の皇帝その人から認められたことであり、公国の人々、そのすべてが知っていることだった。


「はっ! それは違うぞ、すずめ公爵! 」


 しかし、フェヒターは余裕の笑みを浮かべながら、エドゥアルドのことをあざける。


「なぜ、お前の父が死んだか!

 わかるか!?


 天罰が下ったのだ!


 我が父から、このオレからノルトハーフェン公爵の位を盗み取り、皇帝陛下をもだまたてまつり、公国のすべての人々をあざむいた、その罪によってな! 」


 エドゥアルドは思わず、自身の拳を肌が白くなるほどにきつく握りしめていた。


 自分のことなら、いくら侮辱ぶじょくされてもかまわない。

 だが、勇敢に戦場で倒れた父までも侮辱ぶじょくされることは、許すことなどできない。


 エドゥアルドの記憶の中に、先代のノルトハーフェン公爵、父は、あまり多くは残されてはいない。

 ノルトハーフェン公国は経済的に豊かな国であり、海以外では他国と国境を接していないせいか、軍を招集されることが多く、そのためにエドゥアルドの父はあまり公国に留まってはいなかったからだ。


 だが、エドゥアルドの父は、忙しい政務や出征の合間に戻ってくると、エドゥアルドの様子を必ず見に来て、気にかけてくれた。

 時には、剣術の習得具合を見るために木剣で試合をしたり、エドゥアルドと一緒に馬に乗って、乗馬を教えてくれたりもした。


 とても、天罰を下されるような悪人ではない。


 だが、フェヒターはさらに、自信ありげにエドゥアルドへの挑発を続けた。


「お前がノルトハーフェン公爵でいることを、人々が認めているというのも、そもそも間違いだ!


 まさか、お前の背後にいる者たちが、本気でお前を守っているとでも思っているのか?

 なんて、愚かな小僧だ!


 お前の背中には、もう、お前を裏切っている者たちが、幾人もいるのだぞ! 」


 その言葉に、エドゥアルドの背後で、ざわめきが起こる。


 この中に、裏切り者がいる。

 誰も、そのことを否定できない。


 エドゥアルドが軍事演習に参加した時には、兵士たちの中に暗殺者が紛れ込んでいたし、エドゥアルドだって、裏切り者がいるだろうと考え、警戒して来た。

 兵士たちだって、普段、表には出さなくとも、常に不安を抱いていた。


 フェヒターの言葉は、その、裏切り者たちへの合図に他ならなかった。

 エドゥアルドの背後に裏切り者がいて、今こそが、実行に移す時なのだという合図なのだ。

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